短編

きみだけのパラサイト・ミー


熱視線が自分の肩のあたりを掠め、しかし貫かず、僕の隣の人物の笑顔を穿った。客席から弾道線のように今尚なまえさんに注がれる視線は、仄かに甘い薄桃に色づいており、気の違っていそうもない、純な恋慕らしいが。気持ち悪いな、と真横からの邪魔なそれを尻目に捉えて羽虫のように忌む。

「なまえさん、少々よろしいですか?」

さも手を貸して欲しいというような眉を下げた笑みで耳殻に囁きかければ、はい、なんですか、と揃えられたエプロンを翻してひょこひょこと家鴨の子は僕に続く。これではいつ何処でどんな輩に路地裏に招き込まれるとも知れない、随分と危なげな恋人だ。
店の奥に通ずるドアの中浅くの、丁度ぴったりあの客席からの死角と視界の狭間に誘い込んで、なまえさんの唇を盗み取る。嘴で体温を啄ばみつつ、横目に伺った件の客は、密やかで幽かに背徳的な――僕としては曝け出して見せつけているつもりのキスシーンに瞳孔を皿のように開かせ、コーヒーカップ片手に硬直していた。そいつと交わる自分の視線は、間違っても手を出そうなんて考えるなよ、と眼光で威嚇し押し返す。羽虫とは女性に知覚させずに後ろ手に潰しておくものだ。
そんなことは朝露ほども知らないで。

「バイト中はそういうの無しって……」

言っていませんでしたっけ、と熟れた林檎の頬のなまえさんは尻すぼみ。

「すいません、つい……。可愛らしかったものですから」

悪怯れているのやらいないのやら。横恋慕への牽制とはいえ利用した事実を申し訳なく思い、撫でた前髪にとびきり甘く口付ける。


2018/05/03

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