短編

個性的な無個性だね


常識とはその時代その時代で変わって行くものだ。今から数百年遡った時代において電波に音声を乗せ遠く離れた人と直接向き合わずに会話ができるなんて誰が想像出来ただろう。世に出た当時科学力の結集であったはずの携帯電話は今では当たり前の存在として自分達のすぐ傍らにある。多数か、少数か。それがいつだって常識の決め手としてあった。どんな異常もそれが全体の中で一定の割合を占めて仕舞えば、新たな常識として確立される。時代はそんな風に流れ、文明は育まれてきた。
一昔前ならフィクションの物語中でしかあり得なかった能力が人類の身に備わることが当然となってしまった現代において、何も持たない緑谷出久は異端である。
非力なのが、人間。力の代わりに知識を蓄え、味方と共有し、共に生き残る道を選び取ったのが人間という種族。異能を手にしてしまった人々の前で、そんな理論はもう前時代的な遅れた考え方でしかない。

***

みょうじさんはすごいね、と。彼の口から聞くのはこれでもう何度目になるかわからない、真っ直ぐな賞賛をまた受ける。何の脈略もなく投入された発言もとい爆弾にぐらりと思考が傾いた。
緑谷出久は非常に素直だ。情動に正直に思ったままを言っただけだと、はにかみながらに言葉を重ねる彼を見ていられなくなり、私は視線を彷徨わせた。
過大評価とも云えよう賞美は到底私には見合わない物で。溢美、だ。

「私は緑谷が羨ましいけどな」
「え? どうして?」

普通の基準は多数派が決める。異常が通常となった現代社会において周囲と同じく個性を有する私は普通で、大して派手な個性でも無いからちっぽけな存在などすぐに埋もれてしまう。

「だって、人と違うでしょう?」

誰もが持つ個性を持たないがために群れから外されてしまった彼は異端であり、意味の良し悪しは別に考えての話だが、人と違っている。つまり、だ。個性が爆発しているような面々の中に一人放り込まれた無個性は、紛れてしまう没個性以上に個性的ということ。
この歳になればもう自分の限界も周囲との差も誰に突きつけられたわけでもなく肌から感じ取れてしまうもので、私は私、と自分を慰めるのはもう馬鹿馬鹿しくなってしまった。深くを知らない他者を羨むばかりの私は、やはり馬鹿馬鹿しい。

「……僕はみょうじさんの方がすごいと思う。羨ましいとも思う」
「無いよりあったほうがいい?」
「う、うん」
「そうかもね」

知らないからこそ言えるのだ。彼も、私も。互いの思考の深いところを知らないから、それでいて互いが互いへの認識が浅いことを知っているから――友達未満の関係だから。
交わし合う言葉は全て他人事。受け流し受け流されるために発し発せられる言葉であると頭の浅いのか深いのかよくわからない、少なくとも中間点ではない部分に理解があった。
非生産的な馬鹿みたいな現実逃避。

「人より出来るっていうのは選択肢が他の人より多いっていう事だと思うんだ。個性があれば、そうだろ、僕にはできないことができる。生活が楽になったり……、悪いことも、反対に誰かを救けることだって――ヒーローにだって、なれる」

独白する緑谷の黒い学ランの裾の下、爪が食い込む程に握られた拳は乾燥した空気に少し荒れていたけれど形の綺麗な指をしていた。

「みょうじさんは平凡だっていうけど、活用法はきっと幾らでもあるよ。幾らでもカバーできるんだ。僕にはそれすら無理だから……。そういうことだ、選択肢があるって」

勉強ができればそのぶんだけいい大学に進める。いい大学に進めれば、高学歴という扱いで就職活動は人より有利。其れだけでは無い、誰かに雇われるだけで終わらず自ら起業する選択だって視野に入る。

「……すごいよ」

私の耳朶に触れるのは他でもない私の口からこぼれ落ちた声だった。

「そんな風に自分のこと前向きに捉えたことなかった」
「みょうじさんはみょうじさんだよ。少なくとも僕にとっては。……って人のことだから言えるんだけど。だから御門違いかも」
「それ言ったら私もだよ。羨ましいとか、緑谷のこと知らないけど全然わかってないってわけでもないのにね」

はは、と乾いた笑い声が転がった。
貴方の悩みも苦しみも一緒に背負って分かち合って同じ道を歩んでいきたい、なんて無責任に言える仲ではないから。私達は、お互いに。


2017/03/28

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