短編

シャングリラの申し子


「はい。番組にお招き頂きました事、九条も喜んでおりました。御縁がございましたらまたお願い致します。失礼致します」

通話を終え、緊張から解き放たれると安堵のひと息。ゆうるりとした所作で携帯端末のスピーカーを耳から離した所で、天さんの視線に気がついた。どうかしたのかしら、と首を傾げる。「如何されましたか?」と問うてみる。

「ボクの事、呼び捨てにしてたでしょ?」
「あ……ごめんなさい、気分良くありませんよね。次からは表に出て……」
「そうじゃない。珍しいと思っただけ。キミ相手には馴染みないから」

うっかり敬語や、ましてや敬称など外してしまえる訳もない。私が此方の事務所側の人間として相手方にへりくだる機会でも無い限りは、こうして天さんを自分と同等かそれ以下の存在のように扱う事は許されない。馴れ馴れしい、もとい、フレンドリーな接し方など以ての外だ。

「ねぇ」
「はい。なんでしょう」
「一度やめてもらえる? さん付け」
「えっ、えぇ?」

素っ頓狂な声が飛び出てしまうのも胸中を反映しているのだから仕方がない。
む、無理ですよ、そんな、と。恐れ多い、とも。私はやんわりと拒否させて頂いた。しかし結局、天さんの威圧的で魅力的な眼差しに押し負ける形で、彼の名前を唇に乗せる事となる。

「…………天」

頭のてっぺんから足の爪先まで、指の先の隅々まで、血液がくまなく巡る。
声を絞り出したなら、もう。魔法にでもかけられたみたい。呪文が魔法の引き金だと云う認識が誤りではないのなら、唱えたのは私の方であるはずなのに――まさしく彼の名前は魔力を高める不思議な何かのような気がするから。
ぼっ、と。ついに点火、どころか爆発してしまいそうになる。

「天、くん」
「よくできました」

もう恥ずかしくなってしまって後ろに“さん”も“さま”も添えられないならせめて、と。申し訳程度にフレンドリーな敬称をくっ付けてしまったが、許して欲しい。天さ――天君自身がこうして不出来な私の出来をお褒めくださっていることですし。


2017/12/04

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