レイン・ミーツ・サンライト
after

『弟が風引いちゃって今日はいけなくなりました。ごめんね』

今朝方届いたみょうじからのショートメッセージが、もう随分前から時間をかけて計画してきたはずのデートの約束を一撃で粉砕した。ついでに、アプリを開きっぱなしの携帯端末を片手に硬直する俺の心も道連れにして。
彼女にしては珍しい、絵文字もスタンプも何もないあっさりとした短文の連絡。風邪を風と打ち違える誤字。余程焦っていたのだろう。見事に一日分の時間を持て余してしまった俺は、何よりも目先のことを優先する善良な恋人について分析してみる。だがいくら相手を想ったところで奇跡が起きてくれるわけもなく、沈んだ心のままおとなしく荷物を背から降ろすだけだった。

時間の流れをここまで意識したことがあっただろうか。
7回目だ、と。何をするのも億劫だが、ゆったりと時を進める時計から目を外すには今日ついたため息でも数えていないと気が紛れない。
手を伸ばせば届く位置に暇つぶしの文庫本も携帯も、やらなければいけない課題も積み上がっているというのにやろうという気は起きなかった。
我ながら、女々しい。情けない。
みょうじと出会って過ごすようになってから、自分はやたらと弱くなった気がする。それはつまり人間らしくなった、ということで事実昔よりはずっと生きやすくなった訳だが。
前より柔らかくなったよね、と笑うみょうじを思い出してしまい、盛大なため息と共に再び落胆を意識した。



携帯端末のバイブレーションではっと現実に呼び戻された。色の変わった空を映す窓を見、手近な時計へ視線を馳せる。もう夕方か、と特に何をするでもなく終わってしまった一日を悔やむ。
思い出したように今も震え続ける携帯を手に取った。

『あの、もしもし。私、です』
「……みょうじ?」
『うん』

慌てて端末を耳から離し、画面を確認するとそこには案の定、彼女の名前。

『ごめんね。本当に』
「体調崩したなら仕方ねぇよ。みょうじは大丈夫なのか?」
『私は風邪引かないから』

そういえばそんな個性だった。
名称、『フィルター』。ウィルスやガスなどの異物の体内侵入を許さない個性で、発現してからというもの解除をほぼすることなく無菌状態で過ごしてきたみょうじはフィルタリング無しでは生きていけないのだとか。

『轟君に何かあっても私が一緒にいてあげられるよ』

それはできればやめていただきたい。
判断力の鈍った頭で移してしまったらどうしようなどという爆弾を抱え続けるなんてごめんである。

『よかった。怒ってなさそうで安心した』
「これくらいじゃ誰も怒らないだろ」

がっかりはしたけど、とは言わずに胸中で留めて置く。

『今日の埋め合わせ、今度ちゃんとするから。轟君いつ空いてる?』
「っと、そうだな……、俺は夏休み入ってからじゃねぇと無理かもしんねぇ」

身を乗り出してカレンダーを見たはいいが、大して予定の書き込まれていないそれは当てにならないと時間割を引っ張り出す。天下の雄英らしく一切の隙間ないスケジュールだが、自然と笑みが零れていた。
こうして話して、今度はどこに行こうか、どうしたら彼女は喜んでくれるだろうか。そう考える他愛のない瞬間すら楽しい。

『どうかしたの? なんか笑ってる』
「いや、なんでも」

人を温かに照らす太陽のような少女は俺の心に住み着いて、いつまでも微笑み続けるだろう。
人はやはり、陽の元に愛されなければ枯れてしまうのだ。

2016/11/13 書き上がり
2016/12/12 修正

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