レイン・ミーツ・サンライト
07

容姿にそこまでの特徴があるわけではないみょうじ一人を雄英生徒でごった返す学食の中から見つけ出すのに、あまり苦労はしなかった。
女子の平均そこそこの背丈であるみょうじは一度目を離せば人波に攫われてしまいそうで、見ているだけでも危なっかしさを覚える。
自分から足を向けようとしない限り、彼女と距離を縮めることはまず不可能。そう判断するや否や、既に埋まっていたみょうじの隣は諦め後ろ側の空席に着席する。
接点がないほどに離れている、という物理的な距離はさほど問題ではないが、大きく見積もっても知り合い以上という関係性をせめて友人と呼べる域まで持っていかなければ。そう思考してからまだ10分と経っていない現在、「物理的な距離はさほど問題ではない」という前言を撤回しなければならない場面に遭遇していた。

「い、いっつもありがとう、みょうじさん。実習の度に迷惑かけちゃってるんだけど……お陰で、その、助かってます……」

聞き慣れないようで良く知っている彼女の名字を、親しげな口調ながら緊張を滲ませた声色で呼ぶ。耳に残る聞き知った少年の声の持ち主を、俺は一人しか知らない。
思わず箸を止めてしまうくらいには俺は驚きを隠せていなかった。

「緑谷君、毎回どこかしら壊してくるもんねぇ。心配通り越して感心してるよ?」

やはりと、緑がかった黒のもじゃもじゃ頭を背後に想像する。
盗み聞きをしよう、なんてそんなつもりはなかったが、それが真後ろの席なら会話内容を知るくらい容易い。不可抗力だ、全て。
離れていればその分見ている世界も違う。それはごく普通の、当然のことだった。
それに今さら何を傷付いているのか。そもそも同い年の相手から使われる敬語に妙なむず痒さと居心地の悪さを感じたのは、意図して間に距離を作られているような気がしたからだ。少しでもその距離を埋めたいがための敬語禁止は相手への遠慮なんて綺麗なものではなく、単なる自己満足。
みょうじが好きだと自覚して、だからこそほとんど知らない相手の事を知りたかった。それ以上にできることならまた彼女の笑顔や優しさに触れたくて。できることなら彼女の中にも俺という存在を留めておいてもらいたい――はたから見ればストーカー気質と疑われても否定できない思想を持ったそばから、これだ。呆れすぎて笑えて来る。
相手の交友関係の広さを目の当たりにして勝手に傷つくくらいなら、知らない方がいくらか楽だったろうに。

がたり、と苛立ちに音を立てて席を立つ。驚いたのか、僅かに振り向き横目でこちらを伺うみょうじが目に入ったが、視線は合わせなかった。

騒音と混じりながらも耳に届く会話。笑みを滲ませた声色が今は少し耳に痛い。
どうしようもない嫉妬の黒が心を染めていくような気がした。


(お利口な僕は回れ右をして目を閉じた)

2016/08/09 書き上がり
2016/11/26 修正

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