短編

楽園センセーション


喫煙者の俺とならキスの一つでさえ、なまえは受動的に肺を壊されているにも等しい――改めて認識を脳味噌の片隅に転がしてみると、征服欲に波波と水が注がれてたちまち満ちる。
質のいい執務室の壁である、下手にこいつを喘がせなければ通りすがりの構成員に幹部様のセクシーな秘め事を悟られはしないだろう。
執務用の椅子に座した俺の膝に体重を預け、俺より座高の高くなったなまえの双眸を仰ごうとした。お行儀良く瞼の下りたそこと搗ち合わないのが物足りないが、口腔から上顎をどやしつけた際に睫毛を震わせたのを認め、満足した。
刹那、俺たちのラヴシーンに対して軽快に茶々を入れてくれたノック音。「糞……」と虚空に悪態をぶつける。
それに心臓をびくつかせたのは俺ではなくなまえの方だった。当然だ、この見るからにぼくたちわたしたちいちゃついていますな現場を目撃されたとして、色々なものが危ぶまれるのは俺ではなくなまえの方なのだ。先ほどまでの乱れは何処へやら、顔面を蒼白させる恋人を気の毒に思い、彼女の震えを帯びた後頭部に手を差し込み、自身の肩口に埋めさせ、万が一にも顔を見られないようにと庇う。
「何の用だ」扉の向こう側に向けて発声。
幸い訪問者は部下であったらしく、「書類にお目通し頂けないかと思いまして。お願い出来ませんでしょうか」と緊張感にやや打ち震えた声色で要件を述べた。
「今開ける。少し待ってろ」
顎をくい、としてなまえには執務机の下の空間に身を隠すように指示を出す。唇を引き結び、米神から冷汗を伝せているなまえは無言でこっくりをした。俺の起立した際の衣摺れ音と足音に紛れ、机の中に潜り込む。

事実上何の罪も有してはいないというのに、俺に怯える羽目になった哀れな部下くんが立ち去ると、俺は机の下を覗き込んで。
にたり、と。
「気分変えて、ここでしてみてもいいんだぜ」
「な、何をでしょう……」
「わからねえとは言わせねぇ。いや、それとも、実演して教えてやるか?」
丸呑みにする気満々の蛇の舌舐めずりで、自分のクロスタイに指を引っ掛ける。


2018/03/25
中也さんは庇ってくださいそうです。

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