短編

シュガーウイルス


「もしもオレがオウムだったら、マネ子ちゃんどうする?」

百さんの金魚草のような口数の多さ、人との関わりを愛するお人柄は確かに鸚鵡らしい。人の掌の上で頭を揺らし、首を傾げ、指に擦り寄る様子と、ぱちくりとつぶらなおめめは容易に脳裏で描き出すことができ、私はくすりと笑んでしまった。
突拍子の無さで突拍子のない事を突拍子も無く無邪気に問われることにも、数を乗り越えすっかり慣れた。
どうしましょうか、などと応じる自分の声音は、『唐突』が体に馴染みつつあることを示す。

「そうですね。飼うのでしたら室内は可哀想です、半分くらい放し飼いでしょうか」
「だね。鳥になってもオレはアウトドアだろうし、色んな場所に飛んでいくだろうなー。でももちろん最後にはマネ子ちゃんのとこに戻ってくるよ!」
「ふふ、よかったです。もしも飛んで行かれたままだったら寂しくってたまりませんから」

毎朝必ず触れて甲斐甲斐しく手入れや世話をしたいと思わせる魅力は、翼を生やした程度では損なわれない。それどころかより研がれて磨きがかかるだろう。自分は早まって羽根をもぎやしないか、緊縛してしまいやしないか、文字通り籠の鳥にするのではとこちらが冷や汗をかかされるくらいに。

「嗚呼、百さんならきっと、お外の方と関わって、私が知らないうちに沢山のことを吸収するんでしょうね」
「オウムのモモちゃん、外でどんなこと覚えて帰ってくると思う?」
「誰かの口癖か、不謹慎なことって相場は決まってますけど……」
「不謹慎かー。もっと愛を囁いたりしたいよ〜」
「千さんに?」
「そりゃあね! って、いやいや、ダーリンは勿論だけど愛しいご主人様はマネ子ちゃんでしょ? オレしつこいくらい大好きって言っちゃうし、なんならオレの方が新しい言葉を教えたいくらいだよ! それに外に行くならお土産だって必ず持ち帰ってあげるし!」

「なかなかのジェントルマンでしょー?」とカラコロとベルの如く陽気に楽しげに百さん。
ジェントルマンです! と、喝采まではいかないまでもパチパチと私は手を打ち鳴らす。

「あれ、でも確かペットのお土産って……悪い予感が……」
「鳥だから虫くらい食べるかもね。マネ子ちゃんにはちゃんと木の実とか獲ってきたげるよ」
「そうして頂けると心臓に優しいです」

忌まわしい土産を携え、喜々として羽ばたく鸚鵡の百さんへと、地上の人類から気まぐれに投じられた『不謹慎』に気まぐれに彼女が耳を傾けたなら、忽ちその瞬間は百さんが学ぶ機となる。血みどろであったり足が複数であろう土産物を、湾曲した嘴から私に捧げ、丁度よく唱えてくださるやもしれない。故昆虫――いまはおねんねしてる――元虫だよ――などと鳴かれるなら大層愉快なものだ。古びたスケッチをなぞるかのような手つきながら、見事に脱した、最高のブリティッシュジョークへと変貌するだなんて。


「オウムになってもそんなオレからさ、ひとつきりでもいい、マネ子ちゃんが何か学んでくれたら最高なのにな」

種族名を改めてまで誰かに与えたがるのは職業病と称していいのだろうか。
翼が生えてこなかったところで、百さんも彼らも奏でて魅せて震わせられるひとであり。片割れの方の語彙に影響を響かせている。それ以前に。
百さんが、カラコロ、あたたかくベルを鳴らしたことで、言葉を音色を奏でる事を棄てずに、きつく握り直した人物だって。


2018/09/27

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