短編

揺れて消える、ぼくの合図は星になる


※死ネタにございます。

「大丈夫」と私に安らぎの魔法をかけながら抱擁してくれた少年の腕の形は、温度は、まだ熱くしつこく感覚を占領し続けているというのに。
大きな大地の亀裂が人々とポケモン達の手で修復されても、倒壊したビルディングの瓦礫がどこか彼方へ運ばれても、目覚めない私の男の子は今も赤い土の奥底で眠ったまんまで。
昼寝なんて彼はあまり好まないから白昼に寝顔を見ることは少なかったけれど、だからこそなのか、表情筋の全てを眠らせた、寂しくも怖くもない眠りの無表情は私の水晶体に刻まれている。ルビー、とそっと耳殻に吹き込むように囁きかければ睫毛が震えて、ゆうるり、と紅玉がお披露目になるのだ。それは私が呼んだ目覚め。だからおんなじように、呼び出せるんじゃないか、と思ってしまって、私は何度もルビーに呼びかけ続けていた。やがてそれは縋るような色を帯びていき、目から雨を降らせ、最後に一度破裂するような絶叫で呼び、私はこときれた。ルビーは糸の切れた操り人形ではなかったけれど、玉の緒はとっくのとうに引き千切られていて。龍神が泳ぐより彼方の遠い空に吸い込まれた魂にはもうどうしたって届かない。

うそつき。
うそつき、嘘吐き。

必ず戻る、なんて言葉を彼ほど美しく信憑性で包める人間は存在しない。自己を犠牲に億を救うしかない状況下でも、彼なら自らも生還する道を新たに拓いてしまうだろう。
そんな少年の嘘を誰も、私も、疑えない。

――怖がることはないよ。ボクはね、他者のために身を犠牲にしたりはしないんだ。自分よりも大切な他人なんていないでしょう? ちゃんと助かるつもりでここにいる。

見知らぬ大勢の笑顔を守るため、母の心配そうな顔を拝む事を捨てなければならないと怯える真人間の私を抱いての、ルビーの言の葉だ。
戦士が携えるには些か利己的過ぎるが、聡明な脳から語られればそれすらやってのけるのではと小さな希望が育まれる。

――つまりね、こういうことなんだよ。ボクは負け戦には挑まないから、つまりボクが挑んでいる時点で勝算があるっていうこと。ボクの参戦自体が大きな希望的伏線というわけさ。

育ち始めた希望の新芽だったけれど、害獣が祓われたわけではなく。私はこの後も少々の間不安から解き放たれずにいたけれど、それも本当に少々の間のこと。

――えぇ? ボクが助かるっていうことが、キミも助かる理由にはならない、って……。察してよ。ボク、キミのことかなり大事なんだ。この意味かい? そうだなぁ、還ったら教えてあげる。

嘘の数は全部で二つ。生還の約束と、教えてくれるという約束。
その中で、たったひとつ埋もれてしまった真実は私そのものだった。

――大丈夫。君は死なないさ。

私は死ななかった。生きていた。生き延びて、今もここで生きている。
真実もくれる嘘吐きは未だにおねむを卒業できない。
私が愛したのは嘘未満だけなんじゃないかって思うのは。


2018/04/29
救いたい人間の中に必ず自分を置くルビーに、「ボクは助かるから先に行って」と言われたら信じてしまいますよね。そして彼はそんな時ほど帰ってこない……。

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