短編

ミルキーウェイを突走れ


赤羽カルマのことが好きだった。
器用になんでも卒なくこなしてしまう癖に、高みを目指すわけでもない。多かれ少なかれ大小さまざまな問題事を引き起こす素行不良の問題児、というレッテルは何も私だけが抱き張り付けたものではないだろう。事実、彼は不良生徒に他ならないのだから。
ただ、彼は強かった。妬み、恨み、そんなものは全てはねのけて、他人に自分を認めさせてしまえるほどに、強かった。
片や、私はといえば。両親に言われるがままに椚ヶ丘に入学したが、クラス成績はビリから二番目。そんな上辺だけの肩書になど意味はない。
入学以降やっとの思いで保ち続けたこの地位も、ほんの僅かな誤作動で揺らぎかねない紙の翼だ。ほんの少し、前進する努力を怠ろうものならすぐに奈落の底へ突き落されかねない――まさに薄氷の上を渡る心地の学校生活は正直息苦しい以外の何物でもないというのに。
なのに彼はそれすらも楽しんでしまっているようで。誰かの真似事しかできない自分にはない強さを持つ彼に、何も持たない私は憧れていた。

そんな時だ。赤羽カルマが職員室に呼び出しを受けたのは。
他校の生徒との間にいざこざを起こしては説教を食らい、その度に相手を脱力させるような調子で「気を付けまーす」ととりあえずの謝罪を述べる。
どういうわけだか成績と顔だけはいいもので、担任が味方として立ち回ってくれたこともあり、今までは難を逃れることが出来ていて。どうせいつものことだろうと、教室の片隅で見守る私はそのことに楽観視さえしていたのに。
表情に微かな苛立ちを滲ませながらも、へらへら笑って戻ってきた本人の口から“いつも通り”には当てはまらない結果を告げられることになる。
赤羽カルマがE組行きを宣告されたのは、微かに胸の内で密かに芽吹かせていた恋心を自覚した矢先のことだった。

そして今、私は職員室の床を踏み、担任からの苛々を含んだ鋭い視線に晒されている。利き手のひらに握る薄っぺらい紙切れがなぜだろう、酷く重く感じた。自身の名前が刻み込まれ、『E組行き』を告知するそれを両親の前に差し出せば、飛んでくるのは怒号かはたまた見限りの眼差しか。
多分、見ている景色も置かれた状況もあの人と同じなのだろう。逃避に思考を飛ばしてみると、ほんの少し、心が軽くなった気がした。
「みょうじ」と担任が私を呼ぶが、防音壁にでも阻まれたかのようにそれは限りなく無音に近い。ふっ、と笑みを零した瞬間、向けられた眼光が一層鋭いものに変わった気がして、すみませんと歌でも口ずさむように。
優等生と呼ぶには幾らか数字が足りなくて、延々と平均を辿り続ける、平々凡々。いつまでもそんな私でいてはいけない。どこかで、変わらなければ。羨望する人物が振り向いて、目を止めてくれるくらいの人間に、ならなければ。
道を踏み外しかけていることには自分ですら気づかずに、やがて一つの結論へと辿り着く。
もしも彼のいる世界に自分も行くことができたなら。
憧れだった赤羽カルマに、私という小さな人間の存在を認めてもらえるのだろうか。

「わかってるな。お前は三年からE組行きだ」

死刑宣告にも等しい告知だが、どこかで狂った私の心にはそう重くは響かない。


恋い焦がれたその先は、奈落の底でした


2016/09/15

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