短編

言葉は甘く聖夜に溶けた


お祝いをしようって約束を交わした。幸せにしてあげようって性別的には逆かもしれないけど、自分に誓った。
この人に今までで一番の笑顔を見せて欲しくって、ずっとずっと考えていたことなのに。

「……ごめんね、シルバー……」

誰とも知れない神様がこの世に命を授かった日の前日によって、計画は丸潰れ。注ぎ込んだ努力も時間も水の泡。
誕生前夜じゃないか。現代ではただカードを書いて、プレゼントを交換して、美味しいものを食べて、そんな自らを写真に収めて。自分のリアルはこんなにも充実しているのですよ、と世間にどうでもいい個人情報を得意げに晒すためだけの一日。
神様とは無縁の地方民だが100歩譲って当日の素晴らしさは認めよう、でも、24日ってそんなにもおめでたい?
この日生を受けた人なんて知らんぷりで、騒ぎたいだけの人々に金を使わせるイベントが優先される理由って?
確かに誕生日なら毎年毎年地球が壊れでもしない限り必ず巡ってくるけれど。だけど彼にとってのこの日はただの生まれた日ではない。今まで自分の生まれた日すら知らなくて、祝ってくれる家族もいなくて、幸せの色に満ちた世間を横目に流していた彼が初めて主役になれる、そんな12月24日。

「クリスマスじゃないケーキ、どこも売ってなかった」

ごめんなさい、白い吐息に溶け入る声はどこかに震えを帯びていた。何が何でも買ってこいと使わされたわけでもないのだから反省の必要も無いのだが、意気込んでいた過去の自分の張り切りがそうさせる。
ぱふぱふ、黒い手袋に包まれたシルバーの手が私の肩に積もった粉雪を払い除けてくれる。
やはりぎこちなさは変わらないけど、あの頃だったら考えられなかったシルバーの気遣いにきゅっと心臓が痛んだ。周りを気にかけられる優しさを身につけられた彼だから、やはり人と違う自分に悩むこともあるんじゃないか、って。世界に置き去りにされることに寂しさを覚えるんじゃないか、って。だからだ。もしかすれば作られていたかもしれない思い出の分まで、寒空も忘れてしまうくらいの温かな誕生日を過ごさせてあげたいと私が願ったのは。

「オレは気にしない」
「私が気にする」
「気持ちだけでも十分嬉しいんだ」
「お祝いしたかった」
「来年があるだろう」
「もしかしたら無理かもしれない」
「おめでとうの一言でも言って貰えればそれでいいんだ。そう簡単に世界は滅びない」
「毎回毎回図鑑所有者が関わると地方滅びかけるじゃない」
「否定はできないのが辛いところだな」

薄く浮かべられているのは冗談めかしたような微笑み。他人から見れば小さな変化に変わりないけど、たった数年――たった一度の、たった一人の男の子との出会いで、彼はここまで変わったのだ。そう思うと、何だか。
水膜を作った瞳とは反対にかっと目頭が熱を持った。ずずず、とどこかのおしゃれ小僧の言葉を借りるなら、美しくない鼻の音。

「正直に言ってしまうが、オレはただ一緒にいてもらえればよかったんだ。誰かとこうして過ごせること自体が、嬉しい」

――それがなまえなら、尚更な。



クリスマスなんて糞食らえ。
それは言わずに心の奥にしまっておこう。シルバーのためにも。


2016/12/24

- ナノ -