短編

青い春に起こりがちなあれこれ


春の油断していると眠くなりそうな気候はどこへやら、季節は夏へと進路を変えて猛暑日へと舵を切る。いい加減にクーラーをつけたくなる季節の到来も間近なのだが、本校舎と違いエアコンの設置されていない教室では窓を開ける以外に温度調節のしようがない。その窓から吹き込む風が更なる熱を運び込んでくるのだから、これはもうどうしようもない、逃れられないE組生徒の運命なのだろう。

がやがやと賑わう教室で「暑い」だの「今日は何度だ」だの、暑さに対する文句ばかりが上がる中、一人だけ涼しい顔のまま表情を一切動かさないみょうじなまえはぼんやりと窓の外だけを眺め続けている。
主の帰りを待つハチ公みたいだな、なんて。視界の端でその姿を見つけた磯貝は頭にしなだれた犬の耳を生やした彼女の姿を想像して、くすりとさりげなく笑みを零した。

「何かあるのか? 窓の外」

話を振ったのはほんの気まぐれからだった。提出物を殺せんせーの机に置いて、自分の席に戻ろうと踵を返したらたまたまみょうじの姿が目に留まったから、何の気なしに言葉を投げかけた。それだけのことだ。

「磯貝……。別にそういうわけじゃ、ない、けど」
「けど?」
「何となく」

囁くような小さな呟きを詰まらせたのか、ふい、とまた視線を外された。
横顔から表情を読み取ることは難しい。だが何か考え事に耽っている、ということはそれこそ“何となく”だが伺える。

「午後、小テストだって」

もうそこで終了していたとばかり思っていた会話が再開させられた。

「そういえば。国語だったっけか」
「えっ。……予習する場所間、違えてた」

E組に落とされた理由も、ケアレスミスの多さ故、だっただろうか。
普段の落ち着き具合に反して、大分そそっかしいのだと言う彼女。どれだけ練習を重ねても、いざ本番となればそれまでのことが全部吹き飛び、そこで解答用紙を配られると冷静さを失ってしまうのだそうだ。
いつだったか、本人が聞かせてくれたことを回想する。

「大丈夫。殺せんせーと本番の対策考えたんだろ? 元々成績悪かったわけじゃないんだし、悪いようにはならないよ。……多分」

さりげなく、文の最後にいざという時の責任転換のために付け足しておく。
そうだといいな、と彼女は喜ぶでもなく安心するでもなく、ただ純粋に困ったような苦い微笑を浮かべていた。

***

「信じられるか? あの二人、あれで付き合ってないんだぜ?」

窓際で談笑する学級委員と不愛想少女の姿を指差しながら、短髪の野球少年杉野は羨むような表情で信じられないとばかりに肩を落とす。

「そうそう。他所から見れば友達以上感全開なのにな」

短めのオレンジ髪をかき上げて、プレイボーイとして定評のある女たらしクソ野郎こと前原は呆れを含んだ眼差しで仲睦まじい姿を睨みつけていた。

「でも恋人未満って感じもしない?」

小首を傾げる小柄な緑のツーサイドアップ少女がそう言えば、

「確かに。恋人って感じはあんまりしないかも」

隣で一見すると少女のような、中性的な水色髪が同意する。

友達以上、恋人未満。着かず、離れず、踏み込まず。お互い惹かれ合っていることは他者の視点からでも明々白々だというのに、曖昧な関係性を保ち続けて数か月は経つであろうあの二人。友情を崩さない事には恋愛なんて始まらない。だけど壊すリスクを取ってまで、幸せを手に入れたいとは思わない。――慎重すぎる彼ららしい判断だ、と思う。
きっとこれから先もみょうじと磯貝が結ばれることはないままに、両片思いの初恋は甘苦い青春の思い出として心に残り続けるのだろう。

うん、いいんだ。別にそれだって。
大切な友人の恋愛事情だ、無理にくっつけるような真似だけは絶対にしないと誓い、見守ることだけに邁進する前原は一人頷く。
下心のない幼くも美しい恋心……素敵じゃないか。だけどな、お前ら。
もうじき卒業、あるいは地球が木っ端微塵になってしまうんだぞ。永遠か、しばらくか。それはわからないけど毎日会えなくなることだけは確かなんだ。だからせめて想いを打ち明けることくらいはしようぜ。せめて。
周りが手なんか出さなくても、ゆったりとした自分たちのペースで彼らは歩み、一般的な恋愛の正解には辿り着けなくてものんびり屋な二人らしい答えをいつかどこかで見つけ出すだろう――そう思って今まで何もしてこなかったけど、このままじゃマジで地球終わるから!!
無自覚なまま「中学の時は磯貝君と良く話してたな…」「そんなに話してたわけじゃないけどみょうじとは結構仲良かった気がする」っていう綺麗な思い出で終わらせるのだけはやめてくれ。
身勝手な理由ながら、そうでなければのんびり過ぎる彼ら二人を見守り続けた前原が報われないのだ。

「やっぱり好き合ってるよね? 私たちで背中押して上げた方がいいんじゃない?」

緑髪少女の提案に、今までなら断固として反対していた前原だが、もう遠慮なんてしないと何かが吹っ切れたように大きく頷き同意した。
ひとまずは、放課後みょうじと磯貝を二人っきりにさせるところからだ。


それがないのも青春だって、確か誰かが言っていた
(それにしたって虚しすぎ!)


2016/08/20
本人たちを差し置いて周囲が盛り上がってしまい二人をくっつけようとする御話が好きです。

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