レイン・ミーツ・サンライト
02

同じ制服ばかりが騒めく学食という空間でその人物を見つけ出し、尚且つ“困っていること”を把握できたのは自分の中にその人の印象が根強く残っていたからで。
“困っている”から、“助けたい”。まるでそれが当然であるかのように頭に浮かんだ式を行動に移すことで、無意識ながらに形として成立させた理由らしい理由はわからない。

「ここ、よかったらどうぞ?」

赤と白に分かれた短髪。振り向く双眸は驚いたように私を映して僅かに揺れたような気がした。

***

「い、いいの? 他に座るとこなさそうだけど」

目の前の女子が明け渡したことで空席となった場所を傍らに、向かい合ったまま揃って思考停止に陥っていた自分たちの硬直を解いたのは、緑谷の一声。
振替休日での出来事と、職場体験申し込みのいざこざですっかり埋もれてしまった記憶を引っ張り出すには、しばしの時間を要したが、女子生徒が数日前の保健委員であることを目が合った瞬間ようやく理解した。

「でも緑谷くん困るでしょ? 一人分なら探せば見つかるだろうし」

話しかけたのは俺に対して。だが譲ったのは緑谷に、か。
少しの落胆を覚えながら、会話を成り立たせている二人を遠巻き気味に見守る。敬語の外れた保健委員は妙に新鮮だったが、それ以上に二人に面識があったことの方が驚きだ。個性の反動で保健室に通い詰めの緑谷なら当然なのかもしれないが。

「向こう空いたみたいだから、行くね」
「う、うん。ありがとう」

定食を乗せたトレーを持ち上げ、踵を返して狭い通路を歩き始めた灰色の背中に、何か気の利いた言葉を掛けることも出来ずに茫然と見送った。緑谷の「座ろうか」という声掛けで意識が引き戻されなければ、ずっと彼女の行方を視線で辿ってしまっていただろう。
椅子を引いて、腰かける。ざるそばに手を付けかけた時、右隣から声がかかった。

「轟くんも知り合いだったんだね」

……ん?

「え、違った? 最初は轟くんに話しかけてたように見えたんだけど」
「あぁ、そうだな……」

言っているのは先ほどの女子生徒。
知り合い、と言われればそうなのかもしれないが、たった一度顔を合わせた程度――それも向こうにとってはこなした多くの仕事のうちのたった一つに過ぎないのだ。正して言うなら単なる顔見知り。以上でも以下でもない関係性はそう表明するしかない。
緑谷の反応からして、「こいつは何を言っているんだろう」とでも言いたげな目をしていたようだ。自分ではそんなつもりなどなかったのだが。自覚以上に俺の表情筋は硬いらしい。

「僕は保健室でお世話になってる」
「俺も。体育祭ん時か、会ったのは」

そういえば俺は女子生徒の名前を知らない。
体育祭の係員なら胸元にネームプレートを下げているはずで、記憶の中の彼女も体操服にそれを付けていたはずなのだが、そこに記されていた名前だけは靄がかかったように思い出せない。
そもそも大きな迷いを抱えていたファーストコンタクト時は、他人の親切に一々反応していられるほどの余裕はなかったわけで。ここはひとつ、自分よりも近い場所にいる緑谷に訊いてみようか、と隣を見る。が。

「そうだ、轟くんは職場体験どこにするか決まった?」

驚くべき話題転換スピードだった。

「……。いや、ちょっと迷ってる」
「だよねー。あんなにたくさん来てたら絞るの大変そうだ。僕ですら迷うんだから」

名前はおろか、学年やクラスすら知らないようでは気づかないうちにすれ違うのがやっとで、礼どころか挨拶もできない。
どうしたものか、と箸を銜えたまま緑谷との会話内容についても思考を巡らせる。昼食を平らげる頃には父親の職場へ体験申し込むかどうか、答えも浮き出るものだと思っていたが、結局答えは出ないまま昼休み終了を知らせる鐘が鳴った。

2016/07/26 書き上がり
2016/09/01 修正

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