短編

アパピプマン


※attention!!
性的な表現を含みます。
高校生を含む18歳未満の方、過度な性表現をご期待なさる方は閲覧をお控えください。

火傷赤井バーボンと擬似NTR



涙の厚い膜に覆われた、なまえの色めく瞳に反射する顔は、僕のものではない。彼女が躯を繋げている相手は正真正銘僕なのに。
僕が抱いているはずのなまえはあの男に抱かれている。


事の発端は彼女の言葉。

「寝取られたいけど他人と寝るのは癪だから今日はその火傷の男の顔のままがいいな」
「正気ですか?」

赤井の顔で抱きあうだなんて悪い冗談を。
常人の思考回路ではない。夜闇に忍ぶ黒衣を纏いすぎて、ついに脳味噌まで黒に侵されたか。
僕が扮するとはいえなぜよりにもよって赤井秀一なんかになまえを抱かせなければならないんですかと噛み付いた牙は払い除けられた。
拙い語彙でなんとか僕を丸め込もうとしてくるなまえを突っ撥ね返すが、今日の彼女は引き下がろうとしない。
このかわいい顔をフォンデュのように崩して、その肢体にこの世の満足という満足を駆け巡らせる瞬間が、僕は背筋がぞくぞくするほど好きだ。行為の刺激になるのなら、彼女の性的嗜好に付き合ってあげることもやぶさかではない。
だが今回ばかりは別だ。

「どんな顔のバーボンも知りたいだけだよ」
「素敵な殺し文句ですね。ですがこれだけは聞けません、いくらあなたの頼みでもね」
「なんでも言うこと聞くから!」
「ではこの忌々しい顔を一刻も早く脱がせて頂けませんか。そのあとなら幾らでも――あなたが飽きるまでお相手しますよ――。例えあなたが途中で根を上げようとね」

互いの鼻先を触れ合わせて、睫毛が絡むほどの距離から視線を結ぶ。誘惑するように丁寧に微笑むが、彼女は折れない。

「これはこれは……手厳しいですね」


バーボン名義のセーフハウス備付の全身鏡に、半ば叩きつけるような勢いでなまえの背を鏡面に押し付けた。背骨をしたたかに打ちつけたらしい彼女の唇からは痛いと悲鳴があがるが、僕はそれを鼻で笑った。

「あの男がどんな風に女に触れるのかは知りませんが、仮にも寝取られるというていなら、いつもと同じ扱い方ではおかしくありませんか?」

明確な怒気を孕んで鋭く磨がれた語調と声色が、彼女の鼓膜を刺し穿つ。
どうせあの男は荒くて手酷い抱き方をするに決まっている。
固形食ばかりのとても見ていれられない食生活だった人間に、女のことを慮った触れ方なんぞできるわけがない。
なんで赤井さんのこととなるとど偏見かつ無根拠な暴論撒き散らしちゃうんですかいつもはリアリストでロジカルな頭脳派なのに……と呆れかえるなまえの顔が目に浮かぶ。実際口にすれば前述の通りのことを言われるだろう。
鏡面に縫いつけられた状態のなまえと向き合うと、彼女が背にする鏡に反射する赤井の顔の己を真っ直ぐに見つめる羽目になり、舌を打った。

――赤井秀一……。なぜお前の顔で彼女を抱かなければならない……!?

その彼女が言い出したことだがそんなことは関係ない。というより尚更気に食わない。この男の顔のどこがいいんだ。
なまえの躰をくるりと半回転させて、僕に背を向ける格好で鏡に手をつかせる。華奢な彼女に、火傷跡の残る恐ろしげな人相の男が背後から迫っている――鏡の中の世界ではそんな図が出来上がっていた。

「声はバーボンのままだから変な感じ」
「僕はベルモットのように本人そっくりに声色を変えることはできませんからね……」

後ろから回した手で彼女のブラウスを乱雑に開いていく。
脱ぐなとは彼女の命。肌の色の差異で気が削がれるとのことだった。
女性の服だけを剥いて、性器に性器を押し付けるだけの行為なんて、自慰や業務と何が違うのかがわからないから僕は好まない。なまえが相手となれば尚更に。
おまけにこの顔で抱いてくれだなんて理由によっては侮辱と取るが、さて。

「――まさか顔だけとはいえ、俺を求めてくるとはな。君の恋人の何が不満なんだ?」
「わ、わっ……赤井そっくり……」

記憶に焼印のように刻み込まれた赤井の語調を、脳裏に呼び覚まし、それをなぞる。
釦を余さず開いたブラウスの隙間から手を忍ばせ、鎖骨から臍にかけて、つぅ、と指先を滑らせた。

「ん、不満とかじゃ」
「ホォー……?」
「寝取られてみたくて」
「ただの変態じゃないか」

ぽっ、と耳の先まで朱色に染めるなまえ。
否定してくださいよ。なにがぽっ、ですか。こっちは仇の顔で物真似までやらされてただでさえ不機嫌なのに。なんなんですか。
不意に視線を遣った先で、鏡の中のもつれあうもう一組の僕たちの像――この世の誰よりも憎い男に迫られているなまえをまたしても見せつけられることになる。苛立ちと不快感から憤怒にまで飛躍した思考と、水面下で膨れ上がる欲がでたらめに入り乱れる。二つの急騰する感情が血潮を沸騰させていく。
興奮、しているのだろうか。
仇に恋人までもを奪われて。役者は僕と彼女だけのこの舞台で、他人として彼女を抱いて。他人に躰を委ねている彼女を俯瞰して。
癪だ。こんな余興に付き合わされるのも、こんな余興で昂りを覚えてしまう己も。

耳を噛んで、首を噛んで。荒い手つきで捏ねるように胸を揉んで、べたべたと腰の線を確かめる。粗放にショーツを下ろして、粗略な扱い方をした割には涙を湛えた瞳のようになっている脚の狭間に指を咥えさせた。
なまえは僕の想像上の赤井に愛撫されているのだ。

最低限の準備だけで、整いきっていない其処にそそり立っているものを捻じ込んだ。
鏡に手を突いて前屈みになるなまえ。振り向かせずとも彼女の歪んだ表情は確かめられたが、見て見ぬ振りをして腰を進ませる。

「ぅぁ、あっ!」
「ほら、君の恋人に謝ることがあるだろう?」
「ご、ごめ、なさい」
「何に就いて?」
「えっ……ぁあっ、んっ……」
「見損なったぞ。まさか何が悪かったかも理解していないまま、その場凌ぎの謝罪をする女だったとは」

やれやれ、とわざとらしい溜め息を吐き、彼女を顧みずに胎内を抉るように貪った。
堪えようとするなまえが鏡面に爪を立て、あまつさえ引っ掻いてしまったことで耳障りな音が卑猥な音に絡む。皮が破けて血が滲むほどきつく噛み締められている唇は唾液で汚れており、朱色に染まった頬には涙の跡が鮮明に描かれていた。

「“恋人の仇の顔で辱められているのにここをこんなにして喜んでしまう変態でごめんなさい”、だろう」
「……うぅ……。っ、ごめんなさい……」

及第点、といったところか――前半が著しく欠けている謝罪文を提出されたにしては甘すぎる判定は、私情によるものだ。
フゥーッと朱色を濃ゆめた耳殻に息を吹きかけると、くぐもった甘い悲鳴と共に下半身が締め付けられる。
大粒の真珠のような涙をほろほろと零す双眸で、ゆうるりとこちらを振り返るなまえに、下肢がじくじくと甘く痺れた。

「お遊びはこれくらいで……。というより、こちらが限界なんですよね、――っ」

ずる、と窪みから自身を引き抜くとなまえを姫抱きにして寝室へと向かう。
取り急ぎセーフハウスに設置した根の張らないベッドは、壊れ物を扱うように彼女を座らせたにも関わらず、ミシ、と軋む。散々押しつけがましい触れ方をしていた僕が、今になって温室に咲く薔薇さながらに慈しみ始めたことに彼女はこてんと首を傾げていた。
そんな彼女を横たわらせながら、僕は仮の顔を破り捨てる。風船の骸のように床にくたばるマスクに、暫しの間注がれていた視線が、そろそろと僕に寄せられた。
嗚呼、やっと僕を見てくれた。僕の顔を。瞳を。

「バ……バーボン……?」

髪を扇状に枕の上に散りばめて、なまえは迷子の仔猫のような不安の揺らめく瞳で僕を伺う。それがあまりにもしおらしかったものだから、たまらず僕は黒いパーカーを脱ぎ捨てようとしていた手を止め、心配入りませんよ、と彼女の頬に指を這わせた。

「僕としてあなたを抱くんです」


「またしたいね」
「あなたの趣味に付き合うのもそろそろ限界かもしれません。もう絶対に御免だ」


2021/02/22

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