「いただきます。」 「……。」
羊の骨付き肉をオーブンでこんがり焼いて、貰い物の塩と黒胡椒を一つまみ。添える香草など無いから、磨いた皿には彩りに小さな花を飾って。着られなくなった娼婦のドレスを縫い直しクロスにしてテーブルの上に敷けば、白いフリルがちょうど天板の隅で揺れる。赤、白、黄、肉厚の薔薇のブーケをテーブルの真ん中に置いて、エイリーンは満足そうに胸を張った。
「今年はちょっと綺麗じゃない? まあ、パンはないけど。」
竜はエイリーンの願いの通り、一年に一度だけ肉塊を持って現れた。その肉は白い竜を崇める人から捧げられたものであったり、竜が自身で狩ってきたものであったりと様々。けれど牛であろうが羊であろうが鹿であろうがどれも新鮮で脂ののった肉であり、エイリーンにとって最高に美味なものであることに変わりはなく。毎年彼女はこの食卓を囲むたびに顔を綻ばせた。
「エイリーン。」 「なぁに?」 「……ワタシは借りを返しているだけなのだから、無理をしなくて、いい。ワタシの食事を用意する必要など、ない。」
ドラゴンは薔薇の花束を指差して困ったように頬を動かした。彼女は竜で人間のことなどよく知らないが、エイリーンの懐事情が暖かくないことくらい理解している。そんな彼女が自分の為に値の張る薔薇を買って待ってくれていることは胸の辺りがむず痒い気持ちがして、それでいてとても忍びなかった。
「あたしがしたいんだから、いいの。」 「しかし。」 「あのね、ドラゴン。これはあたしの勝手な話なんだけど。って、あっづ!」 「人間の皮の耐久では、火傷をする。何故、手で直接持った。」 「うっさいわねー、わかってんのよ。まあ、それはおいといて。」
エイリーンは大人しくナイフとフォークを手に取る。
「両親を亡くした貧乏な娘、技能も教養もない様な小娘が、生きるために何をすべきか、そんなの考えるまでもなく分かったわ。そりゃあ、今の生活はつれーわよ。客が取れなきゃ食べるものに困る日も多いし、運よく客が取れたって酷い扱いをする野郎も沢山いる。後ろ指だって指されるし。娼婦だもん。あたしは、娼婦だもん。人間扱いしてくれる人の方が稀よ。レアってやつよ。そんで、生活は苦しいわよ。でもね。」
エイリーンは、ほっそりとした手を伸ばし、花束の中から一輪真っ白い薔薇を抜き取って。純白の竜の眼前にそっと差し出した。
「アンタが一年に一度肉を振る舞ってくれるから、その食卓があたしに生きる幸せってやつを教えてくれるから、だからその一日の為に残りを死ぬ気で生きようって、あたしはそう思う訳よ。」
だからね、一月パン買うお金くらいケチったって、アンタにこれくらい返したっていいじゃない。彼女は肉を口に運んで、美味しい、と顔を綻ばせる。
「それに最初に言ったでしょ、『誰かと一緒に食卓を囲みたい』って。せっかくアンタがいるのに、いるだけじゃつまらないじゃない。一人で食べたって、楽しくないじゃない。下らない話でもしながら誰かとご飯を食べられるって、何か、良くない?」
あたしは馬鹿だから、うまく言えないけどね。羊の骨を器用に避けて切り分けながら、エイリーンは、蕩けるように甘く笑う。
「ねえ、薔薇好き?」 「……うん。」 「そう、なら、嬉しい。そうそう、薔薇と言えばこの薔薇を買ったところなんだけど、町の隅の花売りで……」
白い女は花弁をひとひら千切って味わうように食み、エイリーンの長話にそっと耳を傾けた。
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