短編

ときめき成分配合(ラメ入り)


※attention!!
性的な表現を含みます。
高校生を含む18歳未満の方、過度な性表現をご期待なさる方は閲覧をお控えください。

安室さんにバニーボーイの格好をしてもらうお話。



「すみません、今なんて?」
「だから、うさ耳つけてよ安室さん」

耳を疑うとはまさにこのこと。1度聞いただけではうまく嚥下できなかった言葉は、2度聞いてもやはり到底飲み下せる代物ではなく、僕はなまえさんと、なまえさんがこちらに見せつけてくるバニーカチューシャとを交互に見比べた。

「この間『黒ウサギ亭』っていうバニーガールのお店に行ったらしいじゃないですか、安室被告?」
「どこでそれを?」

眉を顰める僕とは相反して、うふふ、としたり顔で笑う彼女。
曰く、ポアロで江戸川コナン君と相席した際、先日の『黒ウサギ亭』での事件のことが話題に登り、店の雰囲気はどうとか味は良かったかとか、店の方向性を露ほども知らないなまえさんは、無知ゆえにそんな調子で彼を質問攻めにしてしまったらしい。
今度行ってみようかなぁ、などと能天気に零したなまえさんに、コナン君は当たり前ながらぎょっとした顔で「お姉さんはやめたほうがいいよ!」と力強く引き留めた。しかし、どうしてやめたほうがいいのと彼に理由を訪ねてもこれがどうしてか口籠もる。汗を流しながら懸命に引き留める癖に中々口を割らないコナン君。不審に思った彼女が店名で検索をかけると――まぁそういった類の店だと判明し、少年が掛けた心優しい秘密のベールはずり落ちたわけだ。

「説明しなかった僕も悪かったとは思いますが、本当に着くまでバニーガールのクラブだとは知らされていなかったんですよ。店を選んだのも依頼主。事件のせいで食事どころでもなかったですし」
「私は別に怒ってないですこれにかこつけて安室さんにうさ耳つけさせようとしてるだけです」
「尚更たち悪いですね」

千の言葉を尽くして弁明しようが無意味な彼女はある意味では無敵。崩せない城だ。
これならばいかがわしい目的で来店したのだろうと決めつけられて責め立てられた方がましだった、と僕はらしくもないが額を抑えた。

「とにかくうさ耳には断固反対です。三十路間近の成人男性がつけるものじゃない」
「ジェンダーレス社会! 人生100年時代! まだまだ輝いていかないと!」
「うさ耳つけて輝くような人生なら終わってしまえばいいんです」
「仕事でたくさんやってる癖に!」
「ありませんよ! うさ耳つけたことなんて!」
「コスプレの方!」
「変装と言ってもらえません!?」

やいのやいの。

「お願いします! 私が安室さんを口で丸めこめるわけない!」
「よくわかっていらっしゃるじゃないですか。お利口さんですねなまえさん。お利口さんだからこんな不毛なことはもうやめにしませんか?」
「だから正面から挑んで安室さんが根負けするのを待つことにしたんです」
「それでやたらとストレートなアプローチを仕掛けてきたわけですね……。賢明なのか馬鹿なのか……。言っておきますが僕は根負けなんてしません。これでも意思は固い方なので」
「じゃあ、な、泣き落とし」
「演技できるんですか?」
「できないです……」
「ハニトラ」
「できるんですか??」
「ほら! 正面突破以外ないじゃないですか!」
「逆ギレしないでください」

こちらとしては断固として拒否したくない。ここで折れれば人に明かせないことが余計に一つ増えてしまう。秘密なんてものは僕には仕事中に拵えたものだけでも腹が膨れるほどあるのだ。
彼女と寝室でもつれあった結果の寝不足ならまだ幸福感もあるけれど、うさ耳をつけるかつけないかを朝まで徹底生討論したおかげで一睡もできませんでしたなんてことになった日には虚しさで頭が狂うだろう。
そうこう僕が考えていると、なまえさんが最終兵器を持ち出して来た。

「透君、こすぷれえっちしたいの。おねがい」

きゅるん、と上目遣いでしおらしく。拳は両方とも顎に添えて。とびきりあまいおねだり。

「はぁ……。零って呼んでくれたら考えてあげます」
「れいくん!!!!!!」
「憎たらしいほど現金ですよねなまえさん。いっそ清々しいですよ」
「零君のこと大好きだからうさ耳つけてください!」

なまえさんが僕を大好きなことと、僕がうさ耳をつけることには、当然ながら何の因果関係もない。
このように文法としては正しくとも、前後の繋がりがなく、意味がすっかり破綻してしまっている文章をワードサラダと云う。脈絡はないにも関わらず、言葉が混ぜこぜになっていることからサラダに例えられているのだ。
因みにこのサラダ的思考には知らず知らずのうちに陥りがちである。例えば「恋人と別れてしまったから、もう生きていけない」など。
閑話休題。

仇の男に変装して街中をうろついておきながら、恋人が瞳を輝かせながらよこしてきたうさ耳のひとつもつけないというのは、懐が狭いのではないか。
なんていうのは、ついつい恋人を甘やかしすぎてしまう己を正当化するための建前だけれど。


全く準備のよろしいことで。僕は死んだ魚のような目を晒しそうになった。
まず、バニーボーイと称してメンズのレオタードやらバニースーツやらを差し出されなかったことだけは幸いだったといえよう。
僕が着せられたのはカマー・ベストという、フロントの首回りが大きめに開いたフォーマルスタイルのベストだ。色はお決まりの黒。後ろの生地は首の後ろと下部のみで、背中を覆う生地はほとんどない、バックレスの一種である。
カマー・ベストの腰元を飾る、まるくてふわふわとした兎の尻尾の存在には目を瞑らせてほしい。
プリーツシャツは袖口がダブルカフスで、色彩は清潔感の漂うオフホワイト。首元には黒い蝶ネクタイ。足元は光沢のあるエナメルのオペラという本格派。寝室は畳なのですぐに脱ぐことになると知りながら靴元まで揃えたらしい。
そして――――全てを無に返すバニーカチューシャ。

「必要でしょうか、これ
「必要です」

きゅっ、と蝶ネクタイを締めながら問うと即答だった。
なまえさんにおしつけられた紙袋を開いたときは、意外にもまともな衣装が詰め込まれていたものだから実のところ驚いた。だがやはり袖を通してみると、スパイスとなっている兎の耳の存在がビジュアル面での障害と化している。香辛料が効きすぎなのだ。
上等な葡萄酒だろうと一滴でも泥水が混ざり込めばそれは不良品――とはよくいったもの。
何の変哲もないソムリエやボーイの衣装と言って差し支えのないコーディネイトなのだが、このうさ耳が全てを薙ぎ倒す。

「さすが安室さんバニーボーイも似合いますね〜! 写真NGなのもったいないくらい!」
「……」

はしゃぐなまえさん。顔を引きつらせる僕。天高く伸びた黒兎の耳。
なまえさんは両の親指と人差し指を合わせて長方形を作り、フレームに見立てて僕を覗き込んだ。その四角い指の穴から視線をテグスのように通して。
どうにでもなれ。

「それで、お客様。ご注文はお決まりですか?」
「えっ?」

唐突な僕の子芝居に瞳に疑問符を揺らすなまえさんに、オーダーがないのでしたら……、と続けつつ、彼女の膝裏に腕を通して抱き上げた。

「あ、安室さん……っ」
「こういうことがしたかったんでしょう? ベッドに行きますよ」

姫抱きにした彼女を寝室の目の前まで連れていく。
「畳なので靴脱いじゃいますね」と一言ことわり、爪先で踵を踏むようにして、彼女を抱いたままオペラを脱ぎ捨てた。
身軽になった足を畳に乗せて、すたすたとベッドへ向かう。マットレスに彼女の腰を沈ませると、自分は屈んで、彼女の膝の横に手だけ突かせてもらい、キスをした。
合図のような言外からの訴えで唇を割り開くように促し、なまえさんの舌を探る。舌同士を絡めようとするとなまえさんが僅かに腰を引いたので、僕は追いかけるようにしてベッドに乗り上げた。僕の膝と膝の間に挟まれた状態で顎を上げ続けることを強いられた彼女は、ついに均衡を崩す。
ぽふ、と背中をマットレスに預けたなまえさんの唇を再び塞ぐ前に、窮屈で仕方がない首元を少しでも和らげようと、襟に指を引っ掻けた。
すれば、すっかり僕の躰の下に閉じ込められてしまっていたなまえさんが急に焦燥の滲む声色を放った。

「だ、駄目です……安室さん……」
「ここまで僕をその気にさせておいて……今更そんな我儘は通りませんよ」
「そうじゃなくて、脱いじゃ駄目です! ネクタイ外しちゃったらもったいない」
「え、はぁ……」

目が点になった。

「いいですか、安室さん、それ脱いじゃ駄目ですよ? 着たまんまですからね?」
「はいはい」

幼子に言い聞かせるかのように、人差指をぴんと立てて留意点を反復する彼女の顔を、自分の影で飲み込んだ。
口腔に酸素が入る隙間さえも潰さんとばかりに息を奪い合う――実際には彼女が一方的に奪い取られているけれど。触れあっている唇の角度を幾度も幾度も変え、より奥を犯そうとする度、揺れるうさ耳が彼女の額や頭をとんとんと優しくノックしている。
やや下品に舌で唾液をかき回し、泡立ててやると、どちらのものとも知れない透明な液体がつぅとなまえさんの唇から零れ落ちていく。

「バニーボーイに何か拘りでも?」
「ないですよ。安室さんが着てるとこ見たかったんです。それだけ」

ブラウスの釦を胸下ほどまでの中途半端な地点まで外し、開いた胸元から除いた下着をずり上げた。カップから零れた双丘がブラウスの奥に隠れてしまうのを、襟を左右に広げて露わにさせる。服の胸元だけ乱して、本来隠すべきところだけを晒している姿は酷く厭らしい。己の有様を自覚して頬を赤らめるそのしぐさも相まって。

「本当は僕、肌を触れ合わせてする方が好きなんです……たまにならこういうのもいいかもしれませんが」

露出した胸に手で触れる。鎖骨に吸いついて所有の印を刻み、手の方は双丘に這わせていく。乳輪の輪郭を縁取るように指でなぞれば、焦れったいと言わんばかりになまえさんは震えた。指を徐々に中心へと向かわせてゆく道中も愛撫は欠かさずにたっぷりと焦らして、最後に胸の飾りを弾いた。
そろり、と内向きにこわばっている太腿に滑らせる手を、じわりじわりと登らせていく。スカートの中に手を差し込むと、指先でストッキングを引っ掻いて、その薄い生地を摘まむと、ビリ、と破った。

「あっ」
「確か、ストッキングって高いんでしたっけ。今度一緒に買いに行きましょうね」
「お金は安室さんが出すんですよね……?」
「もちろんです」

ビリビリと耳障りな音を奏でながら、ストッキングの破損箇所を更に広げていく。
僕がなまえさんの脚の間に鼻先を寄せた刹那、彼女が悲鳴に近い声をあげた。

「ね、ねぇ! 安室さんなんでっ、なんでそんなとこに顔近づけるんですかっ」
「何でって、お客様への御奉仕です。今日は僕、バニーボーイらしいですから」

けろりと言って躱し、太腿の付け根に舌を這わせる。汗と、蜜と、彼女の香りが出鱈目に混ざり合って僕の鼻腔を劈いた。心なしか香りに熱を感じる。

「や、やだ……! へ、へんた、……いっ」
「酷いです。兎はデリケートな生き物なんですから優しく扱ってもらわないと」

言葉に反して僕の行動は図太い。
クロッチを端に寄せてそこだけを露出させる。
襞に軽いくちづけを落とすように吸えば、悶えるなまえさんのいじらしい声音を聴くことができた。割れ目に沿って下から上へと丁寧に舐め上げる。
悪戯に、ふっ、と脚の中央に息を吹きかけるとぴくんと跳ねる下肢。
瞳もそこもぐずぐずに潤ませたなまえさんが、ぽふぽふと腿で僕の頭部を挟んで抵抗の意を示してくるけれど、ほどよい脂質に恵まれた両脚に攻撃されたところで痛みなんてない。
まるで僕をいざなうように開かれ始めた窪みに、尖らせた舌先を浅く差し入れる。

「……っ!」

彼女の腿がぴんと糸を張ったように刹那的にこわばった。
更に核を舌先で弾けば、嗚咽めいた声が口元を押さえつける指の隙間から零れ落ちる。抑えないで、聞かせてください、といっそ下品なほどに湿った音を鳴らせば、羞恥心にか、なまえさんの顔の赤みが増した。そのまま核を絶やさずに刺激し続ける。
嗚呼、僕の吐息が彼女の熱を高めているのだ。
反射的にだろう、僕から逃げんとする彼女の腰をがっちりと掴んで離さない。
なまえさんの爪先が丸まるのを見て彼女が至ったことを悟る。
くたりと萎びてしまったなまえさんの腰を間髪入れずに抱き上げると、自分の膝の上へ。

「えっ?」

僕と開いた貝殻のように向い合わせにされて、状況を飲み込みあぐねているなまえさん。その不思議で仕方がないと言いたげな顔を、座高の差ゆえに見上げる。
それにしてもこうして胡坐をかくと、腰についたふわふわの尻尾が腰とマットレスの間で潰れて居心地が悪い。

「次はお客様のお好きに動いてくださいね……?」

僕の膝の上に載せられたままぽかんとしているなまえさんだったけれど、カチャリとベルトを緩める際の金属音が空気を引っ掻き、初めてその理解も追いついたみたいだ。
ベッドサイドに腕を伸ばして掴んだ避妊具を取り出したそれに速やかにつける。

「自分でいれられます?」
「で、できな……っ」
「支えていますから」

僕の首に腕を回してきたなまえさんは、ほとんどしがみつくように僕の頭を抱きすくめるので、少しだけ息苦しくはあったものの、彼女の腕と香りとぬくもりに包まれて幸せだ。僕の髪が彼女の腕の上でしなっている光景が目に留まると、たまらなく心臓がきゅんとする。
対面座位だなんて密着度の高い体位を選ぶことになるなら、やはりお互いに一糸纏わぬ姿で臨みたかった。先見の明なんてあったものではない。

腰を僅かに浮かせくれた彼女の肉の裂け目に指を這わせると、とぷん、と恙なく咥えこんでくれた。これ以上指で触れる必要はないだろう。
なまえさんは恐る恐るそそりたつ僕のそれに向けて腰を下していく――そして性器が触れ合ったとき、僕らは二人して息をのんでいた。
先端が柔らかく温かな窪みの中に埋め込まれていく。

「っ、ん!」

僕の首を抱く腕の力が強まり、衣擦れの音が耳朶に吸い付く。

「大丈夫ですよ、ゆっくり」
「っ……」

ねっとりと僕に合わせて少しずつ形状を変貌させていく胎内は、時を重ねるにつれ心地の良いものになっていく。
なまえさんの腰も随分と降りて、僕のそれも根元を残してほとんど受容されつつあった。

「っ、もう少しですし、ちょっと動かせてもらいますよっ」
「あっ!?」

ぐっ、と突き上げると、不意のことに堪えきれなかった声が艶やかに響いた。
ついでに今の僕の動きに合わせて頭の耳がぴょんっと揺れたことが自分でもわかり、思い出したくないことを思い出した。

「動けそうですか?」
「は、い」

ゆらゆらと揺り籠のように動き始めるなまえさんの腰を支える。
トップスの裾を捲りあげると、中に手を滑りこませ、腰の輪郭を確認していくように肌を撫ぜた。そのまま僕の手は上へと登り、服の中から胸に触れる。震える睫毛を認めると、衝動を抑えられなくなって、深く口づけた。
僕の上に乗りながらも結局は僕に翻弄されているなまえさんに、愛おしさで胸がいっぱいになる。
そんな折、なまえさんが僕の側頭部の髪を指でくすぐりまわす。はじめはなんだろうと思ったけれど、すぐにカチューシャの存在を気にしてのことなのだとわかった。

「さっきからうさ耳揺れてるんです。あむろさんかわいい」

とろけた瞳で屈託なく笑う彼女が、僕の対抗心を煽った。ホォ――? と僕はわざとらしい笑んで。

「お客様は……確か、っこのあたりもお好き、でしたよねっ?」
「〜っ!」

ぐり、と大人げない力加減で、臍の裏を胎内から擦る。なまえさんは僕の鎖骨に顔をうずめて懸命に声を押し殺していた。我慢しないでくださいなどと言っても経験則的に聞かないであろうことは明々白々。
こんどは奥を突くのではなく、胎内をかきまぜるように動けばなまえさんは喉が瓦解したかのように甘ったるい声をあふれさせた。嬌声を押しとどめさせるように荒々しくその唇に噛みつき、声を封じる。
僕は強欲にもふたつの結合部を貪った。――なるほど、確かに律動に伴ってぴょこぴょこと黒兎の耳が揺れている。
いちどなまえさんに酸素を吸わせてからまた貫き、ようやく昇華された悦の中に二人して転がり落ちた。
薄い膜の中で欲を迸らせたあと、霞のかかった意識の中で盲目的になまえさんの唇を求める。唇も性器も、お互いのものを緩く繋いだまま、抱きしめ合う。
さすがにそろそろ引き抜こうかというとき、彼女同様達したはずの自身がふたたび硬化していくのを自覚する。恐らく彼女も胎内に埋め込まれたものの変質していく様をありありと感じていたはずだ。

「あ、あの、安室さん……?」
「……。万年発情期の兎ということで大目に見てもらえませんか?」

反転。
シーツの海の中から天井と僕を半強制的に仰がされているなまえさんの唇に、また齧り付いた。腰元に縫い付けられたまあるい尻尾を無様に振ることになるのかと思うと、やや複雑なところもあるけれど。


2021/02/10
入らなかった安室さんの台詞
「そういうお店じゃないんですが。ここ」
「喋り過ぎてしまったかな……兎には声帯がないんですよ。代わりに非言語コミュニケーションに長けていると言われています」

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