短編

ロジカルくん


記憶を取り戻した後の色欲くん。

「かわいく、なりたい」
「どうして?」

私が語散ると、酒場のテーブルを挟んで正面に座していたゴウセルはこてんと首を傾げた。動作に合わせて艶やかなラズベリーピンクの髪は流れ、隠していた輪郭を露わにする。持ち上げた視線がぶつかったのは、相手の酷く重たそうな厚みのあるレンズの奥の、心の淵に手を掛けて底まで覗き込んでくるような琥珀の双眸。私は口を尖らせる。

「……わかってる癖に……」
「わからないよ。」
「どうして」

今度は私が同じ言葉で問う番だった。

「むやみやたらと心を覗く訳にもいかないだろう? お前は女性だから尚更に」

心の中は守られるべきだ。誰にも他人の本心を代理で吐露してしまえる権限など無い、と。それに会話を楽しむのも好きなんだ、とも。男性的で、無機質で、それでも近頃になって随分と和らいで、人間らしくなった彼自身の音色で紡ぐ。

「あなたがそれを云うの? 以前は誰彼構わず魔力を行使していたじゃない。」

私の拗ねたような言葉にゴウセルは至極人間的に悪怯れたような表情になった。

「……なりたいのよ」
「かわいらしく?」
「そう」
「どうして? なまえは十分に美しいよ」
「――」

何を言った。
喉に何かを詰まらせてしまったかもしれない。思ったけれど、自分の喉元からはひゅっと空気の抜ける鋭い音がするだけだ。
何を云う。さらりと言い放たれたとんでもない賞賛は咀嚼がうまくいかなくて、私はどこへ向けたら良いのかわからない行き場無い視線をふらふらと彷徨わせる。

「ほとんど左右対称の顔のつくり。愛着を持ちやすい大きな瞳に、ベビーフェイス。多くの人間が整ったものだと認識する顔立ちに、とても近い。綺麗だよ」
「…………。そういう問題じゃないのよ」
「じゃあ一体どういう問題なの?」
「誰が見ても綺麗って思ってくれるようになりたいの」
「さっき言ってあげた通りだよ」

そうじゃ、ないのよ。
私は道行く人々から視線を顔に集めて独り占めをしたいわけじゃない。それにゴウセルの先ほどの言葉も気休め程度の働きしかしてくれない。なぜならば。

「……ゴウセルは私をきれい、とか、思ってくれるの?」

なぜって――彼の唱えたロジックが必ずしも人形にも適用されるとも限らないじゃない。
だから不安は加速して、もっと美しく生まれたかったと嘆いている。

「知ってる? 笑顔でいる方が、人間は好まれやすい。お前の望むかわいらしい人にもきっと近づけるよ。少なくとも俺は笑っているなまえを好ましく思うかな」


2017/10/04

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