短編

あいしたいと泣いている


色欲さん。

むかし、むかし。と、そんな決まり文句から紡がれる御伽の世界の住人は、どうしてあんなにも愛と幸せに満ち溢れているのか。
悲運な灰被り少女の序盤に違わず、夢想が延々と続くわけではないが。ヒーローやヒロインの華々しい人生の中に織り込まれた、嫉妬、殺意。美しげな演出を引き立てるように綴られる、人間の綺麗なだけではない心を知ることで、感情というものに触れられるような気がしていた。
生まれたての純真無垢な心を持つ人形は、愛を知らないばかりではなく、哀にも、憎悪にも、何にも触れたことは無いから。空想の織り成す世界を旅したがるのは、それ故だろうか。本を開き、頁をめくり、創り上げられた世界に降りて行く。話運びに、言葉選びにあるはずもない心を動かされている気になる。

「お前は俺を愛せるか?」

御伽噺の恋物語の中で、姫が必ず巡り会う王子。運命が引き合わせる必然の恋。――そんな幼稚で甘やかな夢に、少し、関心があった。

「何を言うの。愛されているわ、あなたは。きっとみんな好きよ」

夢想家の乙女の如く、夢に見ている。自分を愛し、自分もまた愛せる人間が現れるのを。

「……私も、まだ愛し合える人と出会ったことはないの。ゴウセルもそうなら、もしかしたら、私達がそうなのかもしれないわね。……なんて。そんな考え方もできない?」

待っている。色彩を持たないこの透明な世界を染めてくれる人間を。己を何者かに変えてくれる人間を。待ち望んでいる。
彼はまだ導き手を、待っているところだから。


2017/09/10
BGM:「0-week-old」(ファルル/CV赤崎千夏)

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