短編

ヴァレンタイン聖戦


※学園パラレル

静やかな2月14日だった。キャラメル色のダッフルコートに、ふわふわ首回りを包み込む赤いマフラー。今はもう上靴に履き替えてしまったけれど、履き潰したヒール無しの安価ブーツはそれなりのお気に入り。ふわり、もこり、の完全なる冬装備を解いてしまうのは、南に位置するこのホウエンでもまだ早い。
がら、と教室の扉を開けばそこは無人で、どうやら一番乗りだったらしい。真冬の一張羅でいるなまえは微かなため息を冷え切った空間に溶かし混ぜた。
自身の机に、詰め込まれた教科書類でぱんぱんに膨れ上がったバックパックをどさりと置いて、ダッフルコートはコート掛けへ。机と椅子の間に設けられた通り道を行けば、ひらひらと長くも短くもないスカートが歩む足の後を追ったり、先導したり。
黒板側の壁掛け時計を見上げた。なまえが属する美化委員の活動時間までは、まだ少しの余裕がある。
この日のなまえの荷物は一つだけ多かった。否、女子生徒ならなまえに限ったことではないだろう。手首に引っ掛ける形でこっそりと持ち込んだ、かわいらしいラッピングを施した――それは……。美しいものに目がないなまえの想い人なら、舌は無理でも目だけであれば喜ばせることができるかもしれない。
どく、と脈打つ音が伝わる。
せっかく作ったチョコレート。せっかく頑張ったラッピング。この日でなければ意味がない、ともすれば生まれた日と並ぶほどともなる大切な日の贈り物。心をそっと閉じ込めた。
なまえはルビーの机の前に立つ。そっ、と人撫でしてみると、誤ってカッターで傷付けてしまったのであろう切れ目を指先に確かめられた。ルビーの椅子を引いてみる。彼はもちろん、誰もここにいないからこそできる、恥ずかしがり屋な少女の秘め事。なまえはルビーの椅子に腰かけた。
机の中になまえは忍ばせて、まだ早いがそんなことは気にせず委員会の活動に行ってしまおうかと考えた。だが。結局そんなことはできなくて。焦がれる相手の席を立つ。椅子を定位置に戻し、ついでにずれていた他生徒の机の角度も整える。溢れて溢れて、今にも零れ落ちそうな申し訳ない気持ちを誤魔化すせめてもの偽善だった。


2017/06/24
2017/11/04
こちらも没連載の没番外編でございました。

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