短編

遠吠えひとつで君につながる


住めば都などと唱えた過去の偉人が憎らしい。
稲荷神が眷属の九尾の狐に贈ったという隠り世にそうとは知らずに招かれ、もてなしとして出された桃を口にした私は、この世とされる元いた世界に帰れなくなった。村一番の美丈夫の神主と騒がれる安室さんと景光さん――その正体は九尾の狐と猫又で、私はまんまと彼らによって手籠めにされたのだ。
帰路を絶たれた昨夜、獣たちに処女を散らされて、そのままずっと夜明けが訪れるまで求められ続け、川の字で惰眠を貪ったのち。目覚めると昼下がりで、さぁ婚儀ですと指を鳴らす安室さんによって、私は不思議な術によって一瞬で白無垢の姿にされた。
婚姻とは男女一対一、家と家の結びつきだ。三人で手を取り合うなんて狂気の沙汰である。自分を娶りたいという二匹の獣にされるがままの私は、どこへ向かっていくのだろう。
「大切なのは人の法じゃあありません……。僕達が欲しいのは、神の御前で約束をしたという事実……。結婚という契約ではなく、契約そのものに意味があるんですよ」
「とかいってなまえちゃんの花嫁姿が見たかっただけの癖に。ゼロは人間の文化、大好きだから」
からかうように言った景光さんに、安室さんがふいと顔を背けて照れたように尻尾を唸らせた。
「巫女の役は彼らに任せましょう」
私達以外誰もいない隠れ里で第三者の存在を複数匂わせた安室さんは、懐から竹筒を取り出した。筒の中からぐにゅりと鼠のようなものが一匹、這い出てくる。ほろりと安室さんの褐色の掌にまろびでたそれは胴の随分と長い小さな狐で、ふるり、と尾を揺らすと二匹に別れて増えた。四匹、八匹、十六匹……と鼠算式に倍加していく胴長の子狐達。
「管狐……俺の故郷のあやかしだ。最大で七十五匹に増えるんだよ」
景光さんはその管狐というもののうちの一匹を私の掌の上に乗せ、かわいいだろ、顎髭の上の唇を綻ばせた。
「故郷?」
「俺、長野の出なんだ。といっても子猫の頃にこっちに来たから、こっちの方が余程長いんだけどな」
幻術で巫女の衣装を着せられた管狐に先導され、私は花嫁行列を成して表へと駆り出された。晴れ渡る空に雨の雫がさりげなく舞う天泣――狐の嫁入りだった。
神前式は二人の妖術で再現された。お祓いと祈祷、昨夜させられた三々九度もとい誓杯の儀、管狐の巫女による神楽舞の奉納。用意された誓詞をちぐはぐな心でなぞりあげ、玉串という木綿の飾りの付いた榊の枝を神前に捧ぐ……。斎主はおらず、表向き神職を装っている景光さんと安室さんが必要な時に交互に其れを努めた。風見さんに頼らないのは、彼が私の神隠しを預かり知らないからなのだろうか。
人間の文明を真似るだけの彼らにとって、それは真剣にのめりこむべき遊戯なのかも知れない。子供だってときには真剣に面子を奪い合ったり、駒の回転数を競ったり、本当の人生のようにごっこ遊びにのめり込んだりするものだろう。猫と狐の感覚は、其れに近い。
安室さんが自身の掌の上にふっと息を吹きかけると、虚空だけを乗せていたはずのそこから何羽もの折り鶴が羽ばたいていく。
「他文化圏では米を撒くそうですから。それを模してみました」
隊列を成して飛翔する小鳥の大群のような折り鶴は、不覚にも私の目を奪った。


花嫁と花婿として神様の意に触れて間もなく、また躰を求められる。
重たい白無垢を纏ったまま縁側に座らされ、庭先に立った二人が雄の象徴を露出した。神様に誓いや祈りを捧げてすぐで、まだ神様の視線がそこらに残っているやもしれないのに、正面に立つ安室さんが剥き出しのそれを私の唇のてっぺんに触れさせてくる。同じ様に斜め前に仁王立ちした景光さんが、横から突き出した亀頭で私の唇の割れ目を左右になぞった。ふにゅ、と二つの陰茎に唇越しに前歯を押されるのは、きっと開口を促されているに違いない。純白の着物の下で肩を震わせながら恐る恐る唇を割ると、二人は面持ちの恍惚を強め、先端からくびれにかけてを挿し込んで来た。
「舐めてみてください」
悪寒に苛まれたように半開きの唇を戦慄かせていると、安室さんに命じられたが、二人に同時に口淫を施すなんて無理がある。鼻孔を劈く悪臭を嫌悪しながらも、逆らえずに二人の先端に舌先をちょんと触れさせた。景光さんに髪を、安室さんに頬骨を撫でられて、まるで芸の上手く出来た犬みたい。
景光さんのものは粘膜に刺々しい凹凸があるから目を閉じていてもどちらがどちらのものか判別できてしまう。私の吐息がかかったり、舌が触れたりすると、撫でてくれている指がぴくんと跳ねることがあり、二頭の獣にも神経が通っているのだと自明の理を再認識した。
「おくち、ちっちゃいな……。これ以上は同時には入らないか」
景光さんはそう言うと口腔から退いていった。彼は地面に対して水平になっている屹立を、手で少し抑えて頭を垂れさせ、あろうことか私の白無垢の重なった襟の隙間に先端を滑り込ませてきた。隙間にそれを出し入れすることで陰茎の枝先や幹をこすり、布の中を膣に見立てて退化した交尾を始める。乙女の憧れの白無垢で犯されるなんて、どうかしている。
景光さんの腰の動きに合わせて、共衿が少しずつずれ広がっていく。他の皮膚と比べて赤黒い屹立は、どうしたって純白の衣には映えてしまう。光沢のある絹の襟に欲情した芯を抜き差しし、先端から滲む涎のようなものを塗りたくっていった。同じ液が、口腔に挿し込まれた安室さんのものからも零れていた。鼻や口、そして昨夜暴かれた私の膣と変わりない粘膜であるだけに、男性の象徴も乾ききっているわけではないらしい。
「喉の奥まで入れて……その状態でゆうべのように抜けないようにしたら、どうなってしまうんでしょうね……」
安室さんの突飛な発想にぞっとした。開かされた顎の骨が軋む太さのこの陰茎で喉に杭を打たれたらだなんて、考えただけでも恐ろしい。雌の膣から抜け落ちないように膨れる狐のそれで喉に蓋をされて、また三度達するまで出て行って貰えないのなら、きっと顎を外されてしまう。
「ひゃら……っ、ぅ、」
角度をより上向きにした屹立の先が私の上顎を舐め回した。口吸いのさなか、舌でなぶられてくすぐったくて仕方のなかった場所を、安室さんは今日は性器で撫でさすってくる。
「大丈夫……口には一度出すだけです。子種はお腹に入れてあげますから」
嗚呼、口と襟を犯されて終わるわけではないのだ、と。私の正面に壁として君臨する安室さんと景光さんの広い肩の向こう、半分ほど遮られた陽はまだまだ高い。神聖なほど白い光に目眩がした。白日のもとで、白無垢で、馬鹿みたい。
「ん、出すよ……」
景光さんはそう告げたあと、襟の中に欲を迸らせた。ぬめりと生ぬるさの印象的な液がたらりと襦袢に染み、その下の肌に濡れた感触を伝える。
「お着物も真っ白だからわかりにくいな……」
私は衣装を内側から汚すそれを確かめる気にも慣れなかったけれど、崩れた襟を少し引っ張って中に視線を這わせた景光さんは、嬉々として述べる。景光さんは未だ安室さんのものを舐めさせられている私の隣に腰掛けると、湿った襦袢の下の胸を皮膚の硬くなった指先で弄り、また雄としての象徴に熱を灯し始める。絹の生地を引っ張った景光さんによって胸の谷間が覗き、それによって安室さんから降ってくる視線が少しぎらついた。
「ゼロ、まだかかるか? 先に抱きたいんだけど……」
「まぁ……いいよ、口か手を使わせてくれるなら」
二人は私の体のことだというのに勝手に決めてしまった。安室さんがまだ欲を湛えたままのそれを私の口から引きずり出すと、私は大きく深呼吸する。唾液に入り交じる彼の味が酸素を不味く色づけており、呼吸するだけでもげんなりとした。景光さんは手を引いて私を立たせると、一番近くの障子を開く。少しの書物と、白黒の碁石の並べられたままで遊戯の面影を残した碁盤が置かれているだけの部屋だ。
「碁番に手をついて、四つん這いになってみて」
景光さんに言われるがまま前屈みになった私は、過去の対局を物語る碁石の配置を乱さないよう、なるべく碁番の隅や空白に手を触れさせる。突き出した臀部に背後からにじり寄る景光さんは、着物の上から熱っぽく尻を撫で……そして、勢いよく裾を腰まで捲り上げた。布がかき混ぜた室内の空気が、剥き出しにされた脚を撫でる。
「碁盤責めって知ってるか?」
「――ぁっ!」
問われた瞬間、表面に凹凸を持った猫又の陰茎が背後から迫ってきた。
「四十八手の一つだよ」
景光さんの声が私の背中の上に落ちる。
してはいけないことばかりさせられている。未婚なのにこんなことをするのも、二人きりではないのも、昼間であることも、格好も、碁盤を使うことも。
「ひっ、やぁっ……! やだっ、だめ、嫌……こす、れちゃい、ます……っ」
「昨日あんなに気持ちよくなった……だろっ……」
「あっ! うっ……がりがり、するのっ、いやぁ……」
景光さんの猫の特質を持つ陰茎は、ただ押し入ってくるだけでも私を熊手のように引っ掻くのだ。ただでさえ泣き喘ぎたくなる大きさなのに、表層に浮き出た粒状の突起が私の肉に爪を立てながら進み、或いは退く。子宮の傍を舐められなくても少し幹と擦れ合うだけで物を考えられなくなった。過敏な神経を百本もの針に突き刺されているような刺激なのに、不思議と痛みはなく、衝撃という語がしっくりくる。
のろのろと抜き差しをされる都度、私は手を置いている碁盤を前へと押してしまう。とつっ、と強めに奥を差し穿たれると、手が震えて碁石がばらばらと位置を崩した。
……不意に、碁盤の横に膝立ちした安室さんが、二度目を求めて反る角度を増した昂りを私の頬に寄せてくる。ついつい、と精を吹くところで頬をつつかれるのは堪忍ならなかったため、大人しく私は舌を出した。
「唾液を溜めて舐めてみてください。僕のにたっぷり塗ってくださいね……」
「ひ、ぁ……」
先端の中央、尿道と思しきところから半透明の欲が滲んで珠を拵えている。安室さんの先走りに自分の唾液を足して、絡めて、粘膜を潤しながら尽くすのだけれど、後ろから景光さんに突かれるのを受け流しながらではままならない。きっとこんな児戯にも等しい舌使いでは、安室さんを絶頂には導けない。決して奉仕したいわけでも子種を飲み干したいわけでもないのに、のちのち彼にも抱かれる折の負担を考えると少しでも熱の矛を収めて貰うべきだと先見の明が言う。
「はは……っ、どう、ゼロの、美味い?」
「んっ……んん、う……んっ!」
安室さんに奪われた口では答えられないとわかっていながら、景光さんが問ってきた。
子宮へと続く肉の筒の中を猫又の刺々しい性器が小刻みに往復する。抜かれて、入れられて、という単調な動作ひとつひとつに、口に蓋をする陰茎の隙間から喘がされる。
「すごい……ヒロのだと一回一回の動きだけで気持ちよくなれちゃうんですね」
「ゼロのより棘棘あったほうが気持ちいいよな?」
「あっ、んっ!」
「でも、僕ので抜けなくされて、奥までいっぱいにされたまま、ずっとするのもいいでしょう? 僕の方が貴女を長く楽しませてあげられる自信がありますよ」
それは散々ゆうべ学ばされた。景光さんの猫らしい舌や下肢の芯は、刹那性の刺激で子宮をひっくり返すのに対し、とにかく長く繋がることに長けた安室さんは時間をかけて私の躰と本能を懐柔する。
そろそろだ、と掠れた声で仰った景光さんが、腰を揺らす速度を速めていった。往復する棘のある幹にざりざりと恥ずかしい窪みを掻かれていると、次第に畳の上で踏ん張るつま先や、碁盤に縋る指先といった末端から、肌寒さのような、ぞくぞくという戦慄に浸っていく。またあの、いく、というものをさせられるのだ、と確信した私は、より強く碁盤を掴んで、碁石をばらばらと床に零した。
「ふっ、ぅ……なまえちゃん……」
景光さんの熱い声がうなじを舐める。彼は抱きつくように私の腰を抱える腕を強め、二本の尻尾をこちらの腿や腰に絡めてきた。ゆうべもされていたけれど、尻尾を抱いている女の躰に回すのが癖なのだろうか。
この二匹は私を花嫁として迎え入れるという話だったが――異種間で婚姻ができるのか、という疑問に加えて、子供は出来てしまうのかという不安が舞い上がる。一晩中、秘部が湿地帯のようになるほど精液を注がれておきながら今更だが、私の胎に植え付けられた人外の種が芽吹く瞬間は来るのだろうか。途端に怖くなる。
「あっ、待っ……ひろみつさっ! ださ、ないでぇっ……! 子種、出さないでください……っ」
安室さんの屹立から口を離すと私は前屈みのまま景光さんを振り返り、必死に紡ぎあげる。
「どうして?」
「どうし……え? だって、子供、できちゃ……」
あまりに倫理に欠ける人外じみた問い返しに少し背筋が冷えた。
「妖に転化する前ならまだしも……化けるほど長く生きていますし、生殖能力はかなり落ちているんですよ、僕たち。ほとんど無いにも等しいくらいです……。兎や鼠より狼や虎の方が殖えにくいのと同じです。九尾がぽんぽん子をこしらえたら、世の中の力の均衡が崩れてしまうでしょう? 何かとうまくできているんですよね。最も、少し力を使えば子を授けてあげることもできますが……どうします?」
「赤ちゃん猫、産みたいか?」
お二人に次々に問われ、私はゆるゆるとかぶりを振った。
「う、産みたくない、です……」
「じゃあもう少し三人だけの暮らしを楽しもう」
日当たりの良い部屋の中、これですべての憂いが晴れたとばかりに縦長の瞳孔を細めた景光さんは、また精を吐くための律動に移ろっていった。前屈みのまま突き出した臀部をぐっと捕まえられ、快楽を追うように私を使って扱き上げる。
「や……っ、にゃっ、あ……!」
「にゃあにゃあ言って……本物の猫みたいだな」
碁石の落ちきった碁番が私たちの揺れを受け止めてがたがた震える。私が体重を預けて盤を押してしまうから、畳の上に四つ脚を引きずった痕が生まれていた。罪悪感を誘われながら首筋から汗を零し、畳のへこみを濡らす。
最後に、一息に奥を突き上げられて、衝撃のままに喉をのけ反らせた時、ぼたぼたっと大粒の汗の雫が碁番や畳に音を立てて落下した。まるで裸で永久凍土に投げ出されたようにつま先が震え、膝をぴんと伸ばしていられなくなり、景光さんの腰を掴む手からするりと抜けてその場にへばる。膝を伸ばした前屈み、碁盤を使った四つん這いから、一息にぐしゃりと畳に潰れて肩で呼吸していると、窪みから垂れる雫が恥丘の狭間を滑り落ちていくのがわかった。開かれたままの目から涙が、口からは唾液が零れる。
俯いたまま必死に酸素を食む私は、自分の背中を擦る手の持ち主がどちらであるかもわからない。しかし、次に降って来たのは安室さんの声だった。
「ほら、約束通りおくちに出してあげますから、あーんしてください」
「あ、ぁ……」
私の背中を撫でていたらしい褐色の手が肩を滑り、左の頬を覆う。逆らえるわけもなくて、唾液で濡れそぼった歯を開くと、手放している間にまた随分と成長した怒張がもっと大きく開口しろと訴えながら入り込んでくる。禄に使う機会のない顔の下部の筋肉が引きちぎれそうだ。それが勃起以外にも雌に栓をするためにも膨れるのを知っているから、いつまた肥大化するのかと想像すると不安で堪らなず、結局は精一杯口を開けるしか無いのだ。
お座りを命じられた犬の如く床についていた手を、横から景光さんに取られ、咥えさせられている屹立の根本に向かわされた。
「付け根、押さえて……そう、上手。あとこっちも揉んでやりな。喜ぶよ」
「っ……、余計なお世話だ、ヒロ」
「嬉しい癖に」
図星を突かれたのか、安室さんは景光さんにそう言われて黙ってしまった。
教わったとおり、愛玩するように付け根を撫でてやりながら恐る恐る睾丸にも指を遣る。疲弊のある舌で傘状の先端をちろちろと舐め、息苦しさに嗚咽じみた吐息を零すと、それが粘膜を撫で付けるのか、安室さんが垂れがちな目尻の肉をぴくりとさせた。
「っ、ん……はぁ……。吸って、貰えますか……?」
私を見下ろす碧眼に懇願するように見つめられ、相槌の代わりに唇を窄めて応えた。ちゅる、と麺を啜る容量で、果たして上手く出来ているのかは定かではないが、やってみると、安室さんは達する時の私と同じ様に内股に震えを纏った。褐色の掌で口元を多い、声を戒めるように噛み殺す様には、やはり絵になる色香があった。口腔を犯された分際で、見目麗しい異性の余裕を欠く姿に動揺する己ははしたない。
とぷり、と飛沫をあげた精が喉を叩く。汗に近い人体から滲み出た塩の味はとても美味くはない。
「飲んでください」
安室さんに顎を撫でられると妖術にかけられたように躰は命に従った。
「そう、いい子ですね……。僕とは立ってしましょう」
「た、立って?」
「こっちに来てください」
手を引かれ、生まれたての子鹿さながらに覚束ない脚で縁側と部屋の境目、開かれた障子のところまで連れて行かれる。そこからは美しい光に満ちた庭先が一望でき、綺麗な光景の真隣で穢されようとしている自分に鳥肌が立った。
安室さんに白無垢の前を開かれ、片足を持ち上げられると、必然私は障子に掴まる他ない。躰の均衡が危ぶまれる中、「え、あ、安室さん、これむり、」と切羽詰まった声をあげると、彼は私の膝を奪ったままにこやかに言う。
「いい加減、僕のことも零と呼んでくれませんか?」
大体何でヒロだけ下の名前なんですか、とふて腐れる安室さん。
どういうわけか、村人の中では「安室さん」、「景光さん」でそれぞれ定着していたので、私も其れに従っていただけだ。
「れ、零さん」
「ん?」
細められる碧眼。
「よ、呼べって仰る、から」
「えぇ、ありがとうございます」
硬度を取り戻した屹立を、片膝をあげられたことで露出させられた窪みに添わされ――次の瞬間、つぷ、と侵される。
逃げるように顔を背けながら必死に障子に掴まるけれど、和紙を破らないよう木の縁に指を添えていなければならなくて、上手く躰を支えられない。先端だけを埋められた今でもこれだというのに安室さんは構わずぐいぐいと推し進めてくるから、その度唯一床に接している片足が泣き喚く。
「これ……っ、立ち鼎って言うんですよ」
「ふぅ……っ、え……?」
「この体位の事です。鼎とは……古代中国で使われた、三本足の器を意味します。ほら、貴女が片足立ち、だから……っ、今の僕達、三本足でしょう?」
「あっ……や、ひゃぁっ」
水音と悲鳴に混じり、絹同士の擦れる艷やかな音色が縁側に転がる。上下とも肌蹴て何も隠してくれない白無垢はもはや無力の極みだった。腰に巻き付く帯はやたらと腹を押し込むのに、雌雄の凹凸を触れ合わせるために下はぱっくりと割られ、襟は肩と胸を余すところなく晒し上げ、袖が肘に引っかかっているだけ。忘れた頃に視界を撫で付ける純白の生地が、自分が花嫁のまま暴かれていることを思い出させて、心を辛くさせた。
下からやや斜め上に向かって胎を撫で上げられる背筋が震え、口からは情けない声が出る。手は障子に添えておかないと膝ががくがくと折れそうになるから、声を抑えるにも唇を引き結ぶ以外の術はなくて、小さく悶える私を面白がって、安室さんはくすくすと色っぽく笑った。私のこんなつまらない態度も化け狐の興奮に油を注いで燃え上がらせるのか、またずくんと埋められているそれが大きくなる……また、杭に似た形状を成して、抜けなくされる。
「んっ! あぁっ……苦し、から、おっきくしないでっ……くださ……は、う」
「無理ですよ……そういう性質なんですから……」
隙間なくぴっちりと私を埋めてしまう大きさのせいで、彼も大きな身動きがとれないのか、景光さんに貫かれた折と比べるとゆうるりとした律動だった。けれども種付そのものよりも雌に栓をすることを目的とした狐の芯は、圧迫感が桁違いで、少し上向きに押し上げられるだけでも子宮を始め、五臓六腑さえ退けていくみたい。
飲まされたり、胎に飢えられたりした精にはまたしても妖力が水飴のように溶かされていたのか、この頃には苦しさの大半がそうではない迫りくるものに置換されていた。みっともなく身を捩って、髪を乱しながらかぶりを振って。片足立ちの膝が震えるから、帯を締められたまま曝け出された乳房は雄を誘うようにふるふる揺らぐ。
「かわいい。ずっとおっぱい揺れてて……」
「ひぁんっ」
挑発的に跳ねる胸をぎらつく眼光の景光さんに揉みしだかれ、がたん、と掴んでいた障子を喧しく鳴らしてしまう。嫌だ、こんな声出したくない、のに。戸に掴まる手は口に持っていけない。
私の背中の方に立った景光さんが、ゆらゆらと尻尾をくねらせながら、脂質の感触を掌全体で堪能し、気まぐれに先端を指で撫できた。片足立ちで交尾をさせられているだけでも辛いのに、胸まで愛されては敵わない。実際、安室さんが揺さぶりをかける度に私の背中は景光さんの胸板と摩擦している。
「ん、柔らかい。子猫に帰ったみたいだな……」
「あ、あの、ぶつかっちゃい、ます……」
「大丈夫。支えててやるから安心して」
景光さんの腕と尻尾が腰に回り込んできた。顎を肩に載せられて頬ずりをされると、薄い髭が擦れてちくちくとする。
「なまえちゃん、こいつのこと零って呼んでやってよ。喜ぶよ」
「れ、れいさん……っ、零、さん――」
耳元で囁いてくる景光さんに従い、本来の名前だというその響きを辿々しく象った刹那。眼光を鋭利に研いだ安室さんは、支えてくれている景光さんの手ごと私の腰を掴み上げ、ずっ、とその剛直の真上に容赦なく私の子宮を降ろさせた。
「嫌あっ! は、う。あっ、あぁぁっ! 嘘――う、そっ、う……あっ……!!」
「ね、雄って単純だろ」
冷静な景光さんの言葉が鼓膜を掠める。彼は、安室さんに力強く貫かれるまま、背筋を弓なりにする私を支えていてくれているらしかった。しかしどちらかといえば安室さんがやりやすいように私を差し出している、というべきかもしれない。親友の彼らはどこまでも共犯で、共同体なのだ。
がつがつと扉を叩くように何度と無く突き上げられて、腫れるか破れるかしてしまいそうなくらい、滅茶苦茶に責め立てられたそこに、飛沫を浴びせられる。息がつけると思いきや、真新しい子種にぬるつく其処を、硬度を和らげない剛直で続け様に穿たれ続けるものだから目を剥きそうになった。爪先立ちの片足で限界まで背伸びをし、腰を浮かせて結ばれようとする性器を遠ざけようとするけれど。
「ん、はぁっ、逃げないで、くださいよっ……」
「きゃあっ! あっ、うっ!」
安室さんに抱え上げられている膝と腕を回された腰を引き寄せられ、背後からは景光さんが彼に私を捧げるようにずいと押し出すので、ちょろりとため息の如く残りの精を零す亀頭がまた子宮に口吸いする。ごり、と半ば抉るように安室さんが押し付けて、景光さんは私の体を安室さんに寄せさせて、繋がりを手伝う。
じんわりと滲んでいくぬるま湯のような精に、胎の奥の子を成すところはどんどんと熱に染められた。衝撃的でしかない刺激が脳裏を白ませる快楽に変わっていく。妖力なのかもしれないと思った。
「嗚呼……駄目です……滅茶苦茶にしたい……」
「あ……、ぁ……、あぁっ……」
枯れた喉からは愛らしさのない呻きが断続的に漏れる。
また子宮の末端を精で汚すと、ようやく安室さんは私を解放してくれた。数えるいとまもなかったけれど、きっと口に吐かれた分と合わせて三度射精したから、区切りとしたのだろう。


毎日毎晩、昼も夜もなく妖獣たちのまぐわいの相手をさせられるうち、私の躰は乱れた性の生活に順応し始めていた。喉が食事を、瞼が眠りを欲するように、膣は男根を求めるように変容し、おいてけぼりの心だけが戸惑った。
最初は閨に踏み入るだけで期待に濡れてしまうだけだったのが、最近では安室さんや景光さんの視線に晒されているだけで躰の核芯が熱を帯びるという色魔仕草だ。
「勝手に動いたら駄目ですよ。僕が良いと言うまで我慢してください……」
私の中に全てを収めたきり腰を静止させたままでいる安室さん。あれだけ拒否していた初日が嘘のように、私はすぐに餌が与えられないことに衝撃を受けている。繋がっているだけで息を詰まらせる圧迫感のそれに、私が善がるような箇所を触れて欲しくて堪らない。獣の激しさは鳴りを潜めて借りてきた猫が如くおとなしくしている安室さんに、焦れったさだけが募っていき、私はついに彼の芯に中を擦り付けるようにして腰を浮かし、揺らし始めてしまう。
「こら、悪い子ですね。お手つきは駄目じゃないですか」
安室さんが私を咎めた。
「こんなに欲しがっちゃってすっかりいやらしくなっちゃったな……。本当にかわいい、食べちゃいたい。ゼロも意地悪せずに気持ちよくしてやったらいいのにな」
隠し味のように意地悪も楽しむことのある安室さんと違って、景光さんは優しく望むものを与えてくれる。思えば、神主として規則に厳格な面のある安室さんと、控えめながらも誰にでも甘く優しい景光さんの二人は、一番に村の娘たちの視線を集め、偶像のように憧憬されていたのは容姿が特に目を引く安室さんでも、心からの思慕を向けられる事が多いのは景光さんだった。
乙女は誰だって砂糖水のように優しい殿方が好きだろう。私だってそうだ。でも散々に意地悪をされたあとで、飢えた肉体を安室さんに滅茶苦茶にされる気持ちよさを知ってしまっている。
もぞりと腿を動かしたのが看破される度、こら、と柔く叱られて、痺れを切らした私は惨めにも続きを請った。
「安室さん、お願い……、安室さんの、ください。ほしいです、だめなんです、もう……」
「安室と呼んでいるうちは駄目ですねぇ」
「零さん……っ。もういじわる、いやです……っ」
繋がって、肌の温度を馴染ませて、そして最後に彼らの力を少し載せた精液を貰うと、私の疼きは彼方に消える。けれども妖魔でも妖術師の生まれでもなく、躰の中に妖力を留めておくための器というものを持たない私は、時間の経過とともに彼らに注がれたものを少しずつ取り零し、必ずどこかで空っぽになってしまうのだ。
最初はそれでも困らなかった。当たり前だ、もとより必要のない力なのだから。しかし妖力を載せた精液で喉と膣を潤わされる日常を刷り込まれるうちに、満腹でないことが異常になってきて、空っぽになるたびに、それがかつての日常だということも忘れ、恐ろしい不安に駆られるようになった。
安室さん曰く――「僕達の妖力で満たされている状態が恒常化し、けれども人間のなまえさんでは自分で妖力を作り出せないから、妖力が抜け出て無くなってしまう度に欠乏症のような症状が出ているのでしょう。いわば中毒……ですね。体が疼くのは、力を注ぐ時に決まって体を重ねていたから、頭がそれを“妖力が枯渇したら行為をする”のだと学習してしまったのかもしれません」。
とのことである。つまるところ一から百まで彼らのせいなのだ。
砂漠に染みた恵みの雫のようにすぐに飲み干されて、潤されてもすぐに乾きを思い出して、足りないと次を求める。負の循環の中に歯車としていつしか巻き込まれていた。


稲穂と農耕の神、稲荷神が安室さんに贈ったというこの屋敷の庭は、いつも白い光に満ち、坂道の方に咲き乱れる彼岸花は一向に枯れる気配がない。家主の獣達はいつだって若々しく、植物すらもその生命を入れ替えない不変的な箱庭は時間の感覚を狂わせた。今は青すぎる快晴に埋もれた月の、その満ち欠けから大まかな日付を算出することができるけれど、長く暮せば暮らすほどに季節の巡りにも疎くなっていくのだろう。
昨晩も私たちは熱の泥に溺れていた。安室さんと景光さんは明日峠を超えた先の町まで遠出をなさるらしく、しばらく顔を見れなくなるからと前借りのように私を抱き潰されたのだった。
人の気配も獣の気配もない隠れ庭の屋敷の一室。ずくずくと痛む腰や胎の奥や浅いところを手で擦りながら、私は襦袢を纏う気にすらなれず、裸の身を布団に横たえていた。朝あまりにも長く裸でいるとそれに欲情した獣に朝餉とばかりに食われるといったこともままあり、なるべく身支度は早くに整えるようにしていたが、あの獣と人のあいのこのかたちをした二人は今日はいない。
囚われの身となってすぐの頃はまだ外界へ逃れることに一抹の希望を抱いていたが、陽光に削られていく氷塊のように徐々に逃げる気は失せ、首輪をされた畜生でもあるまいに私は自分を飼いならす獣たちの帰りを律儀に待っている。
性においては食われる側でしか無いが、此処にいれば食べるものにも着るものにも寝る場所にも困らない。人の理からは外れた獣達だが、自分を愛してくれる男が二人もいる――。そうやって自分を納得させるまじないを繰り返しながら、この仙境をなんとか肯定しようとしていた。
家主の二人以外に人の出入りがないために、この家の障子は開け広げのままであることが多い。布団の上で、何をするでもなく高くなる陽を眺め続けていると、庭先に影が差した。
「貴女は……」
「……っ、風見さん」
涼し気な短髪に整えられていない眉、硬そうな印象を受ける眼鏡に狩衣の姿。正しくこの神社の宮司である風見さんである。跳ね起きた私は慌てて掛け布団を引っ張って赤裸々すぎる痴態を隠した。すみません、と言った彼は眼鏡のレンズの前を手で覆いながら、背中をくるりと反転してくれる。ひとまず障子を締め切ると、ゆうべひん剥かれたまま畳に散らばっていた着物を慌ただしく身に着け、念のため姿見で格好を確かめてから縁側に出た。
「お見苦しいところを……」
「いえ、こちらこそ申し訳ない。貴女がここを訪れたあと、行方知れずとなっていると、昨日里に降りた時に聞いて、まさかと思っていましたが……まさかあれからずっとここに……?」
何というひとたちだ、と。彼は視線を伏せながら拳をきつく握りしめた。風見さんの口振りから、彼は私がここに居着いているということを半ば確信の上で訪問してきたのだとわかった。
「――安室という男は、化け物だ」
痛いほどに心得ている。
私と正面から向き直り、忠告をくれているのであろう真摯な風見さんに胸が打たれる。
「存じて、おります……」
「あの人も諸伏も夜まで帰らない。わかっているならすぐにここを出なさい」
「で、出られないんです。坂を降りても、ここに戻ってきてしまうんです。あの二人に出されたものを食べてしまって、帰れなくなりました」
「神隠しか……やはりというかさすがというか……。……先程稲荷神に祈祷して、この空間に割く力を少し弱めて頂いています。今、ここの神気は現し世とさほど変わらない濃度です。すぐに発ちなさい。若い猫又の諸伏はともかく、稲荷神の直属の眷属の降谷さんからは庇いきれない」
「あ……ありがとうございますっ」
その言葉からはなんだかこの三人の力関係が垣間見えた気がした。表向きは風見宮司と、その部下である禰宜の安室さん、景光さんという関係だが、風見さんが安室さんにだけ畏まって接していた事からも、実質的に安室さんの方がずっと高貴な身分なのではないかと訝しんでいた。
風見宮司の科白とすり合わせるなら、神社の守護を任された白面金毛九尾、降谷零としての彼に、人界の責任者に過ぎない神主では歯が立たないのだろう。……力量でも、身分でも。


素直に実家に戻ってはすぐに足がつくと思って、家には立ち寄るだけにした。両親に無事を報せ、恐ろしい人達に攫われて手籠めにされていた事、彼らから逃げるためにすぐに村を発つ事を打ち明け、少ない荷物と僅かな軍資金を握って家を出た。行く宛は、二つ山を超えた先の母方の親戚の家だ。
今の今まで軟禁されていて、なまりきった脚では挫けそうになったけれど、妖魔の箱庭に戻りたくない一心で躰の舵を握った。
夜もふける頃、疲れた脚を引きずりながら辿り着いた親戚の家で、私は数日ぶりに安心して眠ることが出来たのだった。
けれども九尾の狐と猫又の妖力を毎夜過剰に注がれ、取り返しのつかないほどふやけた躰は、徐々に乾きを訴え始める。親戚に家を間借りさせてもらう対価として労働で返さなければならないのに、日の経過とともに躰が頭の命令を無視するようになっていく。
居候を初めて数日目。熱に喘いで、床から起き上がれなくなった私は病に伏せたと思われて、親類達は心配の目を向けてくれたけれど、布団の下ではだらだらと脚の狭間から無様な涎を垂らしているのだからみっともない。
本来生きていく上で不必要なはずの妖力を求める躰は、妖力を移す儀式として使われていた性交をも、盲目的に渇望する。
眠りのとりすぎで睡魔にも見捨てられ、やり過ごすことが難しくなり、ついに己で沸騰する浅ましさを慰めようとした折――。
「ホォ――……。ご自身で慰めるおつもりですか……」
数日ぶりに鼓膜に触れるその声は、酸素の振動だけで私の股を潤ませた。
枕元には神々しい稲穂色の毛並みの九尾の狐が佇んでいた。九つの贅沢な毛並みの尻尾で停滞した室内の空気をかき混ぜ、冷たい瞳孔で私を見下ろしている。見つかったことを心が焦るよりも早く、楽になれる、とまず躰が喜んだ。もう駄目だ、毒されている。
「なん、で……」
私の問いに応えたのは連れの三毛の猫又だった。
「君の妖力を辿ったからだよ。元は俺達の力だからな。追いかけるなんて造作もない……」
「今回は随分持ちましたね。もう少し早くに音を上げて、僕かヒロの名前でも口にするかと思っていましたが……貴女は意外と堪え性があったんですねぇ……」
逃げた初日から見ていましたよ、としゃがみこんだ安室さんに顔を覗き込まれて、高熱に茹で上がっているはずの頬が蒼白する。
「さて……。欲しいですか? 僕達の精」
楽にしてあげますよ、という囁きは、いっとう甘い。意志が水飴のようにとろけた頭では明瞭な拒否を突きつける事が出来なくて、私は曖昧に枕の上で顔を背けた。黙殺を決め込んでいると妖狐の陰と追い打ちの言葉が枕の上に降ってくる。
「苦しくて、辛かったんでしょう、だから自慰をしようとしていたんでしょう。言い逃れなんてさせませんよ。なまえさんの躰が本当に欲しているのは欲の発散ではなく、あくまでも妖力です。発情はあくまでも副次的な……躰の勘違いによる禁断症状でしかない……。根本を絶たないといつまでも苦しいままですよ?」
甘言には唆されたくない、耳を貸したくない。根本を経つなどとまるで一番の解決策のように宣うけれど、実際は彼らの神秘の力への依存を強めるだけだ。唇を噛んで、安室さんの影から逃げる。
「意地を張っちゃって。本当は辛いんだろ? 今なら安室も優しくしてくれるよ」
景光さんの手が私の汗の露を貼り付けた額をそっと撫でる。その手が真夏の冷水のように夢心地に感じられるくらい、私は熱い。――まるで飴と鞭だ。
にこりと猫目に微笑みを浮かべながらいいこいいこをしてくれる景光さんは、幼少期、夏風邪をこじらせた時に看病をしてくれた両親を想起させた。
「どうしてほしい? 言ってごらん」
私は知らず知らずのうちに目尻から涙を零していた。それは私の欲情の温度を宿していて、とても熱かった。
「つら、い……です……。たすけてください……っ」
喉の奥に封じ込んでいた言葉を人思いに吐き出すと、堰を切ったように涙の奔流が続く。
「なら――誠意を見せてみろ」
「え……?」
冷厳に空間を割いたその声が誰の口から発せられたものなのか、一瞬分からなかった。胸その声色は胸に困惑を呼ぶほどに、平素の安室さんの蜜を垂らしたようなそれとは、調べも、語調も、何もかもが違っていたからだ。畳の上に胡座をかき、冷たく花紺青の双眸を細めた安室さんを、私は震える眼で捉える。
「あげちゃったって構わないだろ。こんなに辛そうだ」
「ヒロは甘すぎる」
「寝床は偶に変えたくなるじゃないか」
「それは猫だけだ」
「……だって。ごめんな、ゼロって少し厳しいところと頑固なところがあるから……。といっても、不安の裏返しっていうのかな、俺もこいつもなまえちゃんを心配していたんだよ。そういうことだから、ゼロのこと安心させてやってくれないか?」
甘いと言われて睨まれた景光さんだけれど、彼が優しいのは私に対してのみではない。親友の狐に対してもだ。このままじゃゼロが納得しないから、と言って、私に安室さんのしおきを受け入れるように促してくる。
肩に鉛を積まれたような躰に鞭を打ち、布団の上に身を起こすと、胡座をかいた膝の上に頬杖をしている安室さんの前に躙り寄った。
「あの、どう、したら……」
「僕のを入れて欲しいんだろう? この状態では無理だ、わかるだろ」
褐色の人差し指が指し示すのは、彼の自身だ。着物の裾の奥に収まっている其れを、生地を押し上げるほどに私の手で隆起させろという意味だろう。
平素は私が何をしなくても張り詰めさせて求めてくる癖に、今の安室さんは私のために仕方なく付き合ってやると言いたげな尊大な態度だ。自我を殺すように息を呑み、淡い灰色の着物の上から彼に触れる。胡座のおかげで開かれている腿の付け根の狭間を探れば、まだ熱も硬さも帯びていない其れは容易く見つかった。
それほど他の部位との区別が明らかではなかった其れも、手で撫でているうちに芯を宿し始める。私の手つきをじっと観察している安室さんの顔を見返す気にはなれなくて、そこに興奮を齎すことだけに努めた。
掌で彼の硬さを認めると、きゅん、と膣がひくついてしまう。二人共私には指一本触れていないのだから悟られようもないのに、露呈するのが怖くて唇を噛みしめる。
はらり、と灰色の着物の合わせを乱して、長襦袢の奥の肉の芯に辿り着く。首をもたげたそれを見ていられず、視線を彷徨わせていると、ぐっと褐色の手によって乱暴に顎を掴まれ、手前に引っ張られた。
「してみろ」
私は逆らわずに安室さんの下肢に顔を埋めた。頭髪と同じ稲穂色の茂みは、髪と比べてもやや硬質で、秘した場所らしい青臭さがある。
幽かに潤んだ先端を舌先で拭うと、新たにより多くの露を分泌させた。香りも感触も生々しいったらない。口に含んだ箇所からはどくどくという生命の脈を図る事ができ、それが張りぼてではなく安室さんの躰の一部なのだと改めて脳に刻まれた。
いつも、上手、かわいい、と言葉をかけてもらえるときの動きを思い起こしながら、懸命に記憶をなぞりあげていく。あの言葉達はきっと私を乗せるための嘘だったのだろうと薄々気づきながらも、またあんな言葉をかけて貰えるように必死に記憶を反芻した。舐めるだけじゃなくて手も使うのだったか。頬の裏に収まりきらない幹から付け根にかけてを撫でたり、袋を手で包んだり、拙い手淫と並行して舌を使う。
「下手だな。これじゃあ出るものも出ない」
安室さんの股間に顔を埋める私の旋毛に、こちらを見下ろす彼の呆れ返ったような声音はまっすぐに落ちてきた。やっぱり砂糖菓子のように甘く触れる丁寧な物腰を脱ぎ捨てた彼は怖くて、ほとんど反射的に謝罪の言葉が漏れる。
「ご、ごめんなさ……い。どうしたら、いいですか」
「上手くやれないなら男に主導権を渡すしか無いだろう。僕の好きにさせて貰う」
肩を竦めた安室さんは私を仰向けに押し倒すと、耳の横に膝を立てて顔を跨いできた。鼻先に猟奇的ですらある雄の昂りを突きつけられ、冷たく見下されると、狩人にひっくり返された兎の如く総身が凍りつく。唇の中央に押し付けられた亀頭を自ら頬張ると、足りないとばかりに私が招いたところよりもずっと奥にそれは押し込まれた。
「ん……っ!?」
安室さんは今までにない乱雑な手つきで私の髪を掴むと、喉を道具のように使って性器を擦りつけ始めた。よく咀嚼した食事が流れていく奥を生きた肉の塊で引っ叩かれるように突かれ、えづきそうになる。万が一にも歯を立ててしまったらより悪転するであろうことは目に見えていたので、外れそうな顎を開き続けた。これだけ口腔を開け放していても隙間も溝も介在できないほどに太ましく昂ぶっていて、苦しくて仕方がない。早く終わって、とそれだけを望んだ。
ぴく、と淡く痙攣した安室さんの自身や私を跨いでいる締まった腿に、彼が今射精の予兆を帯びた事を察する。ややあって、私の口から焦燥を感じさせる足取りで出ていった其れは、次の瞬間には銃口のごとく額に突きつけられていた。根本を握って角度を固定している彼の手が、精の矛先が私の顔であることを物語る。
二度ほど手で絞り上げると、眼前の鈴口から白いものが爆ぜた。ぺちゃぺちゃと顔が濡れていく。
「飲むなよ。まだ養分にはさせない」
「は、い……」
一方的な言いつけを破って、今すぐ顔を汚すぬるい白濁を指で掬ってでも口に含みたい。楽に、なりたい。
白い色を塗りたくられた私の顔をまじまじと眺め、満足したのか安室さんは口火を切った。
「僕らの前から二度と勝手に姿を消さない、あそこの神社でずっと一緒に暮らすと声に出して誓え」
「ご、ごめんなさい、もう逃げたりしません。ずっとお二人と一緒に暮らします」
なぞらされているだけの科白でも言葉に宿る霊がまるでそれが最初から当たり前だったみいに常識を作り変えていく。
安室さんの指先が私の二の腕に五芒星を描くと、すぅ、と罪人の刺青のような輪の模様がそこに浮かび、一瞬だけ光を纏って滲んで消えた。
「……これでなまえさんは今の誓約を破れなくなった。同じことをすればこれからはそこに激痛が走り……、それでも裏切りを中断しないのなら、その線から下の腕が千切れるよ」
怖くなって透明な刺青を刻まれた腕をそっと摩る。
「準備ができたらヒロに入れてくださいってお願いしてみろ。ちゃんと自分でほぐすんだぞ。僕の親友の手を煩わせたら承知しない」
安室さんは私の上から退くと、顎をくいとあげてこちらを急かしてきた。
今までは本当はしたくないのに二人が求めてるからという免罪符に心で縋っていられたけれど、今の私は彼らに子種をせびるために自ら秘部に手を伸ばしている。体が辛いからなんて言い訳には幾らも足りない。
着物を乱し、さらりとした液を流す脚の狭間に指を這わせる。丘も、ひだも、指の先で裂いて、湿潤の中央に指を沈めた。
一度絶頂に達すると蜜に粘りが出てそれを流す量もぐんと増える。負担を和らげるためにも至っておかなければと思って、中から掬った蜜をひだの手前の核まで運び、塗り込んでみた。
「ふうん。そこでするんだ。陰核、好き?」
「わ、わかんない、です」
「きもちいって顔してる」
安室さんとは対象的に怒りの色を見せない景光さんは、娯楽のように私の痴態を楽しんでいた。
私はそろそろと皮膚の上から核の上を往復させ、時折ひだの付け根なんかをくすぐってみる。快楽なんてあまりよくわからないのに賢い肢体は要領良く昂って、少しずつ腰や首の裏がそり返り始めた。迫る波の足音が聞こえる。こわばって震えて弓なりになりながらそれを待つ――刹那、留守だった膣の方に景光さんの指が潜り込んできた。
「え、あ、ちょっと……!」
「そのまま自分でいじっててごらん」
言われたから続けるのではなく、陰核をいじる手を自分では止められなかった。核に刺激を重ねるたび、じわじわと水嵩を増す川のようにせりあがってくる寒気のような熱病のような何か……。並行して景光さんに中をじっくりとかき混ぜられると、どちらが快楽の根源なのかさえわからなくなる。与えられれば与えられるほどにもっと、もっと、と三味線の奏者の少し硬い手が恋しくなった。
景光さんを、甘やかしすぎだ、彼に手間をかけさせるな、と仰った安室さんは、結局手を貸す彼を面白くなさそうに睨んでいたが、私に刺青に縛られた契約を結ばせ、安堵が確約されたからか特に何も言ってこない。
「ん……今、指締めたな。そろそろ来そうか? いっていいよ」
達する前の膣の痙攣をあっさりと見破られ、でもそれを恥じるいとまさえなく、私は指を働かせた。ふつり、と糸は拍子抜けするほど静かに途切れ、ざわめきのような戦慄が私のつま先から頭の天辺までくまなく舐めあげていく。かくかくと震えてしまう腿に刺さる景光さんの視線が痛い。とぷ、と胎の奥から産み落とされた蜜が私に挿し込まれている彼の指先を汚したことが、神経から伝わってきた。
絶頂と同時に開ききった汗腺から溢れた汗で肌は潤んでいた。それが打ち水のように気化して、肌の火照りを空中に少しずつ逃していくから、もう暑いのやら寒いのやら。
体温よりも余程冷たい酸素を吸い上げていると、喉が渇いて仕方がない。口呼吸をしながら、私の下肢を慣らしていた景光さんに目を向けると、彼はてらてらと濡れた三本の指をたったいま引き抜いたところで、気づかぬ間にそんなに挿入されていたのかと驚いた。
「せっかくですし、彼らに見て貰いましょうか。なまえさんがもう二度と厄介になろうなんて思えないように、ね……」
すっかりいつもの柔和な物腰を蘇らせた安室さんが、ぱちん、と指を鳴らす。すると部屋の外から幾つかの足音が鳴り響き始め、近づいてくる其れに着物の乱れを正す間もなく、無情な速度で襖が開け放されたではないか。
――其処にはこの家の親戚が一同に介していた。
「や……うそ……」
両手で顔を覆うと安室さんの精液が掌にべっとりと付着した。
「見て貰うって……嗚呼、なるほど」
納得した景光さんは、丁寧な手付きでご自身の羽織紐を外し、枕元に置くと、布団の上で伸びている私を膝の上に乗せてしまう。
「ゼロの顔にいっぱいつけちゃって……」
景光さんは高価そうな紺色の着物の袖で、ごしごしと私の顔を拭いてくれる。
彼を椅子として使うように背中から抱き込まれ、寝間着の浴衣の襟を肌蹴させられた。零れ落ちる胸を隠そうと体の前で腕を組むも、両手を取られて逆に腰の裏で組まされ、景光さんの帯で手首を縛り上げられる。ただでさえ自慰に耽っていて乱れている裾は、大きく脚を広げさせられた事で、血族の視線のある前でぬかるみを赤裸々にした。
大名行列の如く、ぞろぞろと親戚一同は狂いのない歩幅で畳を踏み、景光さんに抱かれる私の前に横並びで座った。親戚の娘の酷い有様にどんな罵りの言葉で叩かれるのかと覚悟していたが、むしろ彼らに感慨はない。よくよく見ると、親類達は皆蝋人形さながらの精気のない面持ちで、表情や所作から滲む個性というものを完全に均されているようだった。
親類の躰に纏わりついている安室さんと景光さんの気配――香りのようなものに、よもや、と直感の稲光が駆け巡る。彼らは、幻術で操られているのやもしれない。早い話が化かされている。
その仮説が立つと、二人がどうやってこの家に上がり込んできたのかも予想がつく。幻術で家主や家人の意識を朧げにし、堂々と、正面を切って入ってきたのだ。
「こんなところ見られたら、もうお泊りにも来れないな」
景光さんが私の耳朶に息吹くように背後から囁く。屹立した肉欲が私の背後で組まされた手に触れた。羽織を脱いで紺色の着物を緩めた景光さんは、私の着物の裾を捲りあげて裸の尻の谷間から生きた熱をねじこんでくる。
一度果てさせられているぬかるみは、先端や棘を持つ幹で恥丘を割られたり、ひだを擦られたりするだけで期待にひくつくのだった。
「乱れ牡丹……いや、鳴門だったかな……。あー、えっと、この体位のこと」
は、はぁ、と曖昧に返事をしたのも束の間、つぷ、と亀頭が私のひだを掻き分けた。
「あっ――!」
「見られて興奮してるのか? べとべとだ……」
大袈裟に開脚させられているせいで景光さんを飲み込む自分の窪みは眼下によく見えた。奥歯が削れることも厭わずに歯噛みをし、声を殺すけれど、つるりとした肉ではなく表面に粒を湛えた猫又の陰茎は、ただ擦るだけではなく櫛のように肉壁を引っ掻くので、ただ少しずつ推し進められる道の半ばですら気が違ってしまいそうになる。
「やっ、あっ。ひゃんっ」
「あった……ざらざらしてるところ……。ここもしてあげようか。自分でも当ててみて」
「ふ……う、え? あっ……!」
ここ、と示すように言われながらざらついた感触の領域を広く擦られると、頭の螺子が外れそうになった。腰を揺らして景光さんの性器にすり寄り、教わった気持ちのいいところに自分でも反復して刺激してみると、「上手」と褒めてもらえる。褒美として齎される耳への口づけが気持ちよくて、首を無理に回して視線を結び、口吸いをねだった。
「ん……。ふ、ぁ……。ひろ、みつさ……」
「ちゅう、気持ちいいか?」
「きもちい、です、好きです」
「そっかぁ」
腰を揺らすせいで唇がずれるから、舌を絡ませるだけでも骨が折れた。景光さんが私の上肢を抱き込んで支えてくれるけれど、後ろ手に拘束された手が障害になって密着感が得られない。思うままに腰を使って、教わったばかりのいいところで遊ぶ私を、彼は献身的に支えつつ、時折気まぐれに突き上げたり、胸を揉みしだいたり。
「なまえちゃん、俺の子種、欲しいか?」
「ほしっ……欲しい、です」
なりふり構わず即答していた。
「そうだよな、楽になりたいもんな。でもそれだけ? 俺のことは好きじゃない?」
「好きですっ、好きっ。だいすき。景光さんの、だから……欲しい、ですっ」
もうどうでもよかった。逃げ道が絶たれると幾らでも浅ましくなれた。飼い主に尻尾を千切れるほど振る駄犬風情で構わないから、一刻も早く眼前の苦痛から解放されたい、その一心で媚を売る。
「見ているご親戚にちゃんと報告するんですよ――ヒロのを出して貰うって」
口を閉ざしたくなるような、言わせたがりな安室さんの命令にも、私は素直に応じる。
「っ、叔父さん、叔母さん……私……っ、いま、から、景光さんの、中に出して貰います……っ」
「何を? どこの中になんですか?」
「ひろみつさんの、せいし……お股の、なか……っ。赤ちゃんできちゃうとこ……!」
投げやりに言い切ったところで、景光さんの私を閉じ込めている腕の力が強くなる。
「っ――、出そう……っ、出すよ、なまえちゃん……」
ぎゅう、と抱き竦められながら伝えられる予告に、こくこくと頷いた。出して――って、多分、言葉にしていた。
何度か深く奥を暴かれたのち、とくんと脈打つ景光さんの自身の先で弾けた欲が私の腹の奥を水鉄砲のように撃ち抜く。私が達する時と同様、息を乱した景光さんはやはり私の首筋に噛みついてきた。愛と欲が加速すると勢い余って彼が狩人に変貌する事はままあった。沈められる牙も奥を濡らされるのも心地がいい。
「報告が止まっていますよ、なまえさん。やる気あるんですか」
「は、う……、ごめ、なさ……っ、ひあ、ひろさんの、どくどくして、る……。いっぱい、出て、て……中、濡れるのきもちいです……。出るの止まんない。終わっても、ぴゅっぴゅって……なって、終わんないんです……」
安室さんに急かされて恥ずかしげもなく言った。
そこまでは清廉であることを自ら諦めて言い募った科白だったけれど、景光さんの無色な欲が胎を汚染するにつれ、心が退廃して、頭を回らせなくても舌が勝手に口走るようになっていた。
「まだ満足できてないよな?。俺とゼロじゃ妖力の質に……属性とでも言うのかな……少し差がある。それにまだいつも出してる量には到底及ばないし、どの道すぐ足りなくなると思うぞ。なまえちゃん、ゼロのも欲しいだろ。言ってみなよ」
「零、さん……好きです、欲しいです。足りないんですっ。景光さんのだけじゃ駄目なんです、お二人の、全部ください」
理性や尊厳を司る意志なんてものは、もう散り散りになって、胸の奥に隠れてしまっていた。とろけた頭で安室さんに希う。
「えー、そこまで言えって言った? ここまでしてあげたのに傷つくなぁ。俺じゃ役不足?」
「そ、そんなことは……」
ずる、と熱をやや収めた景光さん自身を抜かれると背中を押されて布団の上に四つん這いにさせられる。手を縛られたままなので体を支えているのは立てた膝のみで、頭は土下座のように下げさせられ、その癖臀部だけは高くあげさせられていた。
「いいですよ、欲張りななまえさんはヒロのだけじゃあ足りないんですもんね。足りるまで僕がいっぱいしてあげましょうね」
得意げに口角をあげた安室さんに、明らかに闘争心を燃やす景光さんは少しだけ臍を曲げていた。


幻術で自我を消失させられた親類の眼前で何度となく交尾を重ねた。彼らの精に飢えて熱に臥せていた折とは質の違う、行為後の疲労で結局また腰の砕けてしまった私は、安室さんと景光さんに交互におぶられてあの神社へと連れ帰られる。太陽も山の彼方に隠れた夜道、彼岸花の咲き乱れる坂道は狐火に彩られたようにまばゆくて、その冷酷な美しさが恐ろしかった。
厄介になっておきながら、忽然と姿を消した不躾な私の事や、私の使っていた部屋に精の異臭が残り香として充満している事……どれも、親類はきっと訝しむだろう。鋭く勘付かれれば、無節操な女だと白い目で見られるだろう。でも世間体なんてどうでもいい。
現し世に目を向けたところで、そこは故郷ではあっても、もう触れさせてはもらえない世界だ。きっと私は帰れない。この彼岸花と天気雨の箱庭以外には、帰れない。
――月は満ちて、欠けて、季節は巡って。元号も宮司の顔も変わったけれど、隠れ里の庭先の様相と、私たち三人の生活だけは変わらない。
人間では絶対に到達し得ない永遠というものを、私は、私だけは、実感する。


2023/09/15

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