短編

お菓子すらないなら愛を食らえばいいのよ


ピンポーン。自分一人だけで閑散とした家の中に、来客を知らせるインターフォンの軽快な音色が響く。

「トリック、オアトリート」

扉を開ければ、そこにいた少女の第一声。挨拶代わりの幼い呪文は、どうにもたどたどしい発音だ。
なまえちゃん。と本日10月31日の日付に便乗した突然の訪問者の名前を呟く前に、言えばお菓子を恵んでもらえる便利な言葉に対する返事を紡いだ。

「ごめん。ないや」
「だと思った。そんな渚には私からお菓子をあげるね」

ひょこっと僕の肩越しに室内を伺うなまえちゃんが確認を口にした。

「お母さん、いるの?」
「ううん、今日はまだ」
「上がってもいい?」
「大丈夫」

すたすたと慣れた様子で部屋に上がり込むなまえちゃんに、付き合い始めた当初の初々しさは多分ない。そう思った直後に彼女がくるりと振り向いてしまうものだから、勝手に感じる気まずさから目を逸らす。
うふふと隠し切れない笑みを浮かべるなまえちゃんに、ころんっと掌に転がされたのはかわいらしい包装紙の飴玉だった。

「メロン?」

尋ねながら包みを開き、薄い緑色の飴を口に含んだ瞬間、顔が歪んだ――否、自分の表情が崩れたことが鏡を見ずとも自覚できた。

「ううん。ゴーヤ味」
「…………」

なんて悪戯だ。

「私も押し付けられたんだよ」

だから処分に付き合って。言いながら、新たに飴という名の爆弾を取り出そうとしたのだろう、ポケットに伸ばされた彼女の手に自分の手を重ね、制止させる。不思議そうにこちらを見つめてきた彼女の瞳と視線が交わり、ぱちくりと睫毛が瞬いた。
普段なら、このままキスの一つでもするところだ。せっかく誰もいないのだし、恋人の家に押しかけている時点でそれなりの覚悟はあるだろう。

「……押し付け返していい?」
「……はい?」

返答も待たずに目の前の愛らしい桜色に吸い付いた。何言ってるの何だのと言葉を途中まで紡ぎかけていた開きかけの唇に舌をねじ込み隙間を広げて、苦味に染まった唾液と共にゴーヤキャンディを流し込めば、かつんと前歯に当たったらしい硬い音が至近距離で響く。
せっかくなので彼女の口腔を堪能してから離す。だらしなく開けられた口と自分の口とを繋ぐ銀糸を見て、もう一度赤い顔のなまえちゃんを見た。すると、おもむろに彼女は。

「……飴、あったかいんだけど……」
「恥ずかしいこと言わないでっ」

二人して赤面。
だがそんな良くも悪くも詰まった空気を破ったのは、残念そうななまえちゃんの声で。

「結局私が食べるんだね……」

しゅんと項垂れる声の調子は次第に尻下がりになっていく。
ぐい、と肩を引き寄せて、口の端から溢れていたどちらのものかわからない透明で卑猥な雫をぺろりと舐め取った。

「誤魔化したってだめなんだからね」
「いや、ははっ……」




2016/10/31
ハロウィン関係なくね? とかはなしでお願い致します。

- ナノ -