短編

夢見る季節が過ぎても


ぽふり、と左肩に預けられた頭にはたと刮目。数分前、ソファーを分け合い、並んで腰を下していたなまえが左腕に微かに身を寄せたのだ。他意を抱いている様子も無いように思い、拒絶するでも制止するでもなく許していたら、肩を貸す現在にまで至っていた。どうしたものか、と俺は思案する。冬季に野外でぼんやりと佇んでいる時などに暖を求めた迷い猫にじゃれつかれることはままあったが、さすがに人間の女子にまで微睡まれるとは考えもしなかった。
うつらうつら、睫毛を伏せるなまえの指に引っかかるティーカップに危うさを見出し、ひとまずカップを卓上に置いてやる。

「ありがとう」
「おぉ。寒いか?」
「うん……」
「にしても少し近くないか。少し離れろ。左ならいつでも使ってやっから」
「でも寒いんだもの」
「なら仕方ねェ、のか?」

仕方があるまい。
冬が目前まで迫る今の時期、俺の左半身の温度は相当な美味らしい。腕に絡みつき、体温を頬張る姿を僅かに高い目線から眺めるのは悪い気はしなかった。じわり、となまえの肌の上を俺の熱が染めていく。

「優しいね。あったかい」

いや、と否定を口にしたくなる衝動を堪える。己の躰の芯に沿って線を引き、そこからきっちりと半分だけを愛し、残り半分だけを憎むというのは存外難しくなってきたことが悩ましい。悩ましさに反して口元が淡く綻んではいたが。
視界の端に人影を知覚する。「なまえ」近くにあった耳殻に語りかけるのは容易く。

「見られちゃまずいんじゃねえか」
「轟、困る?」
「お前が困んじゃねえかと。人のいないところの方がいいだろ。見られてんのかと思うと落ち着かない……」
「誰もいなければいいの?」
「あぁ」

答えつつ、なるほど、そうとも取れるのか、と感心にも似たものを覚える。

「ねぇ、じゃあ、部屋行ってもいいっていうこと?」

そうともなるのかもしれない、がしかしどこかに危うさを隠し持っていることにも気づき――居た堪れなくなる前に、タートルネックの首元に顎を埋めて唇が象るものが漏れないよう、一言「そうだな」と言った。むやみやたらと余計な耳朶に触れさせるわけにもいかない承認だったからだ。


2018/02/09

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