Short×2+Story
短編未満とかネタメモとか。



「 筆は魔法の杖ではない 」


即興小説トレーニング(15分)で書いたもの。多少修正済。

※お題「小説の中の作品」






「聞いてくれ、俺は小説の中の住人なんだ。


 悲しいかな、俺には自覚があるんだ。これを聞けばきっとお前は最悪俺のことを狂人だと精神病院に隔離するだろうし、良くても俺の頭の心配をしてベッドに寝かせて林檎を剥いて俺のベッド横の小さなテーブルに置いてくれることと思う。けれど、俺はこの自覚を俺の中だけにとどめておくのはもう不可能なんだ。一度自覚してしまったらこの考えは俺の中でどんどんと悪い方向に転がって行って膨らんで行って俺の心臓は爆発してしまうに違いないんだ。

 考えてもみてくれ、こんな風に頭を真っ金金に染めて両耳には片手では数えきれないほどの大きなピアス、こんな明らかに『不良』めいた風貌の俺が、だ。俺が、こんな風に芝居がかったような口調でしゃべるだろうか? これは設定を無視してでもねじ込みたい趣味、もしくは書き癖というやつなのではないか?

 『良家の子息が親に反抗して不良ごっこをやっているだけだ』、と? 突然そんなことを言われたって困る。後出しは良くない。それに、人の話を聞くときは筆を置いてほしい、人間と人間の対話の最低限の礼儀としてだ。いや、それは困るか。続けよう。

 聞いてくれ、俺はすべて分かっているんだ。確信は持てないはずなのに、確信を持って言えるんだ。俺は小説の中の住人なんだ。この白い壁の向こうに『居る』のも、俺の声が届いているのも分かっているんだ。ほら、俺は今ベッドに寝かせられた。綺麗に皮を剥かれた林檎が白い皿に乗って現れた。俺が齧ると確かな食感と甘味を感じるこれも『皮を剥かれた林檎』という文字の羅列に過ぎないんだ。気付いてしまえば空しい。分からないだろうな、この気持ちは。

 俺の婚約者、おい、さっきまで恋人じゃなかったか? いや、まあいい。書き足されたんだろう。あれは『お前』だろう。『俺』という理想像に愛されたいというお前の願望が生み出して、様々な困難を二人で乗り越えて、ハッピーエンド。だけど、気づいてしまった俺にとって彼女はもうまやかしなんだ。俺は、本当のものが欲しい。本当のお前が欲しいんだよ。

 だから、ここから出してくれ、『俺』の作者。」


 むりよ、そんなことは。魔法使いではない私は筆を置き、静かに原稿用紙の上に伏せる。ぽたり、と涙が紙を濡らした。



15.03.03 00:53  sato91go



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