短編

ミルクに沈めたらそれでおしまい


※R-18


三日月みたいなにたにたの口は、はなから企みを隠そうとはしていない。
輝く豪奢なシャンデリアに見下ろされる或るホテルのパーティ会場にて、私はターゲットの男性の胡散臭い出来損ないの笑顔になるたけ無垢に応じる。手元のワイングラスに、すでに彼が何らかの薬品を混入させていることは、香りや色彩の幽かな変化からも明々白々で――そもそもがこれ見よがしにグラスを置き去りに場を離れ、敢えて作った隙だった――けれども無知な少女のような振る舞いを決して着崩すことなく、グラスのリムに唇を落とす。
渋みのある葡萄酒を口腔でころりと転がし、喉の奥へと招き入れた。食道へ続く道を滑り落ちていく酒に合わせ、こくり、と上下する私の喉を見届けると、ターゲットはわかりやすく笑みを深める。
睡眠薬か、或いは媚薬の類だろう、ときらやかな会場を尻目に脳裏で憶測を編んでいく。少なからず薬物への耐性を備えた自分ならそれほど害はないはずだと結論づけた。
そのとき。

「なまえさん、さっき僕のグラスと取り違えていましたよ」

ふっ、と横から差した影が流麗な手つきで私の指の狭間からグラスのステムを奪い去った。
共に会場内に潜り込んでいたバーボンだ。――いや、私の仕事は彼の潜入の補助に過ぎないのだが。
端正な貌に甘やかなテノールの声。賑やかなほどまばゆい照明に濡れて淡く煌めくシャンパンブロンドの髪は、首を傾げるような動作に合わせてさらりと崩れる。
「あなたのはこちらでしょう」と奪われたグラスの代わりに彼の持っていたグラスを握らせられるまでの、その鮮やかさといったら。
彼は瞳孔に蜂蜜を溶かしたような甘やかな視線をこちらに注いで、金の鬢を耳の裏にかける。

「もう、うっかりしているんですから……」

ごめんなさい、と口の中で呟く私を横に転がした碧眼で捉えつつ、バーボンは一息にそのグラスの中身を飲み干してしまった。
葡萄酒に薬品が溶けているとこちらが気づいていることを向こうに気取られてはいけない以上、無論、表情には出さなかったものの、景気良くグラスを空にしたバーボンに不安が浮き上がる。一口しか口にしていない私ならまだしも、ほとんど一杯分飲み干してしまったとあれば体調に無影響とはいくまい。

――ていうか、私にハニートラップさせるつもりで連れてきたんじゃないの。こんな邪魔みたいなことしていいの、降谷さん。

彼の策をお釈迦にしようとしているのはほかでもない彼である。
薬に任せてターゲットの部屋に転がり込む三段ではなかったのか。そのために同行者として呼ばれたのだと思っていたし、そのつもりで臨んだつもりだった。

これから誘惑しなければならない相手に連れの異性の存在が露呈し、私は焦り、ターゲットは露骨に眉を顰めた。
バーボンがパーティの参加者であろう見知らぬ女性に声をかけられて席を外すと、ターゲットはそれに気を良くして私との距離をぐっと縮めてくる。単純な。
腰を抱くことを許してやり、乙女のように頬を染めながら男の胸にしなだれかかってやる。恋人以外の人間に触れられる気分の悪さも、撫であげられて粟立つ肌も、アルコールと愛想笑いで胸の裡から押しやって。こてりと赤らんだ頬を預けてた男のたるんだ胸板に、ああ、だらしないなあ、降谷さんは引き締まってるのに、いじらしい乙女みたいな顔に徹する裏でそんなことを考える。

「――ああ! す、すみません! うっかり手が滑りまして……。大丈夫ですか?」

その声がバーボンの喉から爪弾かれたものだと理解するまでに、一拍の間を要した。耳殻を振るわせるテノールは、凛々しく私たちを従える降谷零の声とも、この世の愛想という愛想で染め上げたような人のいい安室透の声とも、無論悪に徹する探り屋バーボンの声とも違う、柔弱で頼りない、そこらの垢抜けない若者みたいな声。
部下として恋人として飼い犬として時間を共有して、彼のあらゆる貌を網羅しているつもりになっていたけれど、ここにきて新たな引き出しを見せつけられて驚かされる。同時に、どきり、とも。私は場違いにもときめいていたのだ。

からん、と硝子が床を打つ音がして、視線を音の鳴った方へと下げてみると、ピンヒールのつま先に転げたグラスがぶつかった。
そしてすぐに私はバーボンが頼りない若者を装って謝罪をぶつけてきた意味を知る。落ちたグラスは周囲の床に中身を撒いてしまっていて、今日のためにベルモットが誂えてくれたドレスの裾にも飛び散り、染みになっていたのだ。

「お怪我はありませんか?」安室のように柔らかく、別人のように柔弱な声色で問いかけ、視線を結んでくるバーボン。
「だ、大丈夫です。お気遣いなく」
「しかし……すぐに処置をしなければ染みになります……。クリーニング代もこちらで負担します。ああそれと、僕の部屋に一式道具はありますから、応急処置だけでもさせて頂けませんか」

バーボンは自然な流れでこの場から私を連れ出す呪文を唇に乗せた。
映画のスクリーンの中の男女が連れ立つシーンのような、典型的な展開。一連の言動を引き上げの合図と受け取り、「喜んで」とにこやかに返した。
話の合った男女がいそいそとパーティを抜け出すが如き足取りでシャンデリアに見降ろされた会場を抜けると、バーボンは蛇のようにしなやかに私の腰に腕を回し、ぐい、と抱き寄せる。

「ご、強引……」

連れ出し方にしても、抱き寄せる力加減にしても。
何をするにも無駄がなく、細やかなバーボンにしては珍しいやり口を少し揶揄する心算で、頭一つ分高い位置にある碧眼を仰いだ。それにバーボンは意地悪な笑顔で答える。

「とっくに終わっていたくせに何を。不必要に僕を待たせるから迎えに行ったまでですよ」

ターゲットが会話を終わらせてくれず、撤収に手間取っていたのも事実。見透かされ、助け舟を出されたというわけか。
あの男の懐からくすねたものを黒いレースの手袋の裏から取り出して、バーボンに差し出すけれど、褐色の肌に映える白い手袋に包まれた手にやんわりと押し戻された。

「それはあなたの手柄ということで……。そろそろ君にもそれなりのポストに就いて貰いたい」

科白の後ろ半分は恐らく公安の上司としての言葉だろう。コードネームも持たない私は、彼の手伝いとして動き回っていたところで印象にも残らないし、マークもされていない分彼とはまた違った役回りを引き受けられる。バーボンのお気に入りの女、ということで組織内でも通っているから、不自然に密な関係性を指摘されることは少ないし、仮に嗅ぎ回られても“抱き心地”が良い、などと朝晩を問わずそばに置かれていることを仄めかし、誤魔化せば終わること。
しかし幹部級の人間だけが集められるような仕事にバーボンが駆り出されたとき、私の同行が難しいというのが難点でもあった。一度ジンにコードネームも持たない足手まといは置いてこいと人睨みで押し返されたこともある。

ポゥン、と柔らかなサウンドともにエレベーターが到着する。
腰を抱かれて半身を寄り添わせたまま乗り込んで、扉が閉まって密室となると、バーボンが私の髪に鼻先を埋めた。肩が跳ねたことは密着している肌からきっともうばれている。音楽も喧騒もない狭い密室に、肋骨を突き破りそうなくらいの自分の動悸と、バーボンの息遣いが色を付けていた。
はぁ、と彼が零したため息が、沈黙の中では大袈裟に響く。暑い吐息が首筋を滑って、胸が苦しくなった。匂い、絶対嗅がれてる。どうしよう。
私達を乗せたこの箱が上へ上へと上がるに伴って、数字の切り替わっていくモニターを必死に睨んだ。そうして気を紛らわせていないとどうにかなりそうで。
バーボンが微かに背筋を丸めて、私の剥き出しの首筋に顔を寄せる。シャンパンみたいな淡い金の髪が頬や肩口をくすぐって、喉から声が漏れそうになった。熱を持っている指先を唇に寄せて、零れそうになる息や声を封じる。「だめですよ」とほとんど吐息と変わらない掠れた声で囁いた彼が、小鳥のように首に口づけると、首飾りのチェーンが少しだけかちゃりと鳴った。チェーンをなぞるように褐色の指先が皮膚を這う。
アルコールが罅を入れた理性はそんなバーボンの悪戯を制止できずにいた。指で覆い隠した唇を、耐え忍ぶように引き結ぶ――と、ポン、というあの軽妙な音がエレベーターの到着を告げる。

私は慌ててバーボンから距離を取ると、そのまま駆け出すようにエレベーターをあとにした。
……そのはずが、背後からバーボンに手を握られて、手綱を手繰るように引き止められてしまう。その行為によって自分の主導権を握っていることはあくまでも彼だということを改めて知らしめられるようで、なんだか嫌にぞくぞくした。
バーボンは手袋を嵌めた手で私の手を掴んだまま大股で歩き出す。主人にリードを引かれる犬みたいに引きずられるのだけれど、こちらを慮る様子のない歩幅の彼についていくのはピンヒールでは骨が折れた。
安室名義で取っていた部屋に着くと、バーボンはどこか余裕のない乱雑さでカードキーを翳す。そして入るや否や私を閉じて間もないドアの裏に縫い止めた。

「バーボン……?」

様子がおかしい。エレベーターで密着していたときから彼の息遣いは荒かったけれど、色香を匂わせる吐息というよりも病的なそれへと変わっている呼吸の仕方に、不信感を帯びる。
私を縫い止めたドアに自身も腕をつき、背中を丸めて俯いているバーボン。色の濃い肌は標準的な黄色の肌をしている人間よりも僅かに顔色の変化がわかりにくいけれど、ベッドで息を乱しているバーボンと触れ合った回数は数知れずだ。顔色や表情の差異を察知するのは容易い。
おずおずと伸ばした手でそっと前髪をかきあげればやはり頬も額もほのかに赤く、触れれば熱を帯びているではないか。
猫に追い詰められた鼠のような格好なのに、私は呑気に彼を案じていた。

「なにか盛られた……? ううん、あの人、私のグラスになにか入れていたみたいだから、あのときバーボンが私の代わりに飲んだせい、だよね」

もちろん、私と離れていた間に相手をしていた女性による犯行、という線も考えられるけれど。
グラスの中身をぶち撒けてまで私を強引に連れ出した意図がようやくわかった。私を庇ったことで、彼のほうが限界だったのだ。

「薬品の混入には気づいていたみたいですね。“これ”としては及第点といったところでしょうか。でなければ僕の犬は務まりませんから……」

“これ”、という言葉に合わせて、バーボンは私の背後の扉をノックした。ノン・オフィシャル・カバー――NOC。
振動がドアに触れている後頭部から体に響く。

「どうして、私を庇ったりなんか……。あれくらい私が引き受けたのに……」
「気に病んでくれているんですか?」

苦しそうな息の隙間にバーボンは嫌に余裕めいた笑みで問う。誘導尋問だとわかっていたけれど、私はこくりと頷いた。ひとたび触れればそれだけで翅をもがれるとわかっていて、蜘蛛の巣にかかったのだ。

「なら、責任を取っていただきましょうか……」

そう言って、バーボンは私の耳朶に唇を寄せる。耳殻を刷く、菓子のように甘やかな囁きに閉じた睫毛を震わせた。

「ね、僕を助けて――……?」

返事は唇で返した。
ピンヒールが背を高くしてくれているので、背伸びはせずに顎を上向きにし、バーボンに口づける。すぐにバーボンは私の肩を抱いて、後頭部に手を這わせる。そうしてこちらの退路を絶ったうえで唇をやわく吸った。「くち、開けて」と唇同士が触れるか触れないかの距離で命じられ、その吐息に酔いしれながら言われるがままに応じる。
自分で口を開いておきながら平素以上に熱い舌で口腔に押し入られると幽かに怯んでしまって、か細いヒールによって支えられた心許ない踵で後退ろうとする。よろめきながら逃げようとして、でもすぐにばれてなおのことしっかりと後頭部を捕まえられ、先程の行いを嗜めるように舌を吸われる。裏顎を舐められるときもちがよくて、指と肩が痙攣した。舌で舌を絡め取られて、頬の裏で行われていることだからわからないけれど、なんだか蛇同士の後尾みたいだ。
なにかしなければと思って彼の脚の間に掌を這わせる。おっかなびっくりの不器用な手付きでも彼を驚かせるには足りたらしく、口腔を乱していた舌が一瞬その牙を収めた。

「……もしかしてあなたがしてくれるんですか?」
「あ、え……う、うん」

唇が離れるに伴って、唾液が糸の橋みたいに伸びる。それを手袋を嵌めたままの親指で拭いながら問う彼の色香にあてられて、私は二つ返事で了承してしまった。
立ったまま壁に凭れかかったバーボンの前で膝をつくと、スラックスのファスナーを軽く噛んで口で下ろした。「へえ?」とバーボンが眉をあげる。

「随分かわいいことしてくれますね。別行動が多かった時期に誰かに仕込まれでもしたのかな?」
「喜んでほしくて……」
「なんだ……安心しました。あなたは僕のものだと散々アピールしてきた甲斐がありましたね」

男性の下着には排泄のときに性器を取り出せるつくりになっているという認識だったので、ファスナーの隙間から手を差し込もうとする。が、バーボンによってやんわりと止められた。きょとんとしていると、「前開きのタイプじゃないので……」と少し照れたような声色で言われる。自分の無知を知った。
結局彼は自分でベルトを外して、性器を私の眼前に晒した。それは少しだけ芯を持ち始めており、緩やかに勃起して水平に首をもたげていた。
いくら日常的に体を重ねていても、こんなに視界が明瞭な中で直視したことのあるものではなかった。照明の落とされていない中で突きつけられると少しいたたまれなくて、視線を外したくなってしまう。恐怖心にも似たものに突き動かされて睫毛を伏せると、叱るようにバーボンが顎を掬った。上を向け、とその所作が奏でている。

バーボンの顔を仰げば、怜悧な光を燈しているあの憧れの青い双眸はそこにはなく。開ききった瞳孔で爛々と欲望を光らせる獣の眼が私を真っ直ぐに刺し穿っていた。
早くしろ、とでも言いたげに顎に添えられた手がそこを撫でる。
自分の中の雌の部分が疼く。獣が首をもたげる。
露出した雄と性の象徴に鼻先を寄せると、汗と性の入り混じった言い知れぬ香りが鼻孔を抜けていく。嗅ぐ機会のない匂いに尻込みをしつつ、じりじりと後頭部が焦げて穴が空くほどに注がれている催促の視線に屈して――作法には疎いので、ひとまず先端に口づけてみた。拙いキスのあと、指示を仰ぐべくバーボンを仰ぎ見る。

「……っ、手を根本に添えて、握って……あとは、先っぽ、舐められますか?」

私は従順に熱いそれの先端に唇を寄せ、幹を手で包み込んだ。先端からくびれにかけて口腔に招いて、歯を立てないように気を配りながら、ちろちろと舌を這わせる。性器といえば繊細な器官のはずだと思い、添えた手の方も極めて慎重に愛撫をした。

「もっと強く、できます……?」

言われて、戸惑う。戦々恐々握る手を強めてみると、彼は息を跳ねさせた。それに気を良くして舌の方も動かしてみる。彼がいつもしてくれるキスを真似て、くすぐったり、吸ってみたり。
両手を使って軽く握っていたのだけれど、片方の手だけを解かれて、睾丸にふれるよう導かれる。潰したり破裂させたりしてしまうんじゃないかと思うと怖かった。けれど、言われるまま揉んでみるとやらせるだけあって彼は心地よいらしい。
バーボンの注文に合わせて手や舌を動かしていると、私の努力に応えるようにそれはどんどんと芯を持ち、立ち上がり始めた。

口を使っている間は飲み込めないせいで分泌された唾液が行き場を失って、口の中が氾濫したようになる。本来ならすでに飲み下しているはずのそれらが舌の裏に溜まっていくから、喉のほうは却って渇くのが、妙だった。
口の端から溢れて伝う唾液をバーボンの指が拭ってくれる。その優しさ以上に、彼がまだ手袋をしていることにどきどきした。
視線で鼓動が伝わったらいいのに。そう思いながら見上げると、今度は汗で額に張り付いた前髪を指で避けてくれた。もみあげを耳の裏にかけてもらうと、それだけで耳を愛撫されたみたいにくすぐったい。

「裏筋、って、わかります……? そこ、舐めて」

すでに天井を向いて屹立している性器の裏を重点的に攻めてみる。筋、というだけあって確かにぬいぐるみの縫い目のような線が走っていた。
ずっと床についていた膝の痛みを今更ながら知覚して、嗚呼、こんなところでなにやってるんだろう、なんてやはり今更だけれど思案する。目と鼻の先にあるベッドが虚しく私の瞳を撫でる。使わないまま終わるのかな、なんて思った矢先。

「なにっ、余所見、してるんっ、ですか……っ? 随分、余裕そうじゃ……ないですかっ!」
「……っ! ぐ、う……!」

私が視線を移ろわせていたことに気分を害してしまったらしいバーボンが、喉の奥まで性器を押し込めてきた。瞬間的に息苦しさが増して、えずきそうになった。
苦しい。怖い、噛んじゃう。歯を立てそう。

「はぁっ、あなたには、やらせたことないから……気を使っていたのに……っ、どうやらそんな気遣い、不要だったみたいです、ねえっ!?」
「……――――!! ……〜〜〜〜っ!?」

呼吸するいとまさえ与えられず苦しくてたまらないのに、裏顎を性器が掠めるとそれだけで目眩がした。喉の奥が伸縮すると、それによって締め付けられたのか口腔を貫いているそれが少し肥大化する。飲み込んじゃいけないところまで差し込まれて、息が不自由で、でも勝手な律動が意識を現実に縫い付けるから気もやれない。

「もう、出そうだ……っ。抜きますよ……」

バーボンはうわごとのようにひとりごちる。同時に、ずる、と私の口に押し込んでいたそれを引き抜こうとするので、私は咄嗟に幹に手を添えてそれを阻止した。

「えっ、ちょっと――」

さすがの彼も目を白黒させて、探り屋の仮面の剥がれた素顔で当惑している。

「う……っ」

狼みたいに口の中で短く唸ったあと、バーボンは私の口腔で果てた。痙攣にも似た震えのあと、どろりとした液体が喉で爆ぜる。バーボンは宿敵に先を越されたとき以外にはあまり見せない、焦ったような慌てたような面持ちで、余韻を振り払うように性器を口から引き抜いた。
噛んでしまうのではと案じていた分、喉をせき止める肉がなくなってその実私は安堵していた。しかし胸中とは裏腹に激しく咳き込む。ぼたぼたと唾液と精液の混じり合った白濁が床を汚す。彼が出したもので、私が吐いたものだった。

「あ、く……あ、はぁっ、は……」

封じられていた呼吸を取り戻すように私は懸命に肺に酸素を送った。
粘性があり、舌や歯の隙間に絡みついてくる精は、仄かな青臭さがあるが、この男がどんな顔を演じていても食生活を含む生活習慣を崩すことがないためか、想像していたよりも味蕾を突き刺す味にえぐみは少ない。
バーボンのことだから得意げに柳眉をあげて「そんなに僕の精液が飲みたかったんですか? 自分からおねだりしておいて吐き出すなんて失礼にも程がありますよ」とかなんとか挑発的に見下ろしながら問うて来るものだと思っていたのに。彼が私にかけた言葉は意外なものだった。

「ほら、吐き出して」
「う、え……」
「あーん、ってして」
「え、あ、あーん……」

背中を擦る彼の手は、性器を口に押し込んできた人間と同一人物とは思えないくらい優しい。
幼子に言うことを聞かせるような甘ったれた口ぶりで命令されて、私は戸惑いながらも“あ”のかたちに唇を割り開く。彼は、私の顎を片手で掴んで上を向かせ、粗方咳と一緒に吐き出してしまったとはいえ未だ舌に絡みついている白濁をその妖しく光る碧眼に収めると、満足そうに瞳を細めた。
きゅう、と触れられてもいない足の間が疼く。嗚呼、自分ってどうしようもない。

「掻き出しますよ」

返事を待たずに歯の間から口の奥に忍び込んできた手は未だ手袋を嵌めたまま。純白の布を纏った指が、ぐちゅぐちゅと頬の裏や歯の上を這い回る。行為中の戯れの一環として指を咥えさせられるの折のエロティックな指使いでもなければ、無論さきほどの口淫とも違い、乱暴さも性の香りもない事務的な動きだった。

「精液の80%は水で、あとはたんぱく質やアミノ酸などですが……体液の一種である以上性感染症のリスクもあるんですよ。こんなことならゴムをつけたのに……あなたもごっくんがしたいなら最初から言ってくださいよ……。……いや、つけずにがっついた僕も僕か……」

バーボンは根本に汗を孕んだ金髪をさっとかき上げて、形状に恵まれた唇で笑みを描いた。彼は乱れていた呼吸をすでに手懐けており、何事もなかったかのように落ち着き払った声色で口火を切る。最も、顔の赤みは引いておらず、手もどことなく熱い。強靭な精神力で正気を握りしめているだけで、辛そうだ。
ぜえはあと肩で息をするのがやっとで、彼の蘊蓄は耳に入ってはいたものの噛み砕くことができない。ただ口の中を勝手気ままに蹂躙されるのが、それをしているのが指にしろ雄の象徴的なものにしろ彼の一部分だというだけで脳裏をざわつかせた。
口内を弄り回しているバーボンの指に舌を這わせるが、布の感触にまだ手袋を脱いでもくれていないことを思い出す。脱がせちゃだめかな、なんて考えながら深いキスをしているときのように舌を絡みつかせて、軽く歯を立ててみた。

「ふふ、物欲しそうな顔だ……。僕のを喉まで犯されてその気になってしまったのかな……。それとも、単にあの薬のせいでしょうか?」

続きをせがむつもりでバーボンを仰ぎ見たとき、降ってきたその言葉に疑問符が溢れる。

「だってあなたも一口飲んでいましたよね?」

――それが効いてきたのかも。
まるで秘密を告げるかのような潜められた声音で彼は言う。
私は犬みたいに床に座り込んだまま、心臓だけは一丁前に高鳴らせていた。

「あの下衆に恵んでもらったきっかけだというのは腹立たしいですが、このままではお互い辛いですし……僕もそろそろ限界なんです」

また布を隔てた手で私の頬を撫でたバーボンは、今度は少し眉を険しくさせた。眼光は手負いの狼のように鋭利で、落ち着いていたかに思われた息遣いはまた荒らげられ、なによりいちど精を吐いたにもかかわらずそれはまた屹立を取り戻している。
ベッドはすぐそこだが、玄関先で私に咥えることを許したくらいだ、そこまで歩を進めるだけでも今の彼には辛いのではなかろうか。

「あの、ここでしてもいいよ……?」
「そう言ってくれるのはありがたいんですけどね……今日は長くなるかもしれないので」

私を抱き上げる間際、宣戦布告にも等しいことをのたまうバーボンに背筋が冷えた。
どさり、とモノのような扱いでベッドに沈められるのは初めてだった。それはひとえに彼が誰を演じていたとしても根本的には一本の筋が通った人で、二人きりの室では丁重に扱ってくれていたから。
大きなクッションと質のいいマットレスによって抱きとめられたから痛みはなかったものの、首に衝撃を受けてくらりと刹那的な目眩が私を襲う。
余裕という名の装飾品を薬によって粉々に壊された今、この眼前の私を組み敷いている男の顔は初めて見る一面なのかもしれない。
なんて思っていたら、真上から乱暴に唇を奪われた。舌を差し出しつつそれに応じながら、先程立てた仮説がすでに立証されつつあることに内心で苦笑する。

「今日は、丁寧に、できそうにありません……。多少手荒になるかも……」
「ん、だい、じょうぶ。全部好きにして」

私達は、私達自身の汗の香りに加えて、顔も知らない女の香水の残り香とか、ワインやシャンパンとか、他者の気配のする香りをそこかしこに帯びていた。でもすっかり排水口に洗い流してしまう時間は惜しいし、服を脱いで畳む余力なんてもってのほか。ただ眼前のディナーにありつきたかった、できるだけ早く――。
舌同士でじゃれあうキスを交わしながら、苦しいだろうと思い、彼のループタイに指を引っ掛けて緩める。ついでに幾つかボタンを外して襟元も楽にしてやると、バーボンは重ねた唇の隙間から熱い息を零して、私の上肢にさらに乗り上げてきた。私の胸の上にタイの紐が乗っかって、たゆんでいるのが眼下に見える。そんなそよ風よりも取るに足らない些細なことが、炎を巻き上げる風のように興奮を煽った。

キスに一度終止符を打ち、バーボンは雄々しさすら香る動作で自身の濡れた唇を拭った。
そして口づける箇所を下へ下へと変えていく。首筋から始まり、鎖骨、エレガンスのかけらもない手付きでドレスを脱がせて肌をむき出しにさせ、続けざまに胸、臍……幾つものキスを落とし、気まぐれに吸って、私を暴いた痕跡を残す。踏み荒らした証として、月面に旗でも立てるみたいに。
ドレスに袖を通したまま、ブラのカップをずりあげられて、少し形を崩して露出した胸を触られる。

私は幾つも重ねられるキスに身を捩らせながらとうに潤んでいる足の間に指を添わせた。ショーツとストッキングの上から指の腹で恥丘の隙間をなぞると、潤滑剤のように働く愛液で布が滑ってするりと指で撫で付けることができてしまう。
キスの杜撰さからバーボンに前戯を楽しむ余裕がないことなど見て取れた。だからこちらで少しでも慣らしておかなければ、とショーツの中に手を潜らせて、自分で自分の茂みをかき分ける。丘の間を濡らしている液を指で掬い上げて、それを纏わせた指を一等濡れている窪みに差し込んだ。挿入した指が肉の壁を掠めて、肩が跳ねる。
悟られたのではないかなどと、秘密を懐に忍ばせた子供のようなばつの悪さを抱えたが、胸に顔を埋めるバーボンは私が胸への愛撫に感じ入っているとでも思っているのか特に追求してこない。悪いことをしているわけでもないのに、自慰同然の準備がばれていないことに安堵していた。
性器を繋げるばかりでなく、私に触れるのも楽しみのうちだと述べていた彼から肝心の楽しみを取り上げてしまうこと、そしてそれによって彼を怒らせるのが怖いからかもしれない。
挿入している指の数を一本増やした刹那。ついにバーボンの手が私のおてつきを咎めた。

「こら、何をしているんです?」
「ご、ごめんなさい。でも、すぐ入れたい、でしょ? 慣らしておいた方がいいのかなって」
「……正直、今は助かる、というのが本音です」

バーボンは情けないと自責でもするような言い草だった。
叱りつけるように私の手に重ねられていた手袋をはめた手が、腿の間に移ろっていく。ぴっ、とストッキングをつまみ上げた手が次に何をするかは容易に想像できた。

「もういいということですよね?」

ぎらぎら鈍く光る瞳。肌と同系統の色彩のストッキングはあえなく破かれる。ぴりぴりという微かな破損の音を奏でながら広げられる穴は、この行為のためだけにそうされたもの。それなりに値がするものだからあまりこういうことはしないでほしいけれど、あまり味わうことのできない強引さに旨を高鳴らせている自分もいる。
バーボンはストッキングの穴から手を入れるとショーツのクロッチを真横にずらして濡れた秘所を外気に晒した。湿った肌に空気が触れて温度差がこそばゆい。
指で肉癖をぐるりと一周するようにして濡れ方が充分であるかを確かめられる。手袋が邪魔をして彼の体温を直接感じられない分、異物感が強かった。

「はぁ……、このままいれたい。ここに、生で入れて、めちゃくちゃにしたい」
「え、あ……い、いい、よ……?」

ぐちゅ、と指で掻き回す傍ら、バーボンが半ば息吹くように呟く。いまだかつてこの怜悧な人がここまで露骨に本音を剥き出しにすることがあっただろうか。

「だめです、いいわけないでしょう」
「えー……」

二つ返事で了承した私を、ぴしゃり、と他ならぬバーボンが一刀両断する。

「カウパー腺液にも精子が混入することがあるんですよ。君を養えるくらいの甲斐性はあるが、どんな決断をしても結局負担を引き受けるのは君だ」

生真面目な言葉に降谷さんとしての性質を感じた。“なあなあはごめんだよ。君とはちゃんとしたい”、とはいつぞやの降谷さんの弁。
薬を理由にもつれている大人たちが説くにはいやに不似合いな正論は、密を垂らしたような場の空気に水を差しはしたけれど、それもそれで彼らしくて私はなんだか笑ってしまった。

「そんなに意志が弱くてあなた大丈夫なんですか? よくノックが務まりますね」
「う、あ、ごめんなさ……っ」

探り屋の顔を取り戻したバーボンが、厳しい口調で叱りつけつつ、私の胎の中に突っ込んだ指を刺激的に蠢かす。ややつよめに臍の裏を引っ掻かれてシーツから腰が浮き上がった。
刹那、とうとつに肉の壁が寂しくなったと思ったら、とうにバーボンが指を引き抜いていたらしい。おや、と彼のどこかわざとらしい声が降ってくる。

「嗚呼……なまえのここが、僕の手袋、食べちゃいました」

ぱ、と素手になった片手を見せつけながらバーボンは淡く笑う。
指よりもずっと存在感のないものがまだ其処に居残っていると思ったら、白い手袋の人差し指と中指が私の脚の狭間に刺さっているではないか。

「僕より手袋のほうが好きなのかな」
「そ、んなわけ、」
「ですよね。冗談です。さて……」

白いシャツを着込んだままの逞しい腕がベッドサイドへと伸びる。彼がひょいとつまみ上げたのは正方形の薄い袋だった。

「あなたがつけてください。この前教えてあげたでしょ? 僕の賢い飼い犬なら、それくらいの芸、できますよね」
「は、はい」

なんとなくかしこまった返事をして、こっくりをした。
中途半端に脱がされた衣類や下着が絡みついている上肢を起こし、バーボンと向かい合う形でマットレスに座す。手渡された避妊具の封を切るも、表裏がわからなくてくるくる、くるくる、ひっくり返したり、上下逆さまにしたり。見かねて伸びてきた褐色の手が正解を教えてくれて、そのまま彼の聳え立つものに導かれる。

「爪を立てないで。破けてしまいますからね……。そう、根本まで……。うまいじゃないですか。及第点です」

頬や髪を撫でられると嬉しさのあまり子犬さながらに自らすり寄った。そのまま腰を抱かれて、あぐらをかいたバーボンの膝上に乗るよう促される。「ま、まって、」とストップを掛け、ドレスと下着をすべからく脱いでしまおうと手をかけるも、再び横に寄せられたクロッチの隙間から性器で突き刺されて失敗に終わった。

「あっ!?」

対面座位の格好だ。
拒む理由もないのに反射的に逃げ腰になってしまい、バーボンの硬い胸板を押して腰を浮かせようとしてしまう。尻たぶを鷲掴みにされ、より深く繋げられた。ごめんなさい、と半開きの口から無意味な謝罪が漏れる。
逃げ道を封じられて腕の檻に囚われてしまえば、あとはもう自重に任せて深くまで彼を受け入れるばかりで。猟奇的な肉の芯でこじ開けられる感覚は、めりめりとそこを真っ二つに裂かれるかのよう。どちゅ、と真下から胎の奥を穿たれて、一瞬眼界が白んで、藁を掴む思いで縋ったのは、皮肉にも私の中を食い漁っているバーボンの肩だった。

「う、ぅ……っ、ぁっ……ふっ……!」

バーボンにしがみついている以上、耳元で声を上げてしまうということに気づいて、どっと恥じらいが込み上げてきた。取り急ぎ襟の緩められた彼の肩口に唇を埋めて抑え込む。艶のある金糸の髪が頬をくすぐって、シャワーもまだだから彼自身の薫りが強くって、たまらない気持ちになった。

「あれ? 声、聞かせてくれないんですか……っ?」

わざとらしくとぼけて笑んだ彼が言う。余裕ぶっているけれど、呼吸は跳ねているようだったし、顎からは汗の雫がぶらさがっていた。私は形の良いその顎から今にも滴りそうな汗を拭って、汗の光る額も手の甲で払う。

「うるさく、ない?」
「いいえ? ――むしろあなたが夢中になってくれているんだと思うと、興奮します」

かすれた声で耳元で囁かれて――きゅう、と彼のもので埋められているところが伸縮した。続けざまに「……っ、締まりましたね」なんて追い打ちのように言うものだから、目を瞑る。
言われてすぐにあけすけに喘ぎ始めるのは恥ずかしくて無理だったけれど、気を張って抑え込むのはやめた。

「すみませんっ、そろそろ……いいですか」

私の胎の中に埋まった彼が幽かに震える。私はこくこくと必死に頷きながら、バーボンの首の後ろに回した腕に力を込め、抱擁を強めた。
一瞬、彼の体が強張る。喉のずっと奥の方でちいさく呻いたバーボンは、私の背ををかき抱くように抱きすくめて、こちらの背筋が反り返るほどに自身の厚い胸板を押し当ててくる。彼の筋肉質な胸と、私の下着の支えをなくして重力に従順になっている胸の間に、彼のループタイのフェイクジュエリーが埋もれた。どちらかが身じろぎをする都度、それがぎゅうぎゅうと互いの胸の間で押し付け合わされる。ごろりとした石の硬さまでも気を高揚させる材料だ。
どく、という大きな鼓動にも似た衝撃の刹那、彼の欲が薄い膜の裏側で爆ぜた。種を子宮に撒かれたわけでもあるまいに、歓喜にうち震える私の胎はそれを欲しがる。ほしいほしいと手を伸ばすように、きゅんと蠢く。

「……っはあ……」

耳朶を焦がすバーボンの熱いため息が、私を現実へと呼び戻す。
繋がったままなので異物感と圧迫感はあれど意識を乱すような快楽は止んだ。首に絡めていた腕を解いて、バーボンの顔を覗き込む。すこしぼうっとしたような、疲弊を帯びた面持ちが幼気に見えた。ばちり、視線が合う。項垂れつつ、金色の前髪の隙間からこちらを伺った彼は、浅くふたつめのため息を零しながら髪をかきあげた。それだけで様になる。見惚れてしまう。

「なんですか。穴が空いたらどうしてくれるんですか」

私の熱視線を冗談めかして咎めたあと、熱い手が私の前髪を払った。口ぶりとは裏腹の甘やかすような気遣いが心臓に悪い。
ずる、と性器を引き抜かれる。避妊具の先端に白濁としたものが溜まっていて、思わず直視することを拒んだ。内側にはバーボンの精液を貯めて、外側は私の愛液で濡れて、ぐちゃぐちゃだった。はっきりと視線を外している私を純情だとかなんだとか言ってくつくつと笑いながら、バーボンは性器からそれを抜き取り、口を絞って屑籠に投げた。

「全くもう、はにかみ屋なんですから」

そんな言葉とともに、ちゅ、と頬を稚拙についばまれる。目を瞬かせながらバーボンと向き直ると、また深く口付けられた。
キスに夢中になっていると、節榑立った小麦色の手が胸元に充てがわれる。驚いた拍子に声が漏れるけれど、全部触れ合ったままの彼の唇に吸い込まれていった。
胸の先端それぞれを指の腹でこねられ、たまらず彼の膝の上で身を捩る。と、腿のあたりに硬いものが触れた。そういえば、今日は長くなるかもしれない、と予め告げられていた。ついていけるかな、なんてこの先の己を案じつつ、終焉の見えない夜にどきどきさせられているのも事実。
胸の片側を軽く噛まれ、私は足を閉じようとした。バーボンの膝に跨るようにして載せられているから、閉じられるはずもないのに。足が敏感な箇所を刺激してしまったのだろう、バーボンが肩を震わせた。

「ん……あなたが動くと、僕も気持ちいい……」
「次、私が動こうか……?」
「積極的ですね。かわいい。やはりさっきのでは足りないですよね、お互い」

二枚目の避妊具をベッドサイドから取ると、それをバーボンは口に咥えて封を切った。ぴり、と食い破る際に覗く歯にどうしようもなく魅了される。
今度は私に任せず自身の手で装着して、合図するようにこちらを眼差した。私が彼に跨っているおかげで今だけは少しだけ目線の位置が違う。バーボンの熱く濡れた双眸に上目遣いで見つめられて、背筋をせりあがるときめきに悶えながら私は再び自分の割れ目に屹立を招き入れる。続けざまに挿入したおかげでそこは繋がって間もなくに馴染んだようだった。

ほとんど垂直に胎の鞘におさまった屹立は、容易に奥まで貫かれてしまいそうだし、少しの揺さぶりでも声が漏れそうで参ってしまう。
対面座位では女性が上下に動くか、腰をグラインドさせるか、ということは聞き及んでいたので、体を上下に動かして性器を出し入れするように動いてみた。しかし座ったまま屈伸をするような動きは長くやると辛そうだと気づき、拙い動きで骨盤をくねらせ、グラインドを実践してみる。
動く、とは宣言したものの動き方がわからなくてまごまごとしていると、笑い声が聞こえてきた。

「わ、笑わないで。下手なのはわかってるからっ」
「いや……不慣れでかわいいなと思いまして。やり方もよくわからないのに、僕のために一生懸命になってくれているんですよね。とはいえ、やはり足りない……」

焦らすのは次の機会にしていただいていいですか、と。痺れを切らしたらしいバーボンは自ら腰を引き、挿入を緩める。半ばから先端にかけてはまだ胎のうちに収められて入るものの、根本が抜けた分の隙間が虚しい。
肩を押されれば背中の行き着く先はシーツの海。皺の波を刻みながら倒れ込んで、私に覆い被さってくる男を仰ぐ。

「あ……っ! 抜かないで……! お腹、寂しい……」
「――っ、言われ、なくとも……!」

正常位で最奥に叩きつけるように屹立した雄の芯で貫かれ、眼前に星が散った。

「ひゃっ、あっ!」
「ほらっ、僕ので、お腹、いっぱいにして差し上げましたよ……っ! よかったですね。嬉しいですか?」
「んぁっ……、きもちっ、い……っ」
「嗚呼……そんなに、顔、とろんとさせちゃって……っ。薬のせいかな。でもなまえは少量しか飲まされてませんもんねっ……。僕が知らないだけで本当はえっちな子だったんですかっ? それとも……っ、僕にこうやって、何回も強引にされるのが好き?」
「すきっ、バーボンとするのが……っ、好き……!」

薬の影響なのか、自分に性の才能があったのか、その判別なんてつかない。ついでに自分の本心の在り処もすっかり見失っていた。ただバーボンに喜んでほしくて、私の言葉でもっと高ぶってほしくて、そして夜を終わらせてくれない彼と抱き合い続けるのはまんざらでもなくて、行儀のいい服を纏った逞しい背中に抱きつきながらそう答えた。熱い息混じりに「あー、かわいい」なんて囁かれて、舞い上がるような気持ちを体現するように締め付けてしまう。

「っ、すみませ……っ、出ます……」
「いいよ、だして」

せつなく表情を顰め、瞳を閉じたバーボンの髪をさらりと指で梳いた。物事の真髄を見据える怜悧な双眸が瞼の裏に隠れてしまうのは寂しいけれど、ある種無防備とも言えるその顔がいとおしかった。
バーボンが少しだけ上肢を起こすと、汗の香りのするシャンパン色の糸が指の間から逃げて行ってしまう。私の耳の横に突かれた腕が、檻のように私を閉じ込めていた。
何を思ってか、バーボンは気まずそうに指で頬をかき、私から顔を背ける。

「あー、いい歳をして自分でも情けないとは思うのですが……」
「……足りない?」
「はい……。薬のせいもありますが、しばらくできていなかったでしょう、こういうこと。なので、」
「溜まってた?」
「……」

バーボンは照れの滲む顔で頷いた。

「これ以上はなまえの負担にもなりますから、無理強いする気はありません――断ってくれたっていい。……自分で処理することもできますし」

日頃からストイックが過ぎるほどに鍛えているこの人と私では体力の差など歴然だ。男女の差だってある。正直すでに気怠いし、眠い。でも。

「うん、好きにしていいよ。私もうあんまり動けないかもしれないけど……。気絶するまで、好きにして?」
「……すごい誘い文句だ。いいや、殺し文句かな」

バーボンの目に欲情の炎が揺らめいたのを私は見逃さなかった。


2023/05/28

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