短編

嫌いな野菜食べるみたいに愛して


“ご褒美ですよ”なんて見下したような物言いは大胆不敵な探り屋を演出するためだけのもので。その実、この極上のスイートルームは僕が彼女の喜ぶ顔を見たいがために用意した贈り物だった。

質の良い枕に頬を埋めたままのなまえを傍らに、ネクタイを結い終える。眠る時は何も着たくないというのが本音だけれど、ホテルの個室内とはいえ外界で隙を見せるべきではないので致し方がない。
僕とは異なり、未だ肌を晒したまま、見ているこちらがうっとりとするほど低速なまばたきを重ねる彼女がやや恨めしい。小さな腹いせに、つつつ……、とその一糸纏わぬ蒼白い背筋に手袋をはめた指で触れた。

「なまえ、顔を上げていただけませんか。今日はプレゼントがあるんです」
「プレゼント……?」
「ええ」

その一言で彼女の関心の糸は容易く引けたらしく、僕は満足げに笑みを刻む。
こんな餌で釣れるとは、幼い少女のようじゃないか。
下着をつけ直す気力もないと言わんばかりにマットレスに沈んでいたと言うのに、ぱっ、と弾かれたように躰を起こした。彼女が僕の隣に腰掛ける、その所作に合わせて、瑞々しい胸の双丘が揺れる。これだから放っておけなくなってしまう。かき集めた老婆心で「冷えますよ」とシーツを白い肩に羽織らせた。
満を辞して取り出したのは綺麗にラッピングが施された有名チョコレートブランドの箱だった。リボンを解き、宝箱を開けるように両手で丁寧に箱を開ける――現れた中身になまえの目が輝いた。

「わぁ、おいしそう! ありがとう、バーボン」

微笑みの形を成す唇に触れたい衝動に駆られる。

「僕が食べさせてあげましょうか」
「えっ……」

出来心だ。笑顔ひとつでプランがゆがんだ。
そんな提案をするつもりは毛頭なかったのに。でなければ着替えの際に手袋など嵌めるものか。とはいえこれはちょうど良い。

「手袋はあなたが外してください」

手袋越しに親指の腹でなまえの唇をなぞると、僅かにだが戸惑いの震えが伝わってくる。
押し当てている僕の手を取り、そろりそろりと脱がせるべく自身の手を添えたなまえはどうやら僕の思考を汲めてはいないようだったので。憎たらしいほど綺麗な笑顔を形作って、ヒントをぶらさげる。

「まさか手で、なんてつまらないことしませんよね?」

戦々恐々上目遣いでこちらを見つめた瞳が呆れたように伏せられる。彼女は僕の手を取ったまま、離さず、自身の口元まで導いた。

「僕の指まで噛まないでくださいよ――」

手袋に包まれた指先に緩く歯を立てて、包むそれを徐々に外していく。
噛んで外してくれるようだけれど、顎の力はかなり弱々しい。清潔な純白の布を間に挟んで、生々しい歯の硬さはしかと僕の神経をつついていた。
指先の布を余らせ、そこを噛んでずるずると引っ張れば、あとはもう簡単に手の甲から第二関節にかけてまでもが露わにされる。

「上手にできましたね」
「……悪趣味」
「乗ってきたあなたも連帯責任ってやつじゃないですか」

ちょっとした悪いお遊びに夢中になるあまり脱線してしまったけれど、お目当てはここからだ。

「それじゃあなまえ、口を開けて? ほら、“あーん”ってしてください」

手始めにミルクチョコレート。甘党ななまえの舌を満足させるには足りうるはずだ。

「ほんとにやるんだ……」
「ほら、早く。溶けちゃうじゃないですか」

閉ざされている恥ずかしがりな唇を鍵穴のように軽々とこじ開け、チョコレートを放り入れる。最初は頬を淡く染めて浮かない顔をしていたなまえも、このブランドを気に入ったのか次を要求する眼差しをこちらに送る。
「うん、おいしいですね」ぺろり、と指に付着していた、溶けた分のチョコを舐めとって。
僕はまた次のチョコをなまえの口元まで運ぶ。今度は先ほどよりもずっと素直に唇が開かれたので、かわいらしくて現金な子だと胸中で思う。

「素直でいい子ですね。ですが貰い物のチョコを警戒も疑いもせずに口に入れるとは……。おいしいとわかるとすぐに気を許すんですから。お願いですから、あなたが無警戒に接するのは僕だけにしてくださいね?」

心配になります――、と繋げつつ、返事は待たずにキスをした。重ねた唇からは、香水よりも強くチョコレートの甘い香りが香った。


2021/01/20

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