短編

ドッグファイトアパートメント


※attention!!
性的な表現を含みます。
高校生を含む18歳未満の方、過度な性表現をご期待なさる方は閲覧をお控えください。

ヒロインがハニートラップ相手に媚薬盛られちゃってキレるバーボンです。



任務の流れはこうだ。
組織にとって都合の悪い人物の名前が記された“名簿”を、所有者の元から持ち出すにあたり、二手に分かれる。
“名簿”の所有者が自宅でパーティを開くというその日が好機。パーティの参加者に扮したなまえがターゲットに近づき、個室なりなんなりに足止めをして時間を稼ぐ。ターゲットの目を逸らしている間、別動隊として暗躍する僕が“名簿”のデータをコピーして外へ持ち出す。そしてそれを指定の場所で待つ構成員に渡す――。
早い話がハニートラップ。

『なまえちゃんひょっとしてここ弱い? 好きなんだ?』
『あ……っ、やだぁ!』
「……チッ」

盗聴器から零れる男の品のない声と、なまえのフェイクの嬌声に僕は舌を打つ。
彼女がターゲットの足止めに失敗した場合、僕は速やかに忍び込んだ痕跡を消し、ここから立ち去っていなければならない。そのためになまえに盗聴器を仕掛けたはいいが果てしなく不快な会話を聞かされるはめになっている。

――風向きが変わったのは僕の任務が終わりに差し掛かったときだった。

『ん……ねぇ、浅辺さん。それなあに?』
『海外の気持ちよくなれる珍しい薬だってさ。試してみない?』
『そういうの怖いな、私』
『といってもただの媚薬らしいけどね』

糞ッ。
恐らく最初の『それなあに?』という問いは、盗聴器を通して、薬品を盛られそうな状況を僕に伝えるためのもの。
ただの媚薬とはターゲットの言葉だが、媚薬と偽ったドラッグという場合も考えられる。僕に齎される聴覚情報だけでは何の判別もつかない。
どうにもならないとはわかっているが、僕は歯軋りをした。
“名簿”のコピーデータを懐に入れ、室内に残った自分がここにいたことを示す痕跡を潰す。
GPSでなまえの連れ込まれている個室を特定すると、救出に向かうべく足を急がせた。
ターゲット邸の廊下に出たとき、また盗聴器が彼女らの部屋の音声を拾う。

『はぁ……からだ、あつくなってきた……。ほんとに媚薬だったんだね』
『はははっ、信じてなかったのかよ』
『ごめんなさ……んんっ、ぁっ!』

これも僕へのメッセージか。彼女は薬品を飲まされる際、形状や味、肌触りを確認しているはずだ。そしてあらわれ始めた症状を踏まえて、危険度の高いものではないと判断したのだろう。
無論これから症状が一変する恐れもあるが、ひとまずは安心だ。


ターゲットとなまえのいる個室の前まで到達すると、息を整えてから、ノックを響かせた。使用人に扮して家主を引きずり出す。

「浅辺様。お客様がお見えです。ご挨拶をなさいたいと」
「今立て込んでるんだ。あとにしてくれ」
「それが……お仕事のご都合ですぐに帰らなければならないそうで、最後にご挨拶だけでも、と仰られていまして」
「……わかったよ、すぐにいく」

魚がかかった。
扉の向こうから衣擦れの音と、ターゲットの囁く声と、なまえの声が聞こえる。一泊遅れて、盗聴器から『客が挨拶したいって。ごめんね、すぐに戻るよ。戻ったら続きをしよう』『ん、待ってるね……?』というやり取りが聞こえてきた。
馬鹿め、なまえが待っているのは僕だ。続きもない。
間もなくガチャとドアが開く。気だるげな顔に乱れた襟のターゲットが僕を認める。すぐに覚えのない顔だとわかったらしい。誰だ、とでも言うつもりだったのであろう、開く口。――スタンガンを押し当てる。
崩れ落ちるターゲットの体を個室内に押し込むと、室内の壁にもたれさせた。廊下で倒れられていては騒ぎになるからだ。

「組織の構成員ともあろうものがこうも易々と薬品盛られるとは……。そんなことだから万年コードネームなしの腰巾着なんですよ」

僕はコツコツと靴音を響かせて、部屋の奥のベッドに近づく。

「それで? 無事なんですか? 身体におかしなところは?」
「だ、大丈夫。本当にただの媚薬みたい……」

熱に揺らめく声でなまえは言う。
パーティドレスのファスナーを下ろされ、全開にされたそこから背中や脾腹が晒されている。胸の双丘も露わにされて、柔らかなそれがストラップレスのブラのカップから零れ落ちていた。めくりあがった裾からは腿のきわどい部分が覗いている。
なまえの香りと知らない男の匂いの混じった不潔なものが鼻をついた。
シーツについた皺の数がやたらと多いのはじゃれあった証。
不愉快で、僕はまたしても歯軋りした。

半裸で息を上げているなまえを抱き起す。
苛立ちを奥歯の上で噛み潰しながら、ドレスを着なおすなまえを手伝う。
ベッドから立ち上がった彼女の足取りは非常におぼつかないものだったので、エスコートをするように腰を抱いて、支える。

「ではあなたは酔って僕に介抱されているふりを。2分でここを抜けますよ。いいですね?」

頷くなまえと共にパーティの喧騒に紛れ、脱出した。


指定の場所でRX-7から降りる。
夜の闇から湧いて出てきた黒一色の服装の男が、こちらへこい、と顎で合図を送ってくる。畜生のように扱われたことにややむっとしながらも、組織の構成員であるその男のあとを追った。
今は使われていない古い倉庫の中の、薄汚れた物陰につくと、コピーデータを引き渡す。

「へましてないだろうな?」
「不安ならいますぐ取り込んで確認なさってはいかがです?」
「ぴりぴりするなよ」

眼前の構成員は肩を竦めた。先に嗾けてきたのはそちらだろうに。

「そういえばあの女はどこだ? 今回ハニトラ担当だったんだろ?」
「ターゲットに薬品を盛られましてね……。僕の車で休ませています」

情報屋のバーボンがやたらと気に入っている平坦な女。それがなまえだ。
美貌に恵まれているわけでも、話術や銃に長けているわけでもない。足手纏いにはならない程度に自衛はできる。即戦力だが替えは利く。蟻みたいな可も不可もない存在。
けれどもベルモットの次点で僕に同行する姿が目撃される妙な女。――以前、自分の預かり知らないところで彼女が床上手と噂されていると知ったが、腹立たしい限りである――。
コードネームも得ていないなまえのことを彼が“あの女”と呼び、その影までもを探したのはそういった理由だった。

公安として潜入時も部下と連携を取るため、それらしい設定を接着剤で貼り付けているだけ――とも言い切れないのが難儀なところなのだった。なまえと肉体関係を持っているのは事実だし、僕がなまえを特別視しているのもまた事実なのだから。
なまえとは降谷としても休日を一緒に過ごす間柄だ。それだけでも彼女との関係の深さを語るには足りるだろう。

「僕の仕事は済んだでしょう? なら即刻戻らせてもらいますよ。彼女に何かがあってからでは遅い」
「あの腰巾着……そんな顔には見えないが、そんなにいいなら俺も一度相手してもらいてぇもん――って怖い顔すんなよ。冗談通じねぇな」


蹴り破る勢いでセーフハウスのドアを開けると、彼女を抱きかかえたままバスルームに駆け込んだ。
玄関で利口に靴を脱ぎ捨てたのは自分だけで、履きっぱなしのまま入室させてしまったなまえのピンヒールは強引に脱がせて脱衣所に投げ捨てた。ゴロン、と重みのあるものが転がる音が二つ分響く。
浴室の壁に沿わせるようにして彼女を立たせる。壁を支えに必死に踏ん張っている彼女の姿は、生まれたての小鹿を想起させるか弱さだ。

「とにかくその汚いものを全部落としましょうか」

自分の口から飛び出た声が思いのほか怒気の濃く滲むものだった。
僕はシャワーヘッドを握ると、それをなまえに向ける。水道のレバーを下ろす。サ――――……という霧雨に近い水の音が浴室を満たした。

「冷た……っ」
「あー……すみません」

もう何もかもに構っていられなかった。
頭から人工の雨を浴びさせられたなまえの、火照った肩が震えている。出始めのシャワー水は、熱を帯びた卑しい躰にはさぞ冷たいことだろう。
高価なものであろうパーティドレスは見るも無残に濡らされて、メイクは流れ落ち、ふんわりと巻かれてアップにされていた髪も、水を被せられた畜生の毛皮のように顔に張り付いている。
ヘッドをフックにかけ、上から僕らを濡らすように向きを固定した。なまえだけではなく僕の髪や頬にも温まり始めた水が伝う。
僕も全身濡れたが、一番に水を吸って重くなったのは手袋だった。脱いで捨てる。

なまえの背に腕を回し、ホックとファスナーの在り処を探る。これを先に外した奴がいるのだと思うと、また苛立つ。
彼女のことで僕が二番手に甘んじるなんて許せなかった。
ホックを引っ掻き、ファスナーを下ろせば、ストラップレスデザインのドレスはいともたやすく濡れた床に落ちてくたばった。
いつもならば焦れったくなる速度でファスナーを下ろし、ドレスから腰を抜かせただろうけれど、今は忌々しさの象徴であるこのひらひらした布を、一刻も早く剥ぎ取りたかった。

「あ……濡れちゃ、……」
「構いやしませんよ。――もう2度と着せませんから、こんなドレス」

落っこちたフラフープのように円状に彼女の足の周りを囲うドレスから、その足を引き抜かせる。そして水を吸ったドレスを苛立ちのままに蹴り飛ばして、僕らの領域の外へと追い出した。

「もちろん下着も。奴を誘惑するために誂えたものなんてまっぴらです。あとで処分しないと……」

やたらと胸元や下半身を強調し、より艶やかな体つきに見せる下着は上下とも床に放った。

「バーボ、ン」

アイラインの滲んだ目尻に涙かシャワーかわからない液体を溜めて、なまえが苦しげに僕を呼ぶ。自立していることもままならないといった様子だ。
なまえの腰を抱きしめて僕が支えてやる。確かに軟体のようにふにゃふにゃだ。
裸にされたというのに湯気にも負けない熱い息を吐いているなまえの唇を塞ぐ。立っているのがつらいと訴えてくるから支えてやったのに、舌を突っ込んだ途端、僕を押し返そうとしてくるじゃないか。最も、力の抜けた身で足掻かれたところで、僕にとっては春風と同じくらい無害なのだけれど。

「……っん、あいつには、どうされたんです?」

僕の問いかけに健気に答えようとしたのだろう。彼女の唇が僅かに開かれたが、僕はすぐさまそこに舌を差し込んで、回答の機会も声も盗む。
触れてもいないのに先端のかたくなった胸を、片手で下から持ち上げるように揉みしだいて、気まぐれに先を指先でつねる。腰を支えているせいで片方の手でしか悪戯を仕掛けられないのが意外にも不便だ。
唇をなまえのそれから離す。息の上がっているなまえを尻目に、休んでなんかいられませんよ、と胸の飾りをぱくりと食べた。舌の上で念入りに転がしつつ、時折歯を立てて刺激を加える。
ひゃあ、と喉の奥で鳴いたなまえがよろめいたので、胸への愛撫を中断し、彼女の腰を抱きなおす。

「バーボン、怒ってる、よね?」
「どうでしょうか」

はぐらかしたのは図星を指されたからだ。
なまえの下半身の割れ目を指先でなぞれば、明らかにシャワーの水とは異なる水質のものでびしゃびしゃになっている。粘性のある液体を指でからめとり、それを滲ませている場所に指を差し込んだ。
なまえの表情を確かめながら徐々に指を進めていく。差し入れた際、驚いたような様子はあったが、そのあと激しく顔が歪むようなことはなかった。
そもそも先ほどまでターゲットに散々弄ばれていた場所だ。慣らす必要性はかなり低いだろう。だが催淫剤の存在を思うと、一度指だけで達してもらうべきやもしれない。

「痛みませんか?」
「だいじょうぶ、だよ、っ」
「きっと彼に触らせたからでしょうね。まだ緩いんですよ」
「っ、」
「本当に最悪な気分ですよ。僕のなまえがどこの馬の骨とも知れない奴に好き勝手犯されるなんて。仕事でも耐えられない。何度押入っていって邪魔してやろうと思ったか……」
「そんなことさ、っれたら、困るよ、っ!」
「だから我慢したじゃないですか。あなたの男は“待て”が上手で偉いでしょう? 僕はもっとあなたに褒められてしかるべきだと思うんです」

ほら。撫でて、僕の頭。
促せば、素直ななまえは僕の色素の淡い髪の中に手を差し込んでくる。力のないなまえの手。所作も頼りないものだったが、懸命に僕のおねがいを叶えようとしてくれる姿に心が満たされる。

「なまえ、こっちを向いてください」
「んっ……」

ちゅ、と触れるだけのキスを交わし。
刹那、今しがた行われた慈しむようなふれあいとはかけ離れた、厭らしくて痺れるような刺激を下半身に与える。

「あ――! あぁっ……!」

のぼりつめたなまえが僕のびしょぬれのシャツにしがみつこうとするも、かなわず。僕も支えなおそうとしたけれど間に合わなかった。ずるずると壁伝いに崩れ落ちた彼女が、床に膝を折った状態で必死に呼吸を繋いでいる。
もうこのまま床に座らせておくか、いっそ組み敷いた方が早いだろう。跪いて彼女と視線を結ぶと、蜂蜜みたいにとろけながらも爛々と輝く瞳孔が僕に火をつけた。
一面の濡れた床に、だらしなく崩れた姿勢で座るなまえ。できれば押し倒して寝かせてやりたいところだが、狭いバスルームでそんなことをすれば頭をぶつけかねない。彼女にはこのまま壁に背をもたれさせたままでいてもらうことにする。

「どうやらあなたも満足していないようですし? 何ラウンドまでいけるか試してみるとしましょうかっ」

僕も負けじと目をぎらりと光らせる。
ベージュのボトムスは水を吸って脚に張り付いていたので、すぐに脱ぐのは無理だと判断する。上も下も自分だけ碌に服を乱さないまま、外気に晒して間もないそれを潤んだ脚の狭間に宛がう。すれば、肉の壁は僕の芯を難なくのみこんだ。

「あははっ! ほんっ、とに緩い、な……っ」

僕も濡れて、彼女も濡れている、高湿度な浴室内に乾いた笑い声を転がした。

「すみません、……っこんな床では全身痛いですよね? でも大丈夫。すぐに快楽の方が勝ります」

なまえの白い腹や胸や腕に糸のようなシャワーの霧雨が降り注いで、肌の上で雫同士がくっつきあう。奥深くまで突き刺すように自身を埋めれば、その肢体が陸に上がった魚のように跳ねるので、腹にみずたまりをつくっていた雫は床へと流れる。

「ぁっ……! んんっ、ぅ、あ、っ!」
「は……っ。バスルームだと……っ、すごく響きますね、あなたのっ、声」

あなたの、なんて限定的な言い回しで彼女を責め立てる。本当は僕の声も、なによりだしっぱなしのシャワーの音が一番うるさく反響しているのだけれど、都合の悪いことは伏せておくに限る。

「ねぇ、教えてください、よっ。あの男のを咥え込んだ感想。僕のと、っ、どっちがよかったですか? ……って、ちょっと聞いてます?」

ただでさえ吸う息は湯気交じりで熱くて熱くてたまらない。さらに絶え間なく降る水と、僕の律動に呼吸を阻まれて、なまえは上の空だったようだ。
僕の問えば、ゆうるりと瞼をもちあげて、うっとりと僕を見つめて。

「バーボン以外に触られるのなんか嫌だった……っ」

などといじらしいことを口にする。

「煽り甲斐がないなぁ」
「ごめ、なさ、っ」
「素直さに免じて許してあげます」

尊大な言葉とは裏腹に、彼女のなかに招き入れられたものが、ぐっと質量を増す。憎まれ口や煽る言葉は心からのものではないと――その実歓喜していると、ばれただろうか。まぁそれでもいい。僕がどれだけなまえを愛しているかなんて、幾ら伝わっても困らない。

「う、あぁっ、ば、ぼ……っ!」
「っなまえ、」

僕の揺さぶりをかける動作に合わせて、首元のループタイがうっとおしく揺れる。タイの飾りの、僕の瞳と同じ色をしたフェイクジュエリーが鈍く照明を反射する。
彼女の濡れた唇にキスをして、名前の胎の深奥をつく。
あのターゲットもさすがにここまでは貫けなかっただろう。優越感からくるしたり顔で笑む僕は、「ちょうどこのあたりでしょうか」となまえの臍の下のあたりを撫でて、皮膚の上から子宮を愛でてやる。
それを受けて困ったように眉を寄せた彼女が、ぎゅっ、と眼を瞑ったとき、彼女の奥もきゅんとなった。
あぁ、とそれを予感した僕は自身を引き抜く。そしてなまえの腹のうえに精を吐いた。

「……汚してしまいましたね」
「うん……」

――でも、僕が汚した。他の誰でもない、この僕が。
それで少し、満たされる。

のろのろとシャワーヘッドを掴むと、腹にぶちまけた白い濁りを洗い流す。水に溶けて排水溝に吸い込まれていく白をわけもなく目で追った。
レバーを戻してシャワーを止め、ヘッドを戻す。
僕は重たくなったベストの裾を雑巾のように絞った。襟を正そうとしたけれど、首に貼りついてしまっていたので諦める。前髪をかきあげながらゆっくりとまばたきをこぼした。
虚ろな、というよりは夢見心地な瞳で壁にしなだれかかっている彼女の頬を撫でる。

「立てそうですか?」
「もっとしたい――」

返ってきたのはあまりにも文脈的な繋がりのない斜め上の言葉だったけれど、僕を欲の中に引き戻すには充分過ぎた。
恍惚とした彼女の熱い双眸に僕はみずから溺れに向かう。


ベッドに座らせたなまえをバスタオルでくるんでごしごしと軽く拭いてやってから、僕は自分のびしょぬれの服を脱ぎにかかった。水を吸ってうざったらしく貼りついてくるシャツやズボンを脱ぐのは恐ろしく手間がかかった。そして体と髪を大雑把に拭く。
最低限の洋服しかかけていないクローゼットから、二人分の着替えを引っ張り出す。僕はとりあえず当たり障りのなさそうな白いシャツにデニム。彼女にはスウェットを貸した。

「とろいですねぇ……? しっかりしてください」
「半分くらいバーボンのせいだよ」
「わかりましたよ。ほら、万歳してください」

のろのろとスウェットに袖を通すなまえを見かねて着せてやる。あれだけ濡れたのだ、これ以上裸でいさせるのは望ましいことではない。風邪をひいてもひかれても仕事に差し支える。
パンツ履いてないのにズボン履きたくない、と嘆くなまえに履かせるのには実力行使に出ざるを得なかったが、たいしたことではなかった。

それはそれとして、濡れた髪をどうするべきか。
男の自分は水気を取れば放っておいても自然に乾くが、彼女はそれでは困るだろう。ドライヤーなんていう気の利いたものをセーフハウスに置いていた覚えはない。
僕はごみ袋を無造作に広げて、パーティドレスと下着を上下、ピンヒールをまとめて袋に突っ込み、口を絞った。

「そのドレスと下着、本当に捨てちゃうの?」
「あたりまえでしょう。こんないわくつきのもの、あなたに2度と触れさせられませんよ。見るのもごめんなくらいです」
「で、でも……」
「帰るときに着るもののことならご心配なく。コンビニで下着一式は置いていますし、今から買ってきます。服は今着せたそれでいいでしょう?」

じゃあヨーグルトもお願い、なんて言ってくる彼女の図太さに苦笑する。
鍵と財布とスマホとごみ袋を携えて表に出ると、未明の曖昧な濃度の空が広がっていた。
ごみステーションでドレス類を突っ込んだ袋を破棄すれば、僕は身軽になった。
ドライヤーがないことを理由に、髪が乾くまで、などと彼女をもう少しここにいさせるという策もありなのではないか。顎に手を添えるお決まりのポージングで、思案する。


2021/02/04

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