短編

よければ一緒に溺れませんか


「なまえさんの喜ぶ顔が見たくて」

はにかみは微か、それ以上に余裕めいた微笑みをひとつ、ふわり、とさせて。
わぁ、なんでしょう、って。毎度ながらわくわくと包み紙を花開かせ、罠に脚を浸しに行く自分も我ながら馬鹿らしいと罵りたいけれど。だけれど毎度値段にこうべを垂れたくなるような品を贈れる安室さんの財力とは一体どのような源泉だというの。
粗品ですが、とでも言いたげに手渡されるけれど、涙でも血涙でもなく、眼球がほろりと転がり落ちそうなほどに高額なアクセサリーだ。私でも一度は小耳に挟むような、名高い女性向けブランドの。
私立探偵兼フリーターなんて繕われても、ほぼ毎回のように贈呈もとい押し付けられる一級品の数々に圧倒され、もしや臓器売買ソムリエみたいなことをしているのではと心臓の裏側で不透明な“本職”の存在を憶測する。安室さんご自身の持ち物もさり気無く良品のようであるし、彼が師事する眠りの小五郎にもとんでもない授業料をコンスタントに落としているそうである。このままでは私ってアントワネットでしたっけと首を傾げたくなるような婚約指輪に薬指を縛り付けられ兼ねないと、危惧をして。
一体どこの世界に斯様なアラサーイケメンアルバイターがいるというのか。事実上この世界に、それも私の眼前にいらっしゃるわけだけれど、私の眼界だけがこの世から切り取られた異界だとでも言われない限り到底信じられない。
恐ろしい。
しかしながら、ふふ、と微笑を湛えるその人の小麦色の笑窪にはやはりうっとりとしてしまうから、微笑まれれば疑念は融かされて有耶無耶だ。

「僕も、何も貢ぎ倒したいわけではありませんよ。ただ、ほら、何かをこうして贈るとなまえさん、とても喜んでくださるでしょう。ですから嬉しくなってしまって。僕はあなたに笑顔でいて貰いたいんです。まぁ、結果的に物に頼ってしまってはおりますけど……。それとも迷惑でしたか?」

眉を下げられると従来の大きな瞳のベビーフェイスが濃ゆめられ、更に畳み掛けるようにそこにしょぼくれた仔犬の影が重なって、ここで突き返すとまるで私が悪者のようで、何より良心がひくついてしまって、喰い下がれず。ついつい、滅相も無い、なんて。まぁ本心のひとかけらではありますけれど。
悪い男に捕まっているんじゃないか、という疑念は恋慕でくるんで確信には昇華させず、胸中で温め続けながら、贈られ続けているプレゼントの貝塚にまた一つ新たな品を重ねる。
安室さんの手で飾られていくのはこの見だけではなくって、満たされていくのも部屋には留まらなくって、胃と腸に至るまで鷲掴みにされている。ご馳走になる手料理が細胞を作り替えて、どうしようもないほど私は染められていくのだ。
でもこうも一方的に頂いたり、ご馳走になったりばかりでは忍びない。
骨を覆い尽くす脂肪組織が存在感を強調して、脳裏で喚いてもいる。
けれどあんな風に言われてしまっては仕方がない。
「喜ぶお顔が見たくって」――それ以外にも、「心配くらいさせてください」「可愛いなまえさんのためですから」などなど。生憎私に効果覿面な免罪符は盛り沢山で、その数を把握されているどころか彼の手で増やされる一方で。
外堀やら細胞の隙間やらを埋められたり敷き詰められたりしているうちはまだいいのだ。問題なのはそのうち許容量を超越して、私がせっかく注がれて頂いたものを取りこぼしてしまうのではということで。


2018/05/02

- ナノ -