レイン・ミーツ・サンライト
08

『江向通り4―2―10の細道』
送り主の居場所だけを綴った、クラス全員へ一括送信されたショートメッセージの意図を理解するのに、どういう意味だ、と咄嗟に疑念を抱いた瞬間。

保須――――ヒーロー殺し。

――まさか。脳裏に閃く嫌な予感が瞬時に、確信を持って脳を直撃した。
気付いた時には向かう先に背を向けて、親父の雄叫びに構わず踵を返していた。
誰かを救けることがヒーローの仕事だが、時には誰かを頼り、自分も救われることだって必要だ。そんな言葉をくれた、控えめな笑顔が蘇る。
ヒーローだって人間だから、与えるだけではきっと疲れて立ち止まりたくなってしまう。そう言われたように錯覚させる彼女の言葉は、緑谷に、いっそ皮肉な程に当てはまる。
自己犠牲、なんて言えば聞こえはいいがあいつの場合は自分で自分にストップが掛けられない一種の病。平気で他を救おうとする癖に自分の事となれば隠し通そうとする精神は何も緑谷に限ったことじゃないし、隠したがる理由だってよくわかる。名だたるヒーローにとっての職業病にも近い、それ。
病にも似た思想を持つ緑谷が気遣いすらできないくらいの危機に瀕して、こうして救けを求めているのだ、見過ごすなんて選択肢が頭に浮いてくることすらなかった。遠回し過ぎるSOSを受け止める人間が必ず傍にいてやらないと、多分そのうちあいつは死ぬ。どこかで、薄く感じていたからだろう。
ここで止まって知らない“誰か”を待つくらいなら、いま自分が走る方がずっと正しいに決まっている。来る確証もない誰かを待ってなどいられるか。
空白だったそこを埋めるのに、人任せでいてはいけない。
足りない力を補ってやる存在が、緑谷にも、俺にも多分いまはまだ必要なはずだから。

「友だちがピンチかもしれねぇ」

それ以外に、理由なんて要るだろうか。

***

迎えた演習試験、当日。
苦労が無かったわけではない――むしろ、意図して苦難を与えられたというのにかかった時間はクラスで最短だった。中盤以降身動きの取れなかった自分が八百万に頼りっきりだった部分も大きいが。
自分の右腕に目を落とす。相澤先生の束縛具できつく締めあげられたとはいえ、薄く赤い跡が残る程度で痛みも少ない。それでも近くでテントを張っているリカバリーガールの元へ行ってこいと言う先生に、とても傷とは呼べないものだから必要ないですと断りを入れれば、何かあった場合に責任問題が発生するから面倒なのだと送り出された。
八百万に歩幅を合わせて歩く道を随分と長い距離であるかのように錯覚してしまうのはなぜだろうか。特に会話は発生しないが、その沈黙をどうと思うこともなく足を動かす。
視線の先に現れた白いテント。掲げられた看板の活字を読むより先に、保健室、という単語が胸に引っかかった。
こういう行事の際、荷物運びや体温などを記入する雑用を任されるのが保健委員。ということは。
いる、……かもしれない。
みょうじの姿を思い浮かべると同時に、コスチュームのラジエーターが起動する音を聞いた。すぐそばで鳴る機械音が嫌に恥ずかしく、また無意識にみょうじの姿を探している自分にまず何よりも驚いた。
暖簾をくぐるように急ごしらえのテントの入り口をめくって中を覗く。が、そこに彼女の姿は無く。いくつものモニターを眺めていた、時折世話になる看護教諭がこちらに気付いて目があった。
こんにちは、と頭を下げた八百万に習い、どうも、と大分低い位置にある頭に向けて会釈する。

「お疲れさん。見ていたよ」

それまで腰を落ち着けていた椅子から立ち上がり、かつんかつんと杖で床を叩きながらこちらへ歩み寄ってくるリカバリーガール。まじまじと俺達二人の顔を見つめた後で、彼女は。

「お前さんも八百万も大した怪我ではないね。どれ、本校舎のベッドで横になっていなさい」

そう言って身を翻す。
言葉を受け、背後で八百万が踵を返した気配があったが、数秒の間はそこから踏み出すことを躊躇うように、足を止めてしまっていた。
演習の疲れもある。だがそれ以上に――がっかり、したのだろうか、俺は。
無意識ながらにまた会えるだろうか、などと淡く思うあまりの憂鬱だ。

「轟さん? 行かないんですの?」
「あぁ……悪りぃ。今行く」

心のどこかに落胆の二文字を抱えたまま、八百万を追いかけた。

2016/08/19 書き上がり
2016/12/08 修正

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