短編

シロップ多めが希望です


一滴ずつ垂らしていく白いミルクと、薄っすらとだが湯気を立てる紅茶とが混じり合っていく光景を、ただ茫然と見つめていた。
くるりと煙を巻くように、狭いティーカップの中で白と茶色が溶け合う様は、見ていて退屈でしかないのだが何も考えずにただ見入っているだけなら、暇と感じる隙すら思考にはない。
騒音の届かないテラスで息をつく。学校帰りに近くのカフェで洒落込む、なんてとても柄ではないけれど、今だけは少し日常から離れた場所で一人きりで過ごしたかった。
熱を逃がしつつあるカップを口に運んで、ぼんやりしていたおかげで調節し間違えたらしく、大分甘くなったそれを一気に飲み下す。嫌に甘ったるい味が残って、この上ない不快感だった。



レジで会計を済ませようとしている途中。
財布を取り出そうとして、気付く。別に財布を忘れてきてしまったわけではない。ごそごそと漁っても見つからない定期を失くしてしまったことを確認すると、駅に向かうはずだった足をE組校舎の方向へと向けた。

僕が焦がれる女の子は、別な誰かに同じように恋い焦がれていた。
人の感情の動きには敏感な性分ではあったけど、彼女に対してはそれがずっと強く働いて、視線がぶつかることを期待しながらその姿を追っていた。
茜色を反射する窓ガラス。温かなE組の教室で、そこにいることを期待したわけでもないのにみょうじさんはそこにいた。
みしり、僕の体重を受け止めて軋む床に振り向く彼女。その姿はとてもちっぽけで、悲しげで、何故だろう、僕は自分自身を重ねていた。

「どうか、したの?」
「うん……ちょっと、失恋してきた」

力無い造り笑いに心が痛む。
失恋した当人よりも、その人を好く他人が傷つくなんてきっとおかしい。

「私の事なんて眼中に無かったよ」

盲目的に誰かを想う少女の瞳に、僕が映ることはない。
好きも嫌いも、胸を張って語れる歳ではなかったが、それでもわかってしまうのだ。ずっと見ていたから。彼女の瞳に映れたら、とそう願い続けていたから。
こんなこと話すのもどうなんだろうね。苦々しく笑みを零すみょうじさんの声が、表情が、波立たずに穏やかさを保ち続けていた心に波紋を作る。

「僕は、ずっと好きだった」

何かの拍子に頑丈だったはずの心の蓋が外れてしまい、ぽつりと雫の如く滑り落ちた感情が空気を揺らす。

「――ごめんね」

謝る声は、みょうじさんのものではなかった。
謝罪を紡いだ唇で彼女のそこに吸い付いても、キスの名が付く行為をしても、抗おうとはしない。それが逆に僕を掻き立てる。

「ごめんねみょうじさん」

拒めない彼女の弱さに付け込んで、朱の彩る肌をなぞって自分の存在を刻み込む。なんて美しい時間だろうか。この一瞬を世界から切り抜いて、小さな箱に詰め込んでずっと手元に残しておけたら、どんなにいいだろう。

この次に、何をやるべきなのかも、どういった手順を経て事に及ぶのかも、知っていた。
だが可哀想な子供は、それ以外に傷を癒す術を知らなかった。
しゅるり、ネクタイと共に理性が解かれ、現された欲望が前に出る。夕陽の中に肌色を晒され、くらくらと目眩を味わう。
再び交わした口づけに恋情が存在していたのかも、知らない僕ら。

「笑って、みょうじさん」

他でもない、僕のために。
僕だけを見て、笑ってよ。

同じ痛みを抱える二人。みょうじさんの作った心の傷を癒してくれる存在は、みょうじさん以外に考えられなくて。
願わくば、次にする恋はいまよりずっと甘美なものになるように。
勇気を知らない僕の戯言は夕景の静寂に溶けていく。


2016/10/29
寸止めは正義だと存じております。

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