短編

不埒な流れ星にキス


全ては必然。ルビーの部屋にいる時点で起こる事は最初から起こり得ると予想されるものであった。
彼のベッドに彼と並んで二人で腰掛けていたら、さりげなく、それでいて大胆に距離を詰められたなら、心臓は高鳴る。手を重ねられ、指が絡められたら、紅の双眸を見なくとも頭の中は容易く悟れる。示される幾つかのサインはその裏の本心を空気に駄々漏らしにし、秘めるという最大の仕事さえしていない。
ここで肩を軽く押されてベッドに押し倒されたとしても――そう、現状のように――いい関係の男の子と、その子の部屋にいるというシチュエーションにおける予定調和の範疇でしかない。

チークの辺りにキスを落とされ、反射的に片目を瞑る。するとその降ろされた瞼にもまた唇で触れられて。米神にも同じようにされたあと、一度見つめ合う形になってから、またキスはやってくる。今度は眉間からつうぅ、と鼻先まで滑り落ちていき、ゴールインとばかりに、ちゅっ、と唇と唇をくっつける。軽やかなリップ音をこの甘やかなラブシーンの終幕と捉え、ようやっと心臓が休まるなどと思ったのも束の間。ルビーのキスは唇では飽き足らず、私の喉にまで及んで来たのだ。

「あ……、ひっ……!」
「嫌?」

台詞こそ質問の形をしている癖に、唇はほぼ喉と密着したまま――おかげで言葉の形に開き、動く唇の蠢きも、声の振動さえも、皮膚から伝わる――やめる気などさらさらない癖に。現に今とてこれでは先に進めないからとブラウスの襟のボタンに指をかけ始めているくらいだ。
とてもずるい男の子。
だって、恥ずかしいもの、と私はここで彼が許してくれることにおまじない程度に期待をし、そう伝える。――と。

「わかった。厭らしいことはしない」

約束する、と本来なら小指同士を絡めるはずの場面だろうにルビーは愛おしそうに私の喉にキスをした。
本当だろうか。本当にこの約束は守られるのか。なんて、少しの疑念もぽろぽろと生まれ落ちはしたが、そんなものはすぐに吹き飛ばされる。突然に喉に歯が立てられようものなら、誰だって、瞳孔をかっ開いて驚くだろう。「ルビー!」と怒りを含んだ声音で呼べば、悪戯っ子のように彼は笑み、「ごめんごめん。つい、ね」とやはり悪怯れる様子も無く笑うだけ。
ルビーの指が私のブラウスのボタンを弾く。ひとつひとつ丁寧に外されていくと、確かに余裕無く進む行為とは根本から異なり、エロティックな要素は欠片もない。幼い子供として愛でられているような気分にすらなった。
ルビーの手によって露出された箇所から、冷えた外気が迷い込み、そして皮膚上を這い上がってくる。
下着はいとも簡単に奪われる。締め付けから解放された双丘は整えられていた形を柔らかく崩すが、反比例的に私の身体は強張った。背中が反り返り、胸を彼に差し出すような格好になってしまい、覚悟はしていたもののしかし齧りつかれなどはせず、愛撫の態は一向に崩されない。ちゅう、と唇を乗っけられたのは、乳房のてっぺんでちょんと存在を主張する胸の飾り。だが、それだけ。顔を赤らめてびくりと反応してしまったのは、恥ずかしい杞憂に呑まれていたのは、私一人だった。ちゅ、ちゅ、とてっぺんへの口付けは幾度も幾度も繰り返される。時折勢い余ったらしい歯がぶつかって硬さを感じる程度だ。意図した接触はキス以外には見られない。ただひたすらに、くすぐったかった。こそばゆさでいっぱいだった。甘ったるいものをどんどんと注がれるから、くらくら眩んで、ついには溺れてしまいそうな。
お臍周りをくるくる円を描くようになぞるのはルビーの指。つぅ、と一本の線を引きつつ下腹部を目指す。ずる、と。その指にスカートを下着ごと下ろされかけられる。驚きはしたが、麻痺した身体はもぞもぞと弱く抵抗を示すだけで精一杯で。中途半端に露わにされた骨盤に、予定調和的に唇が寄せられる。このままでは上半身に次いで下半身までもが一糸纏わぬ無様な状態にされてしまうと、私は指に力を通わせスカートを力無く抑えた。その押さえつけこそ非力で無様なものであったが、ルビーに意図は伝わったようで。だが忘れてはいけない。ルビーは屁理屈の申し子である。彼の手が脚の方へ移動したところで、局部周辺の露出じゃなければ脚でもいいでしょう、という屁理屈が脳裏に響く錯覚。
くるぶしを掴まれ、ルビーの肩の高さまで持ち上げられると重力に逆らえないスカート生地は捲れ上がる。脚の間とそこを覆う申し訳程度の布が彼の眼下に晒されてしまったかと思うとこの上なく恥辱的だ。脹脛にただキスしただけのルビーは厭らしいことはしないという自身の宣言をきっちりと守っているようだが、それは針穴に糸を通すが如く発言の隙間を上手くついて狡賢く立ち回る――態度で示す屁理屈のようなもので、あやすような触れ方を除けば実際の行為や行為前の戯れと何ら変わりない羞恥を植え付ける。脹脛から膝裏に移り、上へ上へと、辿り、そしてその次は?
持ち上げられていた脚がマットレスに下ろされたのはいい、が。事態は何も変わらない。ルビーは三角座りの時のように私に膝を折らせ、その状態での開脚を強いて来た。止むを得ず従ったというよりは、有無を言わせずその形を作られていたというべきである。体勢を改めさせてたところで内腿に与えられた口付けに支配の意味が宿っていなかった事を信じさせて欲しい。
もうこれ以上ショーツの方に顔を近づけないで、と願う私だが叶わないのは知っている。きっと既にルビーの鼻先には、秘めておきたかった恥部の香りが触れてしまっている。嫌だ、そんな汚らしいところ。でも、「まだここにはしてないじゃない。ちゃんと最後まで、余すところ無くやらなくちゃ」とルビーの声が脳に響いてくるようだった。ショーツのよりによってクロッチ部分に指をかけられ、引っ張られる。そうして一度引っ張ってずらしてから、指を引っ掛ける場所をウェスト部分に改め、引き合い良く引き摺り下ろされた。露わされた汚いぬかるみと、膝に引っかかっている濡れたショーツに死にたくなる。
嗚呼――天井を仰ぎ、頭を廻す。酷い。恥ずかしい。はしたない。ルビーが好みそうにないこれらの要素がルビー当人の意思に基づいて私の上に全て同時に存在している。
酷く、恥ずかしむべきで、はしたない姿である。纏っていたブラウスは脱がされた後くしゃとまるめられて適当な場所に寄せられてしまい、ブラジャーもまた剥ぎ取られて放り捨てられ今は遠い床の上。何も隔てるもののない上半身は真っ先にキスの餌食となった。スカートは骨盤が見える程度にずり下ろされて、その上捲れ上がり、もう一つおまけとばかりに派手に開脚させられて。ショーツなど更に酷い。
明るすぎる照明の元、晒されて、愛でられて。
執拗なまでのキスマーク、しかし目に馴染んだ紅の色は無い。無色透明な印は私の全身に満遍なくつけられてしまって、それは何処へも行けない鎖となり、私を彼の手元に置かせる。そんなことを私自身望んではいなかったろうに、叶うのも悪くはない。脳の血管を通う毒が思考を歪めるけれど、それもまた悪くはないのだ。

「ねぇ、」
「うん?」
「口にもしてよ」

気付けばそんなおねだりを口走っている。

「いいよ――」

下くちびるに弾けたリップ音に目が醒めてしまいそう。でもいらない。目覚めなんて望んではいない。ロマンティックに覚醒を遂げる御伽噺のお姫様には今はまだなれないままでいい。
もっと甘い夢を見せて。連れ出してよ、沈んでしまうのもいとわずに。

「ね。ルビー」
「なあに?」
「深いのは……しないの?」

いつ振りにか、くちびる同士が合わさった。他人のぬめる異物が口内に押し入る。
誘って犯されてねだってとろけて。
大人のそれが済んでから、キミは他に何をお望みだい、と意地悪く瞳で問いかけてくるであろうルビーに、私は求めるのだ。――何をかって? 続きに決まっているではないか。胎内に誘い込む以外に何があるというのだ。

2017/11/13

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