短編

×××エンカウント


※『殺せんせーQ(クエスト)』ネタ

僕らE組の学び舎はクヌギガオカ魔法学校の本校舎から切り離された丘の上。
通学路なんて名ばかりの入り組んだ迷路は恰好のモンスター出現ポイントで、経験値稼ぎにはもってこい。光と影の入り乱れる地面を踏みしめて、人の道から外れた登山道を切り開き、下界を目指す。
時に発達途中の魔法をぶつけ合って、時に隙を見て逃げ惑って。魔王が教卓に立つようになってから自分の中でぐんぐん育ち始めた向上心は何よりもの成長促進作用を持った肥糧だ。頭角を表し始めた同級生に負けないようにと少しづつだが自分も隠れて努力を重ねる。
そんな小さな冒険を拾い集める通学路、

「お兄さんこの辺りのひと?」

その人は、突然に現れた。

全身を覆い隠すマントは冒険者の証だが、それにしてはやけに幼い。12歳、13歳といったところだろうか。
ひょっとしたら茅野よりも低いのではないかと思わせる目線の位置は、明らかに自分よりも年下のようだが、顔立ちや振舞いから零れる雰囲気といったものは穏やかで、実年齢を掴ませない。
不思議な子だった。

「それ、なに?」

自分のステータスを確認しようと指先で開いた窓を指して。

「え、これ? ウィンドウだけど……知らない?」
「うん。初めて見た。どうやって出すの?」

唖然。装備の取り換えやステータスの確認、その他諸々のことは大抵この窓を使って済ませるのが常識だ。魔物はびこるこの世界で生きていくには、この少女はあまりに無知過ぎやしないか。

「ウィンドウは、こう、手に力みたいのを集中させるっていうか……」
「うん」
「すぅって空中で指を滑らせる感じで――」

しゃらん。と心地の良いサウンドが鳴った。

「出た! 出たよ、お兄さん」
「それはよかった、けど」

この子は今までどうやって生活していたのだろう。
こんな小さな女の子一人をダンジョンに放り込むなんて親はどうかしている。

「お兄さん、名前なんていうの?」
「僕? 渚だよ。君は?」
「なまえ。渚は名前まで女の子みたいだね」
「はは……そうだね」

制服姿だったから“女みたい”の域で済まされたのだろうし、私服だったらと思うとぞっとする。
ひとまずこの子から事情を聞き出すところから始めなければならない。そう思って口に言葉を滲ませかけたとき、背後に嫌な気配を感じた。
がさ、と草藪から姿を現したのは、スライム。自分の肩越しに後方を見遣り、確認した敵の種族名を唱えた。

「モンスターだ! なまえちゃん、下がって。ふ、ファイアー!」

懐から引っ張り出した木の棒の先端から掛け声と共に微力の炎を放つ。が、ジェル状の体は器用に火炎弾の合間を縫って移動し、突進の勢いを緩めることはない。
ちら、と自分の後ろに隠したなまえちゃんを見る。彼女がウィンドウを開いた際、ステータスが目に入ってしまったのだがレベルは1程度。大差ないといえど自分は2で彼女よりも上だ。
見境なく暴れまわるドラゴン系のモンスターでない限り、弱い方、弱い方へと攻撃対象を変えていくはずだから、注意を引いて対象を自分に向けさせることが先決だ。
少女を、護るために。
ぐっ、と棒を握る手に力が籠る。
注意を引くっていったって、どうやって……。
迷いを捨てきれないまま、真紅に燃える弾丸を打ち込んだ。しかし結果は全発はずれ。

まずい、まずいまずい。やばい……!!

大きく利き手を振りかぶる。鈍く銀に煌めいたのは握りしめたナイフの刃で、切り裂いた部分から柄を持つ掌にまで、にゅるん、とした特有の衝撃が伝わった。
べったりと地面に叩き落とされる、真っ二つに裂かれたスライムモンスター。まさか直接的な攻撃がとどめの一撃になってしまうとは。自分の運の良さが恐ろしい。
よくよく見れば残量HPを現すバーはレッドカーソルに留まっている。このスライムもとても動けそうな状態ではなさそうだけど、念には念をと棒を振って火を出した。

『渚は スライムを たおした!』

「渚ってすごかったんだね」
「うん…」

おかしな点がひとつあった。
火炎の中で消滅したスライムが、その目に僕だけを映して突進してきたことだ。まるで彼女なんて最初からここに存在していないかのように。

「ねぇ、君って」

君って何なの――?
放ちかけた言葉を遮るように、一陣の風が木の葉を散らす。

「渚もバグっ子なんでしょ? 私とおんなじ」

髪を揺らす嫌な風。木々が騒めく。この子の傍にいてはいけない。直感が何かを悟ったように告げてくる。
更なる風が彼女が纏う布を持ち上げる。瞬間、そこから覗いてしまったものに息を呑んだ。
本来ならば人間の歩行手段である二つの足が伸びているはずのその場所には、何もない。虚空だ。


「私、幽霊だよ」



――正体見たり、ってね。


2016/08/11

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