短編

ひなた雨の庭凍 後編


私は借りた傘を差して、借りた着物の裾と直して頂いた下駄に泥を跳ねさせ、夜道を急いだ。屋敷と、本殿や拝殿があった場所とを繋いでいる、あの彼岸花に彩られた森の坂道を下っていく。昼間に比べて味気ない緋色の絨毯を横切り、御社殿の影が眼前に見えた時、足を早めた。
しかし、坂道は終わらない。進めども進めども御社殿は近づかず――ついに、坂を降りていたはずの私は坂の初めに辿り着いた。振り返れば、安室さんたちのお屋敷がある。
――迷っ……た……?
もう一度坂道を降りていくが、やはり私は元いた坂の上に辿り着く。何度降りても、登っている。降りても、降りても、降りられない。どうして。なんでまた戻ってきてしまったの。道が円を成しているみたいに、ぐるぐる、ぐるぐる、同じところを堂々巡り。何かがおかしい。
私はずっと坂の下に差し向けていたつま先を屋敷へと翻した。
「景光さん!」
障子を開けて部屋の明かりを縁側に零しながら腰掛けていた影に呼びかける。三味線の音色からそれが彼だと確信していた。
「そんなに急いでどうしたの?」
すると彼は三味線を弾く指を止めてことりと首を傾げた。
「お、おかしいんです! 信じてもらえないかもしれないですが、ここから出られなくて」
「落ち着いて、なまえちゃん」
「坂を降りてもまた坂の上に戻ってきていて、神社の方に行けなくて、本当なんです……!」
「疑ってなんていないよ。俺も……勿論、安室もね」
景光さんが視線を移ろわせた先。頷いた安室さんが縁側にまで歩んできて、私に手を差し伸べた。
「そこにいては濡れてしまいますよ。こちらにあがって、ひとまず落ち着きましょうか」
「信じてくださるんですか……?」
「当たり前じゃないですか」
気が違ったような、突拍子もない訴えを跳ね除けもしない二人に、雨に誘われるように涙が流れた。藁をも掴む思いで取った小麦色の手は熱くて、水墨画のような夜陰に映えるその鮮やかな温度が私を絶望の奔流から岸に引き上げる。
「さて、帰れない、とのことでしたが――」
またしても貸して頂いてしまった手ぬぐいで髪や肩を拭いた私は、そう切り出す安室さんが、神主らしくこの不可解な現象がなんらかの怪異であるという解答をくれるのだ、と。かの安倍晴明の如く、打開策を授けてくれるのだ、とその瞬間まで信じて疑わなかった。
「帰れやしませんよ。だって貴女、ここで食べ物を口にしたじゃないですか」
「ご、ごめんなさい。お茶と桃のお金なら払います。だから、」
平謝りの私に今度は景光さんが口を開く。
「対価の話じゃあない――“よもつへぐい”さ。あの世のものを食べるとこの世に戻れなくなる……どこの国にもある神話だな。なまえちゃん、此処は半分、神様の庭なんだ。ゼロが稲荷様から与えられた隠れ里……一種の仙境であり、まごうことなき隠り世だ。来る途中、坂を登っただろ? 坂とは、境。君は境目を超えたんだよ。そして、境界線のこちら側のものを、食べた」
また二人は獣みたいな眼光で私を射竦めた。
思い出した。ここは狐を眷属に従える稲荷神の社の一つ、稲荷神社。そしてこの降谷村と降谷神社を守護する妖狐の神使の名前は“零”だったと――幼少の頃、母から寝しなに読み聞かせられた御伽噺が耳の奥に蘇った。
「なまえちゃん、ごめんな。俺達、本当は人間じゃないんだ」
「これが僕達の本来の姿です」
景光さんと安室さんは、おもむろに、化けの皮を剥がした。霞のようなものが彼らの躰を淡くいだき、そしてそれが晴れた時、獣じみた三角の耳と立派な尻尾を私の眼前に晒した。
二人共人としての姿かたちを保ったままではあったが、安室さんは髪色とお揃いの稲穂色の耳を頭の天辺から生やし、一本一本が童子の背丈ほどもある尻尾を九つも腰から引きずり、それを背後に扇状に広げて見せる。景光さんは黒と茶色の斑点のある耳と尻尾を揺らしていた。さすがに九つも尻尾はなかったが、やはり尾は二股に分かれていて、ただの三毛猫ではない事がわかる。
化け猫と、化け狐。その威圧的な存在感に圧倒され、私は畳の上に膝を折った。
「家、に……帰して、ください……」
「泣かないでください。現し世に拒絶されるようになったというのは、裏を返せば、隠り世でもなまえさんが安定して、存在を立証できるようになったということ……。住む場所が変わっただけのことですよ」
人ならざるものの手が私の涙を拭う。何の慰めにもならない。私の傍らに立て膝をした安室さんがふわりと大きな尻尾を私の肩や腰に絡ませた。
「嫌……帰して……帰りたいんです……」
かぶりを振ってそれを拒むけれど、彼は構わずに私の顔を覆う手や頬に唇を寄せてきた。気づけば力の差など歴然である小麦色の腕に肩を抱かれていて、ぎゅうぎゅうと何本かの尻尾によって腰を絡め取られている。
そして次の瞬間、奇襲の如く唇に唇を重ねられた。
「やっと、接吻できましたね……」
「や、やぁっ! 安室さ、やめ――、んんっ、う……!?」
ちゅ、ちゅ、と口づけてくる唇から逃れるべく顔を背けるけれど、大きな片手で頬と顎を捕まえられ、口の中に舌を押し込まれた。自分が何をされているのかわからない。食べ物を食べるところを安室さんに食べられそうになっている。
たっぷりの唾液を乗せた安室さんの舌が上顎や下の付け根を細やかに調べていく。生きた異物にどうにかされる不快感から逃れたくて、歯と唇を閉じ合わせようとすると、口の端から親指を突っ込まれて阻害された。安室さんの親指がぐちゅりと唾液の海に沈む。口の端から零れる。
景光さんに助けを求めようと瞼をこじ開ける。けれど彼の鏡のように開かれた猫科の瞳孔は、爛々と私を好奇心の視線でなぶっていて、絶望した。この人も雄の獣の相貌をしている。こちらに近寄ってきた景光さんは、安室さんの尻尾に埋もれている私を、三味線を教えてくれた折のように背後から抱きしめた。
「……っ!? ふ、ぅっ、んんっ……!」
後ろから回された景光さんの右手が共衿の重なりから滑り込んでくる。左を前に合わせられる着物は男性に背中を抱かれた時に利き手となりやすい右手を入れやすい形状なのだ。それが示し合わせたものなのかは定かではないが。
三味線を奏でる人らしい、指の肉を超えないように爪を短く切り込まれた大きな指が、襦袢の隙間から私の胸に触れた。叫びそうになるが、口が安室さんの舌で埋まっているため音は漏れない。
景光さんの左手は、着物の脇の下にある身八つ口という隙間から侵入してくる。女性は帯を胸高に締めるから、腕を動かすのに困らないように脇に穴が空いているのだけれど、殿方は胸を可愛がるためにこれを使うのか。結婚するまで知りたくなかった。この二人に教わりたくなんてなかった。
「ふふ、柔らかい……。着物に映えるいい大きさだね」
下から掬い上げるように粗末な胸を揉む景光さんの手を着物の上から外そうと引っ掻くけれど、安室さんとの口づけに息を奪われて指に力が入らない。花婿にしか見せるつもりのなかった恥ずかしい肌を揉みしだかれているだけでも罪の意識に潰されそうなのに、敏感な先端を五本の内どれかわからない指でくすぐられて気が滅入りそうだ。
汗ばんだ生え際を景光さんにゆうるりと舐められた。湿潤した安室さんの舌と比べて、表面のざらつきの主張の強い景光さんの舌にそうされると、荒く櫛をかけられているみたいで少し痛い。猫の舌は犬よりも乾いていて、突起を散りばめている事を思い出した。
泣きながら口も胸もされるがままになっていると、安室さんが唇を解放してくれる。口づけを終えても距離を戻す気は無いらしく、和人とは思えない華やかな顔は目と鼻の先に寄せられたままだった。
「なまえさんは接吻と口吸い、どちらが好きですか?」
安室さんに訊かれている事の意味もわからなかったし、疲弊して痺れた舌では何も紡げない。
「かわいい、無知なんですね。接吻は口を合わせるだけ。口吸いは今みたいに舌を絡ませるものの事を言うんです」
「嫌っ、どっちも嫌です……っ。家、帰りたいっ」
「それはもう無理ですよ。僕達でもどうすることもできません。この世の規則ですから」
じゃあせめて離してくださいと懇願するけど、二人は声を揃えて「嫌だ」「嫌です」ときっぱり断言した。私を帰すことはあくまでも“不可能”のであるのに対し、口を吸ったり胸に触れたりするのをやめてくれないのは彼らの我儘なのだ。
「雨で冷えたのにもう熱くなって来ましたね」
望んで躰を火照らせたわけじゃない。抗うために藻掻くうち、汗が滲んだのだ。それなのにまるで私の過失を責めるように安室さんが言った。
稲穂色の九尾の毛並みに映える小麦色の手が、畳の上でへたりこんでいる私の膝を撫であげてゆく。帯の下、重なり合う布の隙間に手を差し込むと、それを割って太腿を剥き出しにした。背後では景光さんが襟を襦袢ごと左右に引っ張り、肩を晒す。躰の真ん中を帯で結ばれたまま、胸と脚が肌蹴けさせられていく。耐え兼ねて片腕で胸を、片手で足の付根の布を引っ張って、見られては困るところを隠そうとするけれど、それぞれの手を二人に取られて繋がされてしまう。
前と後ろを固めている獣たちにじたばたと抵抗を示せば示すほどに着物は捲れ、或いはずり落ち、肌を晒した。たゆんだ袖が肘のあたりまで下がると、胸の膨らみは全て彼らの視線のさなかへ晒される。腰を結ぶ帯の上でふるふると揺れる胸を景光さんがまた捕まえた。襦袢の中に収まっていた頃は何をされているのかもわからなかったけれど、外に出されてしまった今、彼がどんな触れ方をしているのかを知ることは容易だ。指の腹を押し当てたり、指先で弾いて何度も先端をお辞儀させたり、神経だけではなく眼球からも責められると、心が締め付けられる。
半壊した肉体は気づけば景光さんにしなだれかかっていた。そんな私の脱力した脚を安室さんが容赦なく開かせる。
「やっ、だ……!」
「こらこら、暴れないでください。怪我をさせたくありません……」
安室さんの指先が虚空で五芒星を描くと、途端に金縛りに遭ったみたいに躰が動かなくなった。――本当に彼らはあやかしなのだ。私は今一度自分に降りかかる危機の全容を理解した。
瞬きと呼吸の自由だけが親切にも保証されている。妖しげな術で私の身動きを封じたあと、安室さん達は二人がかりで思い思いの格好を私に強いた。まず畳に横たえられ、自分の意志ではとても出来ないほど大きく股を広げさせられる。手は頭の上にゆるく組まされ、紐もないのにまるで手枷をされたみたいだった。
「このお着物、なまえちゃんのために俺達が反物から選んだんだよ。駄目にしないように脱ごうね。着れなくなるのは困る」
「ぁ……」
上機嫌に尻尾をぴんと立てた景光さんが私の着物の帯を解いた。その手つきや声色は水菓子のような爽やかな甘さを帯びており、私たちが恋仲かのように錯覚させた。こんな風に家への帰り道を塞がれて襲われているのでなければ、きっとこの優しい声色に酷く安堵できただろう。
ほとんど剥かれて役割など果たせていなかった着物がついに躰から引き抜かれる。裸身のまま、畳に妖術で縫い留められた私の無様を、化け猫と化け狐の野性の双眸がじっくりと犯していく。手で胸や股を隠すこともできず、私は唯一自由な目尻から涙を零した。こんなのはあんまりだ。
安室さんと景光さんの視線が脚の狭間に矢の如く突き刺さっている。どちらのものとも知れない手がそこに伸び、恥丘、そして陰唇を指が割って――ぬかるみの縁をなぞった。くぷ、と蜜が潤している其処に指が沈んだ刹那、私は首をねじった。真横を向くと雨模様の縁側に濡れた眼界が切り替わる。
「痛いんじゃないか。大丈夫、なまえちゃん?」
「……っ」
景光さんが問うけれど、侵入した指に歯を食いしばっている私は答えられなかった。
「おい、口も聞けなくしちゃったのか? やり過ぎだろ」
「いや、頭部の自由は残してあるよ。息を止めてしまっているんだろう。こんなにきついんだ、無理もない……生娘なら尚更ね……」
景光さんにだけ平素の丁寧な物腰を脱ぎ捨てる安室さんは、年相応に感じられる。
「少し苦痛を和らげてみましょうか」
なんてことないように言う安室さんだけれど、彼は私の躰の自由を奪った妖魔だ。私の臍の周辺を、円を描くようになぞると、ふわりと生暖かい波のようなものが波紋状に皮膚に広がっていく。湿潤を弄ぶ指が再び動きを見せた時、思わず肩を強張らせてしまったけれど、耐えるつもりであった苦しさはやって来なかった。恐る恐る目を開けるとぐちゅぐちゅという水音と、中を掻き回している安室さんが自分の膝の間に見える。視線がかちあうや否や微笑まれた。
「どうですか?」
「いたく、ない……です」
違う。本当は触らないでくださいって言わなければいけないのに。
「よかった。神経を少しだけ化かしました。化かしと言えば狐と狸の専売特許ですから……」
安室さんが其処を慣らしている間、景光さんは私の隣に横になり、上半身だけこちらに覆いかぶさってくる。切れ長の目尻を飾る睫毛から目を背けた瞬間、唇をぺろりと舐められた。ざらついた猫の舌は、安室さんに口を吸われた時よりも刺激が強い。
「わかる? 俺の方が安室よりべろざらざらなの」
景光さんはべえ、と舌を出して私に見せつけた。目視ではよくわからない。
「口、開けられるか?」
無言で首を振り、要求とは正反対に唇を引き結んだのに、唇を重ねてきた景光さんは、擦れると少し痛い舌で私の中に入って来た。舌を顎の底で縮こませて拒む。舌の表面に浮かぶ無数の突起の隙間に二人分の唾液を掬うと、景光さんの舌は入ってきてすぐの時よりも随分柔らかく感じられて。たっぷりの涎を纏った舌先で裏顎をちろちろとくすぐられると、ざり、という感触も隠し味のように効いてくる。顎髭が触れる度にちくちくとした。
「どっちからする?」
「僕からだ。ヒロのには棘があるから痛いだろう」
「えー、処女は一度しか無いのに……。でも尚更痛いか。仕方ないな」
二人の言葉の意味をわからないままでいたかった。安室さんが自身の腰から帯をするりと抜き、肌蹴た着物を更に手で寛げる。はらりと体の正面で割れた布からは引き締まった肉体と、水平よりも少し上向きになった肉の芯が姿を現した。物心ついてからは初めて見る男性の象徴に恐怖がつま先から旋毛まで駆け登る。
「や、だ……やめ――」
充てがわれた熱さが陰唇を開いて忍び込んできた時、息が詰まって拒絶の声は尻すぼみになり、甲高く、かつ細く弾け富んだ。幻術をかけられたお陰で痛みはひとつもないのに、臓のかたちを異物で無理矢理改めさせられようとする苦しさに吐きそうだった。
「あ、うっ」
「きつ、い、な……。壊さないように、ゆっくり、しましょうね……」
安室さんが垂らした雨が私の鎖骨を打った。外の雨音に、肌から肌への雫の落下が重なる。
例え流行りの歌舞伎役者に胸踊らせるような遠巻きの好意だとしても、少なからず快く思っていた端正な顔の男達に無理矢理処女を散らされて、裏切られたような気持ちだった。
なのに私の乱れきった髪を撫でてくれる安室さんも、汗を手ぬぐいで拭き取ってくれる景光さんも、実家の店に足を運んでくれていたときと同じように親切で、心がぐしゃぐしゃになる。酷い獣たちなのに、優しさを忘れずに触れてくるから、当惑が甘い水でふやけていく。
「可哀想に。辛いよな。ごめんね、なまえちゃん。俺達も本当は時間をかけて関係を築いていきたかったんだけど……昔それで取り返しのつかないことになってしまったから、悠長に構えていられなかったんだ。早く君に妖気を纏わせないと、不安で不安で……」
「なん、あぁっ……わかん、な……っ」
景光さんの容量を得ないお話が耳を抜けていく。
窪みの外を飾っているひだで挟み込むように、安室さんは自身の先端をその狭間で往復させる。男女のまぐわいは肉体の凹と凸を組み合わせる決まりがあるのだと思っていたけれど、いまはただ粘膜と粘膜をぴたりと寄せて、擦られるだけ。浅いところを柔く擦られると刺々しいくすぐったさが股から腹に駆け上がる。子を宿すための営みというよりも、遊戯のようなやり方に、いけないことをしている気分になった。
「狐や犬は一度目の射精で雌の膣の準備を整えてあげて、二度目で精子を出し……はっ、三度目で、精子の働きを活性化させる液を注ぎます……。僕は妖狐ですからまた少し勝手は違いますが……。ちゃんと三回、しましょうね」
さんかいってなに。何をどこまでしたら一回に数えられるの。
試したことのない口吸いを教わったばかりの私は、破瓜を遂げさせられても無知な生娘から脱皮できていない。同衾の意味や子を成すために陰茎を子宮に突き立てて子種を注いで貰う必要があるという知識は備わっていても、その行為の現実的な手順は今の今まで知らなかった。これからの手順だって霧の向こうにあるようにわからない。人間は妖術にかけられたようにとうとつに変貌したり、成長することはないのだ。
何にしても雄の精というものを未婚の私が胎で吸っていいわけがない。
「駄目っ! だめ、です……ひぅ、わたし、結婚、するのに……!」
「婚約者は先日亡くなった、でしょうっ。それとも次の縁談でも期待してます? 生憎ですが、何度お話を受けても無駄ですよ……。また死者の行列がその相手の家を襲うだけなんですから……。まぁ、帰れない以上その必要もないんですけれどね」
今日だけで不可思議な現象に何度も立ち会った。隠り世のものを食べた為に家路に着けなくなったことに始まり、金縛りの妖術に、苦痛を和らげる妖術。なにより今私を犯している人の形の妖獣達。婚約者の家を襲った死者の行列という噂を今日まで根も葉もないものだと躱してきたが、今ならあれも真実の証言だったのだと確信できる。
どういう、ことですか、と苦しい腹の底から絞り出すと、景光さんがすうと口元に笑みの孤を引いた。
「俺の妖術はね、死体を傀儡にしちゃうんだ。三味線の弦を弾き、死者を踊らせる……。猫を殺して剥いだ皮で作る三味線は、死者の傀儡術を使う時のいい媒介になるからな。傀儡の兵隊を沢山従えて、自分の手を汚さずに悪事を働くこともできる。さすがにあの人数は骨が折れたけどな」
「景光さんが殺したの……?」
「殺したのは俺の傀儡達だよ」
同じ事だ。
「……っ、そろそろ、一回目、出そうです……」
喉の奥で呻きを転がした安室さんが、ひだの間に擦り付ける速度をあげる。陰茎との摩擦で粘膜が熱くなっていく。腫れてしまったらどうしよう。
「やっ、やですっ、嫌……です……っ。嫌ぁっ!」
ほとんど体の外側にいた安室さんのそれが、突如、くぽ、と先端だけ私の窪みに埋まる。浅く挿入された瞬間に震えたそれが粘りのある水のようなものを膣の中にまっすぐに撃ち出した。熱い雫で肉の壁を叩かれると少し高揚して、それにまた恥じた。
私が寝転んでいることで横向きになっている膣の管から、安室さんの子種が外に流れようと蠢くけれど、先だけ挿入された彼自身が蓋をしている。
「どう、ですかっ。少し、んっ、妖力を乗せたので……おいおいに気持ちよくなってくると思いますが……」
種を溶かした水とは違う、なまぬるい何かが体内を這う心地がする。羽布団のように私の上に被さってくるそのなまぬるさを剥がそうと皮膚の上を引っ掻いてみるけれど、皮下にあるらしいそれは掴めない。安室さん曰く、「それが僕の妖力ですよ」とのことだ。
「ゼロのが効くまで少し待っていようか」
ぐったりとした私は、降ってくる景光さんからの口づけを躱せなかった。あの水気が少なくざらついた猫の舌で甚振りつつ、彼は胸を弄ってくる。感触を楽しむように全体を揉んだ後、先端を指の腹でつんとつつかれて、その反応をまじまじ観察された。二股に割れた細い三毛猫の尻尾がくねくねと左右に動いている。
「さっきよりきもちいだろ?」
満月のように大きく丸い猫科の瞳孔が、私の真髄を見透かそうとしている。
「そん、な、ことっ、」
ない、と虚偽を述べようとしたとき、安室さんが緩やかに腰を揺らして、先端だけ埋まった芯で私の窪みの浅いところを悪戯に擦る。
「ぁ……。あ……」
「気持ちいんだー」
景光さんはゆるりと尻尾をくねらせて、えい、と上機嫌に私の乳首を指で弾いた。あっ、と声を漏らしていると、指でくりくりとされているのとは逆の胸を口に含まれる。砂利のようにざらついた舌の表面で敏感な飾りを舐め上げられれば痛いはずなのに、襲い来るのは寒気に酷似したくすぐったさだけで、じくじくと腰に熱が集っていく。せめてそれに快楽という名称を与えないように、なけなしの理性に縋りついた。
「そろそろ大丈夫でしょう――」
改めて私の膝を持ち上げた安室さんが、先端を埋めたきり進展のなかったそれをずいと押し込んでくる。裏返った悲鳴を迸らせる喉を大仰に反らし、私は目を見開いた。
痛みはない。痛々しい不快感のない、でも私を混乱させるに足る痺れが、そこに潤んだ雌しべに突き刺さっている。ぎゅうぎゅう、苦しいものがやってくる。推し進められて、私の肉に引っ付いてくる。もう入らない、と思ったところをめりめりとこじ開けられて、さらに奥へ、ということを何度か繰り返して、そのたび息の仕方を忘れそうになった。
「ふ……、ん、全部入りましたよ……っ。躰の自由、お返ししますね」
ぱちん、と安室さんが指を鳴らした刹那、頭と首から下が同じ回路で繋がったような心地がし、権限が返還されたのだと直感的に悟った。すかさず私は踵で床を蹴って、それを抜こうと腰を引くけど、埋められた芯の根本が急激に膨張して、芯全体が杭のような形状に変わり、抜けなくなった。
「ひ……っ、きつ、ぃ、んぁっ! く、ふ……」
「はは、抜けないでしょ? ゼロの」
ぼくらの陰茎は挿入すると根本が膨らんで栓をするので、抜けなくなるんですよ……」
安室さんは私の自由を得たばかりの手を片方繋いで、指を絡めた。余っている手はそれを真似た景光さんに奪われる。彼らの手はどちらも熱かったけれど、熱の質に差があるように感じられた。拘束のためというよりも純粋に手を繋ぎたいがためにされているような行為にまた惑わされそうになる。獣たちの本質を見失いそうになる。
安室さんにへらで鍋をかき混ぜるように腰を動かされると、肌が粟立った。初めて突きつけられた雄の証は凶器のように恐ろしかったけれど、こうして密着してみると、存外生物的な柔らかさを持っている事がわかる。大きくて太ましいけれど、鳥の腿肉を噛んだような弾力がある。
律動の傍ら、股の裂け目の手前にある、皮膚に埋もれたしこりを指で探られた時、つねられたり千切られたりするような、でも不思議と痛みを伴わない刺激が爆ぜた。
「そ、れ……こわい、ですっ」
「慣れれば気持ち良さがわかりますよ」
「や、やですっ、ひゃぁっ!」
内股になりたいのに安室さんの腰がつっかえ棒になってなれない。傘のように段差を持った先端に、中の肉壁を引っ掻かれながら、隆起した皮下の核をくすぐり回されて、腰が畳から遊離する。腰と畳との隙間に安室さんの逞しい腕が滑り込んできて、腰の浮いた格好を固定するように掴まれた。
ずっと硬い畳で辱められたおかげで背中が痛い。壺から滲んだ蜜が尻の双丘を伝い、畳を湿らせている。繋がった箇所を通して総身に揺さぶりをかけられると、ずりずりと肩や肩甲骨が畳の目にすれてひりひりとした。
「や……ひう、やぁ……っ。もう、できない……」
苦痛を訴えない躰が怖かった。魂から躰が剥離していくみたい。あらゆることが悲しくてめそめそと泣きじゃくっていると、衣擦れの音が頭の横で聞こえた。
女性よりも低い位置の帯の下で着物の前を左右にわけた景光さんが、ほろり、とこの短時間で目が腐る程見せつけられた雄の根をまたひとつ晒す。顔を背けるけれど彼に握られっぱなしだった手をそのままそこに運ばれた。
「こっちもざらざらだろ」
脈打つ其れを握らされると、手のひらがその表面に粒上の突起を認める。怖くて景光さんに視線を遣れずにいると、彼は構わず私の手を粘膜に滑らせ始めた。戦慄きながらも握る指の中指と親指が離れ離れにされるほど太い。
「雌に排卵してもらうために棘があるんだ」
「僕のが終わったら、入れてもらったら良いですよ」
安室さんが私を内側から押し上げるたび、手に力が籠もって景光さんの熱を握りしめそうになる。安室さんと繋いでいる方の手だけを力ませるなんて器用な真似は出来なくて、びく、びく、と痙攣する指が内向きに強張ると、景光さんが切なそうに息を詰まらせた。
ひとつの生き物として肌を溶け合わせるように安室さんが私の空洞を埋める。その先端は恐らく最奥なのであろう深くに吸い付き、自分の形状を教えるように押し上げる。先端の垂らす涎と私の蜜を混ぜ、塗りたくるように、ぐ……、ぐ……、と。
追い返したくて仕方がないはずの安室さんの昂りに対して、私の胎は心情とは裏腹に獅噛みつくように絡んだ。内側がうねるせいで刺激を受ける箇所が変動し、まごついて、わけもわからずつま先を丸めた脚を震わせる。
「いっちゃいました?」
安室さんが髪色と同じ毛並みの狐の耳をを揺らしながら問うてくる。ふわふわの毛並みに手を伸ばすと、中が擦れて駄目になった。
「ひ、あ……」
「ぼうっとしちゃってるな……これはいったんじゃないか? なまえちゃん、今の感じ、覚えておいてね」
言いながら、景光さんが私の頭を撫でてくれる。彼らが自分を犯している雄だということも忘れて、その手に頬を擦り寄って甘えてしまった。かわいい、と重なる二人の声がくすぐったい。
「今のところ……子宮の入り口ですよ。子狐を生むところです。気持ちいいでしょう……。そのうち術で酔わせなくても感じられるようにしてあげますからね」
「んっ、あ……ふぁ、う……っ」
ぐりぐりと圧迫されているところに子宮という名称が与えられる。
――こんな、人に触らせられるところにあったんだ。
私は今日まで自分の体について何も知らずに生きてきたのだと無知の知を自覚する。
とつ、と強かに奥を叩かれた刹那、腰を止めた安室さんが幽かに項垂れて、ぎゅっと私の手を握る。人間とは作りの違う瞳孔はきつく閉じられた瞼の向こうに隠れ、私の視線を通さない。こちらに覆い被さるように倒れ込んできた彼の身体に押し潰されながら、私はまたあの登り詰めるような、襲い来るような体験を強いられる。低く喘いで身震いした彼もまた、きっと果てていた。
「ひゃ、あっ……あ、ぁっ……」
腹の奥に熱いものが注がれていく。体温を宿した液が内壁を滴る微々たる刺激にすら私は息を途切れさせた。どくん、どくん、と複数回に分けて、脈打つ速度で吐き出された精が、安室さんに子宮と教わった場所のすぐ近くで広がっていく。もう射精を促進するための刺激を与える必要もないのに、ぐり、と押し当てられる芯は、私の子宮に子種を植え付けようと必死になっているからなのかもしれない。
「あむろさ……っ、そんな、しちゃ、やです……」
「でもたくさん塗り込んで置かないと。それにもう一度出さないと抜けませんよ」
「う、え……? もういちどって……」
ほら、と安室さんによって腰が持ち上げられ、肉と肉が縫い合わさっているところを見せられた。すっぽり私の中に収まっている彼の杭は、やはり奥よりも浅くを埋めているところの方が大きいみたいで、それが傘のようにひっかかってしまっている。狐は一度雌雄で性器を結ぶと行為を終えるまでが長いとは聞くが、化けて知性を得ても生殖にまつわる生態はそうそう覆らないらしい。
そのとき、掌にざりざりと高い体温を押し付けられて、自分がまだ景光さんに手で尽くさせられている事を思い出した。
「はっ、ん……。なまえちゃんの手、本当にちっちゃいな。ここに出したら全部零しちゃいそう……」
「だ、出す……?」
子種は膣に注ぐものじゃないのか。彼が子供を作る目的もなく、私の手を使って無駄撃ちしようとしているのは何故なのだろう。
握らされている手を目に入れたくなくて顔を背けていたのに、頭をごろりと転がされて景光さんの方を向かせられた。顎を掬われ、指先で唇を開かされると、そこに目にしたくなかった陰茎を寄せられる。
「飲んでくれる?」
何を。精液を? 脳を硬直させた私を従順と解釈したのか、景光さんは亀頭を軽く咥えさせ、小さな棘の生えた幹に私の手を滑らせる。
「ゼロ、ちょっと休んでろよ」
「そうする。友達が噛まれて去勢されちゃ堪らないからな」
突き上げられた私が食い千切らないように、安室さんが律動を謹んだ。
「は、きもちっ。俺の食べてるの、かわいいな……」
「ひお、ひふは……ひゃら……、――ぅぁっ」
乳を絞るようにぎゅうっと手で棘のある幹をきつめに擦り上げさせられた刹那、芯の全体が震えを帯びる。とくとく、と急須からお茶を注ぐように舌の上に精液が垂らされ、汗を苦々しく生臭くしたような味が口腔を支配した。胃に入れたくなくて、喉を狭めて流れをせき止めるけれど、唾液と精液はみるみる溜まって行くので、畳の上だというのに溺死してしまいそうだ。
精を吐き切った景光さんはそろりとそれを私の唇の間から外してくれるけれど、顎に触れる手はそこを固定したままだ。半開きの口の中に溜まる自身の精を覗き込み、彼はうっとりと目を細める。
「牛乳みたい。零しちゃ駄目だよ、ごくんってして」
「ん、んんっ……!」
嫌だと抵抗していると、ふうっ、と景光さんが耳に息を吹きかけてきた。驚いた拍子にごく、と喉がなり、気づけば舌の上が空っぽになっている。こんなのってない、自分があまりに惨めでならない。
「上手だね。時期に俺の力も馴染んでくるよ」
喉に纏わりつく粘りのある精子を洗い流すために、頬の裏に唾液を溜めて、それを自分で飲み下す。そうしていると、不意にまたお腹が苦しくなった気がした。視線をあげれば相変わらず繋がったままの安室さんが縦長の瞳孔を不穏にぎらつかせていた。
細い獣の瞳孔をしている二人だけれど、化け狐の安室さんの瞳孔は大きさを常にほぼ一定に保つのに対し、化け猫の景光さんは興味を惹かれたり驚いたり興奮を示したりすると、満ち欠けする月の如く瞳孔を丸く膨らませる。
「あれ、この子が俺に口淫させられてるの見て興奮しちゃった? 助平だし」
「悪いか?」
からかうように言った景光さんに、安室さんが開き直って切り返す。
「なんでもいいから早く済ませてくれ。いい加減俺もしたい」
「そう苛つくなよ、ヒロ」
「しょうがないだろ、おちんちんむずむずするんだ」
尻尾をばたばたとさせて畳を叩いている景光さんは、正しくへそを曲げた猫だった。
休息を止めにした安室さんがまた腰を廻し始める。ぬるり、と肉がぶつかって、頬を叩かれ続けているような音が木霊した。
横から私の胸を吸ったり揉んだりしていた景光さんは、ぴんと立てた尻尾の先を小刻みにぴくぴく、ぷるぷるとさせていた。私の腿の側面に横から昂りを押し付けたりしながら、恍惚に浮かされた表情で言う。
「ん、美味しい……酔いそう……」
「なまえさんの精気、美味いらしいですよ。……ヒロは見ているだけでも満足できるんじゃないですか」
「まさか。俺もまだそんなに枯れちゃいないってわかってるだろ?」
神秘というものに縁がなく、明るくない私が呆けていると、安室さんが補足してくれた。
「……猫又は人間の精気や月光を力の源にしているんですよ。僕達野干も似たようなものですが、僕は稲荷神に力を頂いていて、不足もしていないので、好んで栄養にしてきませんでした。人間の精力は命の危機に瀕しているときや、まぐわっているときに特に解放されますからね……こいつはそれに酔っているというわけです」
「ゼロに抱かれてる君の“気”も美味しいけど……早く自分でも味わいたいな」
安室さんが三度目を終えてもまだ続くのだと暗に示され、顔から熱が引いていく。
「んっ……。そろ、そろ……出ます……っ。催淫の術をより活性化させるまじないでも、はふ……、載せておきましょうか」
熱にとろけた垂れがちな瞳には、不似合いなほど鋭利な光が走っていた。安室さんの動きは交尾に耽る家畜みたいに激しさを増す。まさに野性の一心不乱だった。
伴って高められる私の躰は、また絶頂を垣間見ようとしている。心臓が肋骨や胸の肉を食い破ろうとしているかのように、胸を天井に向かって突き上げ、四肢がそれに伴って暴れ狂う。
「あぁっ! あ……、うぁっ」
「僕の最後の、受け止めてくださいね――」
また子宮に精を浴びる。自分の蜜と彼の精で泥海と化した膣がまた水嵩を増した。が、肉の栓を抜かれるとそのうちの幾らかをはたはたと外に零す。すでに汗と愛液で染みを作っていた畳を、白い濁りが色を付けて汚していった。
「初めてなのに三回もされちゃったね」
景光さんのあけすけな言葉に不埒な現実を直視せざるを得ない。
彼は交代だと言って私の肩をひっくり返し、うつ伏せに寝かせた。
「嗚呼……畳の痕、ついちゃってるな……。だから人間は布団でするのか。次からは敷こうね」
畳の目の模様を写して赤らんでいるであろう肩はひりひりとしている。髪を首の横から前へと流し、うなじを曝け出させた景光さんはその手でひりつく肩や肩甲骨を撫でてくれた。全部彼らのせいなのに、欲と術に惑わされている全身は、そうやって労られると胸をときめかせた。
腰が反って曲線的になるほど臀部を高くあげさせられると、また溢れ出る蜜と精が畳を打った。滴るそれらに濡れた尻たぶを割って、景光さんが背後から入り込んでくる――。
「え、あっ、あっ……!? なに、これぇっ……。ちくちくして……っ、ひ、やぁっ!」
手で確かめさせられたあの陰茎の棘が、膣を犯すことでここまで猛威を振るうだなんて夢にも思わなかった。景光さんの性器の表面についた棘がまるで排卵を促すように私の胎をせっついてくる。引き抜かれ、差し戻されるという、単調な動きでも、棘が肉壁に爪を立てて私を狂わせた。白んだ頭を絶え間ない快楽が染め上げる。
「やっ! やだぁ。ん、は……っ、あぁっ。だめっ、とってっ……。ひ、う……やぁ〜!」
「悔しいなぁ。ヒロのだとそんなにすぐいかされてしまうなんて」
――そうだ。いっちゃってるんだ、私。
恨めしそうな安室さんの声色が頭に自覚を降らせる。
「逃げないの。棘々、気持ちいいんだろ」
膝を立てて脱兎のごとく逃げ出そうとした私の腰を景光さんはぐわしと掴み上げ、ずりずりと畳の上を引きずって連れ戻す。自分から推し進めるのではなく私の腰を引っぱり込む事で深まった挿入。とちゅん、と一気に奥までそれが迫ってきて、側面の壁は棘が意地悪く引っ掻いて、頭を掻き毟りたくなった。
無意識にか、景光さんは私のお腹に尻尾を回して絡ませてくる。人に知らん顔をしながらも、結局は寂しがりやな猫みたい。
私は腕だけで這いつくばって逃げを企てるけれど、膝立ちになった景光さんの高さに合わせて腰を高く抱え上げられているため、膝すら床に触れておらず、脛の表面がぷらぷらと掠めるだけの宙ぶらりんだ。えげつない股下の差でそうされてしまって、彼の主導で腰を振られる。
動きそのものは三度目の時の安室さんほど激しくはないのに、棘による追撃が気を狂わせてやまなかった。骨の髄まで裸にされる、愚かにされる。そんな感覚。
「も、これ、したくないっ。やだぁ……」
ぐずっていると膝を床に下ろしてもらえた。上肢を私の背中に這わせた景光さんの重みに立膝も保てなくなり、べしょりと床にへばる。するとそのままうつ伏せで床に押し付けられるので、汗と雄の香りと熱い肌によって、イグサの香りのする畳との間に挟まれ、潰されそうだ。彼が動く度に乳首が畳に擦れて痛かった。しゅるしゅると二本の尻尾が内股を絡め取り、くすぐり回す。
「ん、好きだよ。好き。なまえちゃん。ずっとこうしたかった……」
「は、う……! 痛ぁっ」
高まる興奮が狩猟本能と綯い交ぜになるのか、景光さんは頻繁に私の首筋を噛んだ。逃げ場がないから牙を拒めない。畳の痕どころか噛み跡まみれにされていく首と肩に重ねて這わされる猫舌は、唾液の分泌量が少ないためにそれだけでも痛かった。けれども痛くされればされた数だけ胎が浅ましくときめいて狭まり、景光さんの刺々しい陰茎をより鮮明に感じてしまう。私はまたひとつ、快楽の深淵へと堕落させられる。
櫛で頭皮を揉むように棘で肉壁を構われながら、先端で子宮を弄ばれると、脳髄にまで響く快で心ごと焼かれた。景光さんもまた似たような状態らしく、気を遣ってしまった私の背中をがしりと捕まえると、びゅう、と先から欲望を迸らせる。まるで私という人間の所有者は自分だと誇示するように、それは子宮に色を付けた。
「ん、出た……」
すぽんと陰茎を抜かれて胸をなでおろしたのも束の間、私の躰を横向きにした景光さんは、片足を真上にあげさせて股を開かせると、そこに鼻先を埋めてきた。
「な、なにして……っ」
「ん? 舐めて綺麗にしてあげようと思って」
「い、嫌……、駄目です、そんなとこっ……」
「そう? じゃあこのままもう一回しよっか」
何がじゃあなのかと思ったが、垂直に持ち上げさせた私の膝を折らせ、自身の肩にかけさせた景光さんは、未だに硬度を保ったままの芯をそこに宛がう。横にねじれた躰で彼を仰ぎながら、私は天井高く抱え上げられた自分のつま先を視線で舐めた。もう腰を進められても、慣れ親しんでしまった質量は容易く其処に飲み込まれた。もはや裂けるのではという懸念すら抱かなくて良い。
脇から唇を重ねてくる安室さんに舌を差し込まれ、彼の体温の高さを教わる。潤んだ舌同士が密着し、嗚呼やはり安室さんのほうが涎に富んでいて、こすり合わせても痛くないと再認識した。さらりとしたしつこさのない唾液を唇伝いに渡され、それを飲み込む。つるりと喉を撫でる安室さんの唾液は無味のはずなのにどこか甘い――これもきっと妖気という奴を孕んでいるせいに違いない。快晴にちりちりと細く走る稲光のような興奮が、ぞくり、と背筋を這い上がる。
肉の芯でぬかるみを乱すはしたない音を紛らわせてくれていた雨は、いつの間にか穏やかなものになっていた。


それから数え切れないくらいの数、交わって。熱の交換に夢中にさせられている間に、雨脚の遠のいた空には夜の帳がくだり、天のてっぺんには白百合色の月がさやけさを湛えていた。
咲き乱れる彼岸花を超えてやってきたこのお屋敷は、彼らに隠れ里や隠り世と称されただけあり、私達以外の人の気配は無である。
最後の交尾から解放されたあとに強いてもらった布団に寝転び、恥ずかしげもなく開け放された障子から、夜に沈む縁側や庭を呆然と眺めていた。上等な布団の上では眠れもせず、痛む腰に障らないうつ伏せの格好で横たわる以外に能がない。
そんな私を愛おしそうに撫でていた景光さんが、不意に私を抱き起こす。布団の上にぺたりと座らされると、私の裸の全容が月明かりの前に暴かれた。座しているだけでも辛いくらいなのだから、隠す余力もない。
「おいで」
景光さんは私を自身の膝の上に招き、背筋を崩しただらしのない格好でしなだれさせてくれた。
景光さんに後ろから抱えられる私の前に安室さんが正座する。二人共身なりをすっかり整えた上に背筋もしゃんと伸ばしていて、裸の私だけが不格好だった。
「丑三つ時ですね。妖魔たちが騒ぐ頃です」
安室さんは尻尾を九つにも分けた長寿の野干なだけあって、時刻を古風に数えた。一時、二時、という洋式の時間の数え方しか習ったことのない私には、それは却って新しい響きに感じられた。
月映えする稲穂色の尻尾をゆうるりとしならせ、安室さんは彼岸花色の銚子と、大中小と大きさのそれぞれ異なる三つの盃を畳の上に置く。三段に重ねられていた盃のうち、一番上の小さな物を褐色の手が取り、銚子を三度傾けた。三度目にしてようやっと盃に注がれた中身は、滑らかだが白濁としていた。出されるだけ出された二人の精みたいだと不謹慎な発想が胸に浮上する。
「神酒ですよ」
私の視線に答えるように安室さんが微笑む。言ったあと、彼は神酒だという酒を注いだ小さな盃に三度口づけ、やはり最後の一口ですべてを飲み干した。そしてまた同じ盃に銚子を三度方向け、三度目で注いで、それを私に手渡してくる。背後から伸びて私を追い越した景光さんの手が代わりにそれを受け取り、私の口元までそっと運んだ。
「ああするんだ。見てただろ? 三回に分けて飲むんだよ。一度目と二度目は少し口をつけるだけ……、三度目で飲み干す……。やってごらん」
「え、それって婚儀の……」
「三々九度……三献の儀とも言います。陰陽説では奇数が縁起が良いとされていることから、三度で酒をつぎ、三度で飲み干し、そしてそれを三つの盃で三周ずつ行う儀式で……酒を飲む回数が合計で九度となることから、三々九度と名付けられたのだとか」
やはり、神前式の結婚式に組み込まれた儀式の一つを真似ていたのだ。今も昔も武家や皇族、華族などの限られた華やかな暮らしをしている人にしか縁がない。婚約者の命が死者の行列に連れ攫われなければ、私も白無垢を纏ってこれを執り行っていたはずなのに……。
「ど、どうして」
「娶るんですから、当たり前でしょう?」
「といっても今日のは簡易的なものだ。明日きちんと稲荷神の御前で誓おうね」
そんなの困る。勝手に決められても困るのに。
ほら、と景光さんが催促するように盃を唇に触れさるので、私はそれを両手で受け取り、言われるがままに二度口を寄せた。そして三度目で、口慣れぬ酒を一息に喉へと流し込む。
先に安室さんと私が使った盃で、今度は景光さんが三度に分けて神酒を口に孕んだ。本来の三々九度の礼法といえば、一の盃を新郎、新婦、また新郎の順で煽り、二の盃をその逆の新婦、新郎、新婦の順に煽る。最後に三の盃を位置と同じ順で煽るはずなのだけれど、まさか安室さんも景光さんも二人共新郎の座を譲る気はないという事か。
「さ、三人で結婚するんですか?」
聞くべきところはもっと他にあっただろうについ尋ねてしまう。すると二つ目の中くらいの盃に酒を注いでいた安室さんの代わりに、景光さんが答えた。
「雌猫は交尾の直後に別な雄とまぐわることも、父親の違う子供を同時に孕む事もあるからね。俺は気にしないよ。ゼロも多分そうなんじゃないかな」
「悪いが狐は一夫一妻制だ。僕にとってヒロが例外ってだけ。他の雄だったらなんて思うとぞっとするよ。……なまえさん、また同じ作法で飲んでください」
「は、はい」
盃が一回り大きくなっただけあり、中を満たす酒の量も当然増えていた。今度は私、安室さん、景光さん、私、という順に盃が回され、そして一番大きな三の盃に移っていく。
「なまえちゃん熱くなってきた……。酔っちゃった?」
背後から私を抱いている景光さんに温度の変動は秘匿できない。徐々に熱を発露させていく一糸まとわぬ肌を掌で撫でられて、酩酊とその仕草の相乗でさらに体温は増していく。
景光さん、私、安室さんの順番に巡らされた三の盃は一際大きく、量も一段と多い。飲み干すために顎を浮かせると目眩が押し寄せてきて、全部放棄して諦めてしまいたくなった。
「ん……、っ……」
「頑張って。もう少しだよ」
口の端から零した神酒を景光さんの手が拾う。二匹の妖獣の監視の目がすぐそこにあることを思い出して、随分無理をして嚥下した。はぁ、はぁ、と少しずつしか動かない肺を何度も膨らませ、喉まで熱くなった躰に夜の空気を通す。
「偉いですね、ちゃんと飲めたじゃないですか」
そう言った安室さんは、私があれだけ苦労した量の酒をあっさりと平らげてしまうのだから驚いた。
それからまた狐と猫に代わる代わる口を吸われ、同じ酒の味のする唇を確かめ合うように口付けられる。敷布団の上に組み敷かれ、暫くの間安室さんと舌を絡めていると景光さんの方を向かせられて舌を差し込まれる。そしてまた時間が立つと安室さんに顎を掬われて、その繰り返し。
「ふ、ぁ……あつい……くらくら、します……」
「お酒は苦手?」
「いつも、こんなには……んっ、ぁ」
飲めないし、飲まないし、それならば酔えない。
尋ねておきながら答えの途中で舌を吸い上げる景光さん。
安室さんが耳殻の凹凸に尖らせた舌先でなぞっていく。次第に其の舌は付け根の方へと近づき、するりと当然のごとく耳の穴の中に滑り込んできた。ひゃう、と喉が爪弾いた悲鳴は景光さんの舌にもがれて飲み干される。
両胸をばらついた手つきで揉みしだかれたので視線を下げると、左右を褐色の掌と白い掌のそれぞれに掴まれていた。二つの丘を二人で分かち合われているせいで、責め方には差異がある。耳を舐める安室さんに先端を指で遊ばれ、口を吸う景光さんに乳房全体をそうっと揉まれ、布団の上で両脇から快楽の板挟みにされた。
ふれあいに最初の頃のかわいがるような面影はない。きっとまた同じ事を始めるのだろう、と貪られたことで鍛えられた勘が働く。
拭いて貰ったはずの私の躰は再び汗ばみ初めていた。歓喜に汗をかいているみたいで、女という生き物に作り変えられてしまったみたいだ。夜明けが怖い。太陽に顔向けが出来ない。
「人間はか弱くてすぐに死んでしまいますから……僕達の妖力を少しずつ注いで、躰を強くしていきましょう」
なんとなく安室さんの言葉には察するところがあった。何度も彼らに抱かれた私は、一晩のうちに人間としての道を踏み外している。少しずつ枠を外れ始めている。昼間、川に転げ落ちた際に捻った足はもう腫れも引いて、包帯の下の腿の切り傷はどれだけ鼓動が早まってもじくじくと脈打たない。それを外して完治を確かめる事が怖い。
「だってこれから何百年も、何千年も、一緒に暮らすんですから」
もしもこの上質な布団に慣れたら、今は恋しい家の布団の寝心地も、思い出さなくなるのだろうか。


2023/09/05

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