短編

気づいたら君の幸せばかり願っている僕がいた


「留学をね、勧められているの」

髪を切ってから生まれた真新しい癖で、襟足をひと束、くるくると人差し指でいじる彼女は、僕の幼馴染だ。
僕が無造作に、少女のように髪を伸ばしていた頃、僕の隣にいた彼女の髪は長かった。確か肩にかかるほどで、ポニーテールに結っていた。2年生の頃、たまに彼女が下の方で髪を束ねて、加えて偶然彼女の母親に会うと、「あら、双子みたいにそっくりね」と彼女とはあまり似ていない笑顔で言われたものだけど、それはただ、同じくらいの速度で僕らが育っていくものだから、並ぶと鏡合わせのようになる髪型を見ての言葉だったのだろう。だって僕らはそんなに似ている顔じゃない。
僕の為に伸ばしてるなら、気にしなくてもいいよ、と直接にではなくさりげに言って見たことがある。彼女は僕を気遣い、僕が影になって馴染むように髪型を揃えているのではないかと――今考えれば茅野とは同じでも逆の発想なのだ――。対して彼女はそんなんじゃないよと笑う。笑顔のかたちを見るに、それが半分、それも半分、きっとそれくらいだ。
僕の為という大義名分も半分ほどしかない。だから暗殺教室の生徒だった頃に彼女はその長かった髪をばっさりとボブにまで切ってしまって、短髪の女子生徒と長髪を結んだ男子生徒になってしまった。けれど卒業後に僕もまた宣言通りの散髪をしたものだから、僕が彼女を追いかける形でまた揃ってしまって。
――嗚呼いま考えなければならないのは、そんなことではなくって。

「行かないでほしい、よ」

それは願いだ。すぅ、と夜空を流れて消える星にかけるような、願い。だって、きっと……。
伏せた睫毛にぶつかる前髪が少し邪魔だ。

「僕にはなまえちゃんが必要だから。嫌だ。君がいないのは。寂しい。ずっといてくれた人がいなくなるとどうなるか、想像がつかなくて、少し……――」

怖い、気もする。
でも、と繋いで。

「なまえちゃんにはそれが必要でしょ。だったら君は君に必要なものを大切にするべきだとも思う」

だってきっと――本気で星が叶えてくれると信じて願う人なんて、いない。
彼女は癖である襟足をくるくる弄ぶことをやめた。する、と髪から離れた手がゆっくりと降ろされて、そうして膝の上に居場所を見出すとそこに落ち着く。

「ひどい、ね」
「ごめん」
「ひどいよ」
「ごめんね」
「私を、幼馴染の恋人を捨てて留学を選んだ人にして、私を送り出すの? 自分だけ可哀想な男の子で、同情されて、それで、悲劇のヒロインになるの?」

僕はもう髪は伸ばしていないから、毛先が顔をくすぐるようになってくると、散髪に行く。彼女も大体同じ頻度で毛先が不揃いになると美容院へ行く。けれど彼女は整えるだけで、行くたびすっきりとしてくる僕とは違い、頭が無法地帯にならないよう気を配っている程度。彼女は髪を伸ばしている。
短髪の男子高生と、長髪の他校女子高生。少しづつ、髪から男女のかたちを成していく。

「うそ。嘘だよ。優しい、渚は。優しいよ。私に、私の大切なものを大切にさせてくれてる」

見送り、来てね。彼女は笑う。
きっと行くよ。どこかのドラマみたいな約束の承諾の仕方をした僕に、彼女のそれは伝染した。


2017/09/17

- ナノ -