Short×2+Story
短編未満とかネタメモとか。



「 潰れている 」


即興小説トレーニング(15分)で書いたもの。

※お題「煙草とカラス」






見ている。視線を感じて振り返っても誰もいない。

男の喉は潰れている。少女の問いに応えようと口を開き、グァ、と呼気とも声とも言い難い音を発して、その醜さに押し黙る。少女は無垢な色のワンピースを翻し笑う。

「何だっていいの。あなたがそれを嫌いなのは知ってるけど」
「でもね、何だっていいの」
「あなたのものなら何だって、いいの」
「助けてくれてありがとう」
「ずっと守ろうとしてくれてありがとう」

少女は大人びた顔で笑う。男はその手が震えているのを知っている。自分の手が震えているのも知っている。標識に止まった烏が笑う。暗転。

「これらは全てお前の願望であり全てお前が言われたかったこと事実とは異なるものお前が望んだ世界ああ随分と幸せそうで何よりだカラス最期に何を言われたかようく思い出して御覧。血と肉と臓物の色を思い出して御覧。無垢の下にはそれらが詰まっていたのだと」

男は目の前を見る。誰かが潰れている。有り得ないくらい簡単にねじ曲げられた道路標識。男は紫煙をくゆらせると眉を顰める。まただ。見ている。男は視線を感じて振り返るが、誰もいない。赤と青のコントラストに黒が一羽。烏は潰れた声で鳴く。カラスの喉はとうの昔に潰れている。少女はとうの昔にいない。カラスは知っている。少女はとうの昔に、男に恨み言を吐きながら、醜くあがき、つぶれ、て。


グァ、潰れた声で、夢から覚めた。



15.03.03 00:37  sato91go