短編

空虚なわたしを好きだって言った。なにもないのに、本当にここには、血肉のひとかけらだってないのに。


「君がどれだけ僕を好いてくれているかが、僕には手に取るようにわかるよ」――それこそ、きっと、透明な水槽のなかに飼われている私の心臓を覗くくらいに、易々と。

「それはそれは夢のような恋心だとも。芯はありながらも、すぐに揺らいでしまう儚さ。慈愛のように人を包み込む母性的な愛ではなく、僕を求めたり僕に望んだりをする……ささやかなわがままを孕むもの。かわいらしく、わかりやすい、如何にもな“恋”だね」

マーリンが人差し指をくるくると動かす。蜻蛉の目を回す所作とそっくりだ。
その千里眼は人間の心さえ見通す望遠鏡、ではなかったはずなのに。
淀みなく述べられるレビューは、いかんせん詠唱のように紡がれているものだから心奪われそうになるけれど、実のところは非情甚しい。
だって人間の感情なんて――ましてや愛情や恋情なんて、第三者が評論すべきものではない。
けれどもマーリンは私に触れる都度、「君の好意は心地いい」なんて斜め上からの賛美を浴びせてくるので、この頭を掻き毟りたい衝動にも慣れたものだ。

「……マーリンのメンタル食レポって結構うざいけど、食レポできるレベルでマーリンは私の気持ちを把握してるってことだよね。それが不思議、っていうか、変に思えるんだよ」
「一人の少女の恋情だろうと喰らうのが、人の精神に寄生、そして依存する私の性だ。だから弁明することもないのだけれど、聞いておくとしようか。――変、というと?」
「恋愛って、もっと恋心が相手に届かなかったり、考えが伝わらなかったりして悩むものだと思ってた。だから今、夢魔の君に百パーセントメンタル把握されてるのが不思議っていうか。マーリンの気持ちはどうあれ、キスもしてくれるでしょ? これだけスムーズに私の気持ちに応えて貰えてるって、おかしいんだろうな、普通はありえないことなんだろうな、って」
「……凡そ君もお察しのところだろうが、私がこうして君の気持ちに応じているのも、君の心を満たしてあげることが私の利に繋がるからだ。人間の幸福が美味だから、だ。無論、君と過ごす時間が不快ではないから、というのもあるけれど。そんなものだ。
私の半身が人間ではない以上、私達は根本的に別存在だ。ありきたりの――衝突したりすれ違ったり、でも最後には結ばれたりという――関係性を望んでいたのだったら、応えるのは難しい」

難儀な仲だった。不憫な実り方をした恋だった。
万華鏡みたいに入り乱れた心情も、鼠のそれみたいに速く駆ける鼓動も、夢魔の嗅覚に嗅ぎつけられれば隠せはしないのに。そのはずなのに、マーリンとは人間の友人と同様にコミュニケイトすることができない。

「なんていうか、虚しい。って思うときがある、んだよ」
「嗚呼、君からすればそうなのだろう、無理もないさ。私と共に過ごすことを不毛だと思うかい?」
「ちょっとは。言いたくないけど、搾取っぽいでしょ?」
「ふむ。純情な君の好意につけ込み、あまつさえその情を養分にしている私は、謂わば寄生虫とも捉えられてしまうねぇ。参ったな」
「逆だよ。人間の精神性が糧だっていう君の性質と、仕えるのは自然なことだって言ってくれたマーリン自身を利用してるみたいだってこと!」
「なるほど、でもそれなら尚のこと君が気に病むことはではないさ。虚しい、という思いまで否定する気は無論ないけどね。
――いいかい、マスター。もしも君が空想を踏み倒す旅を終えて、あるべき歴史に還り、カルデアを去り、かつての普通の生活を再び営むことになったとして。普通の恋人を作り、普通の恋愛をするとしても、必ずそこには利害が介在することになるだろう。
みずからを愛してくれる相手だったから、愛するのかもしれない。おのれが愛した相手だから、身体を許すのかもしれない。愛せると思える相手だから、愛するのかもしれない」
「……」
「見返りや打算といったものを疎まずともよいと、僕は思う。だって、悪くはないだろう? 今の関係」 

一寸先からは奈落が始まる。踏み込めば堕落だ。

「悪くはないけど」
「だろう?」
「絶対うまいこと丸め込んだよね?」


2020/05/04

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