「いただきます。」
「……イタダキマ、ス?」

この日の為に磨いた皿の上に肉汁滴る牛のステーキを乗せ、かびたパンとどろどろに腐ったチーズを添えまして。寂れ荒んだ町はずれ、この場所に似合いの襤褸のクロスを申し訳程度に敷いたテーブルには、蕾を付けた雑草がいけてあるだけ。エイリーンは胸元を大きく開いたドレスを着たまま、祈りを捧げる暇も惜しいとばかりに錆びたフォークを振りかざし、その肉にかぶりついた。

「ああ美味しい!こんなに美味しいのは、生まれて初めてじゃない?」

あふれ出る肉汁と分厚い肉の繊維が口の中で柔らかくほどける感触、しばしその旨味を噛みしめるようにエイリーンはきつく瞼を閉じた。美味しいって、食べるって、幸せ。そう笑いかける彼女に、目の前の白髪の女は小さく首を傾げるだけで何も答えない。

「ねえドラゴン、アンタ、食べないの?」

余った肉は塩漬けにして干してしまうつもりだから、生肉が好きなら今のうちに味わった方がいいんじゃないの。エイリーンが部屋の隅にまだ残る大きな肉塊を指差して問うと、白い女はゆるりと首を横に振った。女の髪は白く、肌は白く、瞳すらも白く、半身はこれまた白く硬い鱗にびっしりと覆われている。彼女は竜だった。真の姿は小山のように大きく、宝石のように美しく、鋭い牙と炎とで他を圧倒する強き雌竜だったが、今は粗末なエイリーンの住処を壊さぬよう、小さな人の姿をとっていた。

「……花。」

不浄は食べられない、と竜はテーブルの中央に置かれた蕾をじいっと見つめながら呟く。

「……ワタシは、花を食べる。気にしなくていい。」

蕾はまだ、食べられないから。そう言いながらも、ドラゴンの目はエイリーンと同じく猛烈な食欲に満ち溢れていた。食べられない。だから気にしなくていい。もう一度繰り返してそれきり黙りこくるドラゴンに紫紺の瞳を向け、エイリーンは苦笑した。

「なら、あたしがこの一切れを食べ終えたら、お花を摘みに行きましょっか。」
「……気にしなくていい、と。」
「誤解しないでよ、私の腹ごなしのついでよ、ついで。」
「ついで。」
「そう、たまには、夜の散歩も乙なもんでしょ。なんかこう、フーリューってやつ?」

湖の傍に野薔薇がたくさん咲いてんのよ。白い女のきょとんとした顔を瞳に映し、エイリーンは笑って肉を咀嚼した。




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