「いただきます!」
「いただきます。」
「いただきまーす!」
「いっただきまぁーす!」
「……いただきます。」

丸鶏肉の中に蒸した豆やら芋やらを沢山詰めて、皮にこんがり焼き目を付けたもの。孫たちに早く早くと急かされて、白髪の増えたエイリーンは顔の皺をより一層深くして笑いながら、慣れた手つきで鶏肉を取り分けていく。ほわりと柔らかな湯気が青い空に立ち上った。

「おばあちゃーん、美味しいよ!」
「知ってる!」
「おばあちゃん、すごーい!」
「ちゅごいー!」
「それも知ってる!」

ふふんと誇らしげに胸を張って快活に笑うエイリーンは、年をとっても昔のエイリーンのままで、白い竜はそれを見て昔を懐かしむように目を細める。ところでドラゴン、とエイリーンはドラゴンの方を振り返った。

「まーた最近ずっとこの辺を飛んでんのね、あの赤い竜。」
「………………目障り。」
「ほーらぁ、やっぱりぃ、何回首を食いちぎられそうになってもアンタの事が恋しいんじゃあないのー?ジョーネツテキってやつ?」

からかう様にエイリーンが言えば、ドラゴンは興味ないとばかりに顔を背けて、静かに足元の薔薇を食んだ。

「……それでぇ、アンタの方も実は、何百年も想われて、意外と彼に心が傾いてたりするんじゃなーい?」
「……。」
「ふっふっふ、ほら、なれ初めとか、お姉さんにだけそっと教えてみるといーわよ。コイバナってやつよ。」
「…………お姉さん、と言える歳か。」
「それは言わない約束でしょーよ。」

エイリーンはうりうりと肘でドラゴンの鼻先をつつく。竜は頬を動かすだけだったが、それはドラゴンが気まずい時に取る癖だとエイリーンには当の昔にばれていた。

「……昔から、面倒くさい雄だった。出会った瞬間から、つがいになれ、と言い寄られた。」
「ヒトメボレ、ってやつね!」
「すごく、うるさかった。他の竜はワタシに近寄らないのにあいつだけは違った。多分、理由を理解していなかったのだと思う。馬鹿だから。アイツ、うるさい、しつこい。アイツのせいでやることがいっぱいで、一日が短かった。」
「……ねえ、それって。」
「一体でいたかったのに、一体は楽だったのに、アイツは何百年もワタシの隣でうるさかった。でも突然来なくなったから、ワタシはとても安心した。おしまい。」

白い竜は早口で話を終わらせて、何故か呆れたような顔をしているエイリーンから顔を背ける。当時のことを思い返し、こっそり顔をしかめた。奴が来なくなった時から一日が何だか長くなり、時間を潰しにふらりと出かけた先で悪しき人間に捕まる羽目になったのである。エイリーンが救いだしてくれたので無事だったとはいえ、奴が全ての元凶である。思い出して腹が立ってきた。

「あのねドラゴン、あたしもあの人といると一日が短いわよ。嬉しいことと、楽しいことが多くて、足りないくらい。あ、もちろん家族も、アンタも、ね。」
「それとアイツのこととは、ぜんぜん関係ない。」
「誰もいないと暇で暇で、時間が流れるのが遅くてしかたないのよ。」
「関係ない。」
「もー、素直じゃないんだから。」
「…………。」

ドラゴンが押し黙っていると、ふと、一陣の風が吹いた。赤い竜が人の男の形を取って静かに大地に降り立ったのだ。白い竜は訳の分からない苛立ちのままに、赤い竜をギンと睨みつける。そして赤い男は白い竜に近づきいつものように求婚を始める――

「え。」

ということはなく、そのまま竜の傍を通りすぎてエイリーンの夫の前に立ち、手に持っていた包みをひっくり返した。

「よぉ、マシュー。今年も約束通り持ってきたぜ。」

どさどさと土の付いた新鮮な山菜が転がり落ち、赤い男はふふんと胸を張る。エイリーンと白い竜がマシューと呼ばれた老人の方に顔を向けると、彼は困ったように笑った。

「前、話を聞いてあげたら、何だか懐かれてしまったんだよね。」
「こいつは人間にしては度胸があるし、話が分かる。そういう奴は、嫌いじゃないぜ。」
「はは。ありがとう、ドラゴン。山菜も。皆で美味しく頂くよ。」
「おう、もっとありがたがってくれてもいいんだぜ。」

エイリーンの夫は老眼鏡の奥で目を細めた。出所不明の山菜が台所に増えているのはそのせいだったのねー、とエイリーンは呑気に鶏肉を咀嚼する。

「ワタシ目当て、じゃなかった……。」

一方、ドラゴンは決して軽くはない衝撃に襲われていた。何故自分が衝撃を受けているのかもよく分からないままに、落雷のごときその衝撃を身に受けていた。

「ワタシ目当てじゃない! 何故だ!」
「何をそんなに怒っていやがる白薔薇の、ってちょっと待て痛い!」

人の形になり腕に噛みつく白い竜。がぶがぶと腕を噛まれ引き剥がそうと呻く声に、食し終わったエイリーンの孫たちがわらわらと集まってくる。竜たちの喧嘩を見慣れている子供たちから、ドラゴンがんばれーとのんびりした声援が飛ぶ。

「ちくしょう何だ、百年放っておいたことをまだ根に持ってんのか、あれはお前が弱い雄が嫌いだって言うから、ちょいと修行を、」
「違う、ぜんぜん違う。離せ!」
「噛まないなら離してやる!」
「断る!」

竜たちを中心にいつの間にか出来ていた一家の輪の中心、なんだかんだで両想いよねぇ、そうだねぇ仲良しだねぇ、と老夫婦が頷き合うのが見える。違うと首を必死に横に振っても二人は楽しそうに手を振ってくるばかり。

「……ねえ、幸せになってね。」

老女が優しく笑顔を浮かべる気配がしたから、白い竜は彼女の方から視線を外し、自分を押さえつけていた男の腕をするりと抜け思いっきり噛みつく。ドラゴンは、エイリーンと彼女の愛するものが笑顔でありさえすれば、ずっとずっと幸せなのだ。幸せなはずなのだ。




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