短編

はなのかんばせにぶっかけたい


「まず、このあたりが肩ロースってとこでしょう?」

触られた肩から肩甲骨にかけてをにたつきとともに触られると、まだ爪も立てられてはいないのに、鼓膜か心臓は刺突されたように亀裂を走らせた。
沖田さんの指は、その美少年然とした相貌には似つかわしくない肉刺の凸凹を抱え込んでいる。凡そ少年とは縁遠い、剣を握る人のものでしかない手に、おぼろげながら彼が血みどろな別世界の住人だったのだと知らしめられた――けれどそれも束の間の浅い夢みたいなもの。
無骨な手つきで、彼は私の背筋に羞恥の墨汁を滲ませていく。
つつぅ、と背骨を流れ星を描くようになぞり。

「そんで、ミミ。コリっとしていやす、軟骨なんで」

沖田さんは私の耳に歯を立てるのだが、こちらの危機意識としては肉食獣に手毬として遊ばれている感覚に近いだろう。なにせ噛まれた際は、コリ、という軽やかな音ではなく。血管が千切れ皮膚の爆ぜる、ガリッ! という破壊の音だった。ひぃん、と私は情けなく肩を竦める。

「……で、背骨だろィ。この両端はロース。覚えたな、覚えたろィ。忘れたら承知しやせんぜ」

ぐにぃっ、と沖田さんは私の背中まわりに居残る贅肉をつまみ上げた。
花に喩えて口説いてくれとは差し出がましいことは望まない。しかし毎夜帯を解く女の肢体を家畜にみたてて勝手をされるのでは涙ぐむのも必然だろう。

「って聞いてんのかい、あんた」
「は、はい」

俯せで自身の額を枕にくっつけていたので、彼を振り返るにもブリキ人形のように骨を軋ませながら首を回さなければならなかった。
目線を沖田さんと等しくすると、それでは足りないと言わんばかりに躰をひっくり返される。中途に剥かれて下肢に纏わりついているだけだった寝巻が薄い衣擦れの音を響かせた。

「舌だせ、雌豚。あー、いっけね、間違っちまった。タンでさァ、タン。出しな」
「いや、舌であってました……」
「なあに口答えしてんだ、噛み切りやすぜ」

睫毛も触れかねないほどそばにある幼げな澄まし顔。べえ、と無恥かつ無気力に差し出された沖田さんの舌。舌に絡んだ唾液のぬめりを、てらてらとしたひかり方を邪な眼差しで見つめつつ。促されるまま私も真似る。
互いに突き出し合った舌を宙で繋げると、今にものみくださんとして忽ち口腔を突き刺される。瑞々しく、小宇宙のように不明瞭な狭い体内を、私は一方的に捧げる形で征服された。
本当ならば食べ物を噛むはずの器官から、流れ込んでくる他人の吐息と体液を受け止める。
初めて夜を交わした日なんて余裕を欠いて随分と表情筋を崩していらしたのに。いまや私の息がはずむ箇所は故意に外して、そうやすやすとは飴玉など与えてくれず、あまつさえ雌豚と呼称する始末である。

「豚足」――寝巻の裾を暴き、まじまじと私の肌を眺めての言葉だった。
「うるさいです」
「確かにまぁあんたは大根の方が似合いまさァ」
「……土方さんの気持ちもよくわかります。私が武士だったら絶対斬りたくなりましたよ」
「情事に他の野郎の名前出すたぁ……――それもよりにもよってあの野郎たぁ――とんだ減らず口なもんで。」
「減らず口ってどちらがですか……」

沖田さんの、薄い皮の、薄い色素の唇に親指を這わせて、こびりついていた悪舌を拭うように愛でた。


2019/12/11

- ナノ -