短編

深夜のアジア


怖いか、不安か、などと。問うまでもなかろう、野暮であろう。
なまえの喉の震えが声音になる。指先の震えは畏怖の証である。

「私、多分かわいくは鳴けませんし、抱かれるのも、絶対に下手糞です。おまけに見てくれも悪いのに。退屈なさいます、きっと」

多分、絶対、きっと、と来て、最後には自虐だ。

「だって土方さんが今まで相手になさってた女の人――」

ハァ、と俺は堪えきれずため息を吐いた。
ね、そうでしょう、と重ねる彼女。
俺の女遊びがたしなみの域を出たことはないが、とはいえ宴の席で芸者に囲まれていた姿は幾度も目撃されているはずだ。一時作った過去の恋人との関係もおかしなものではなかった、とはさすがに紡がなかったが。
甘ったるく慕ってくる女共とはその場以上には仲を深めていないのは事実であり。そもそもが汚れることも仕事のひとつといっていい。邪な側面や猥らな側面を抱えていることは否めない。故に今更繕う事もない。

「そうだなァ。でもてめぇにそんな娼婦みたいな真似は求めちゃいねぇんだよ、俺は。ただいつもみてーに――いつもより多く、長く、触れてたいってだけだ」

それならば。

「単純なことだろ?」


爪は立てない。牙は剥かない。綿菓子を溶かすようなキスだけを、なまえの総身に繰り返し教える。俺が唯一紅色の痣を残したのは人目を忍ぶ腰だった。
彼女の双眸同様にうるんだ胎内の、肉の壁を掠めると、ぴんと張る正直者な足の甲を一瞥し、指をまた一本多く咥えさせた。
脚を割られた嬌羞も、突けば飛ぶ。互いの細胞同士が擦れ合い、快感が生じる瞬間を数えては浅く熱く息吹く。
手の届く距離で星の散る、眩む眼界でなまえが俺に呼び掛けたような気がした。

「どう、しましょう……土方さん……っ。わ、たし……」
「……――っ」

救いを乞うが如くこちらに伸ばされるその手を、俺は迷わず握っていた。初恋の少年のように果てしなく胸を締め付けられながら。
処女の扱いは心得ていたが、いじらしい仕草には初心よろしくどぎまぎとさせられた。狂おしいほどに抱き潰したい衝動に駆られてゆくのを耐える。冷静であるよう、割れんばかりに騒ぐ脳に呪文をかけて。
王子様など柄ではない。ただ自身の荒ぶりにたいして懸命に下手糞な子守唄を紡ぎ、追い遣りながら、いたいけな純な女を腕に、爪を隠す。


2019/12/12

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