短編

魔法少女撲滅隊


またもや俺は、迫るおしまいに焦燥している。
もう時期差し掛かる分かれ道が、繋がれない手と手の虚空を目安にして、二人を絶とうと待ち構えていた。家との間に在るあの憎い第一の終着点は、紙片に鋏を滑り込ませるように容易く俺となまえを裂いてしまう。
不意打ちのエンカウントなんかじゃあない、日々当たり前に予期していた終着点だから、逆算でもして願いを表せていたならきっと今頃羽が生えたようにふわふわ浮かれていたことだろう。だというのに俺の手にこの女子の体温は一度だって触れたことは無く、今日もこの時間の生温い風が私の寂しい指先を舐めて嘲るだけだった。
手の繋ぎ方、ってなにもハウトゥーを尋ねているのではなくて。告げて以来数日、ずっと温めて寝かせてきた願い事が、満を持して舌先から零すみたいに落とせそうになっているのですが、いったいどうしたらいいんですか。どういった心持でいればいいんでしょうか。
あの日好きだの一言で今世紀の一世一代を使い果たしたような気ですらいたのに、それなのに。またもや、だ。一体一世一代を何度繰り返せば、人生様にご満足いただけるのだろう。
そのとき。あの、と横から声がする。俺の目線よりやや低いくらいの位置、つまりはなまえの口から切り出された声だ。

「どうかしたのか?」

伏せられたなまえの睫毛に金色の夕陽の欠片が散っていた。濃い影と交わらない視線とで、校舎内よりも察し難い。距離感を軽く忘れてナチュラルに覗き込む、なんていつもみたいな芸当をしてしまったが、けれどやっぱり肌に何かは触れないまんまだ。
あの、とか、えっと、とかもごもごと、嫌な沈黙にひとしきり言葉を敷き詰めたあと、慌てているだけでは何も言い表せないと悟ったようで、握手とは少し異なる様子で手を差し出してきた。
手。
目の前にある。俺に向けられて。
肩からぶらさがっていた細いのとどう指を結ぼう、とさながら狩る算段のように難しく考えていたのが、差し出されている。

「えぇっと……繋ぐ、ってことでいいのか?」

他に返答が思い浮かばないように恥じらって困った面持ちで、けれど頬には朱を差して、なまえはただこっくりを零す。
まだまだ俺もなまえも手を重ねなれてなんかおらず、ぎこちなく触れ合わせて幼稚な握力をようやっと絞り出して握る真似事をする。
斜陽に焼かれた手は熱く、多分汗の一滴くらいは滲んでいた。
さすがに結構ハズイ、と俺の口は茶化したがっている。あはは、といつもみたいに笑ったりして。いや、でも待てよ、まずい、笑う、ってこれで――脳みそが表情筋に送ろうとしている命令の通りの作り方であってるんだっけか。ステージの絡まない笑顔とかってどういうものなんだったか。
まずいぞ、まずい。瞳孔が泳ぎ回っている。
濃い影が輪郭線をくっきりと映えさせると造り物めいてすら見えて。ままごとの街並みの中で永遠に散歩気分に溺れていられるような錯覚すら起こるのに、現実だというのだから味覚に対して辛いものだ。甘ったるいのは夢想だけ。
うじうじ悩んでいたときにはひとつの会話位成り立ちそうなくらい先にあったのに、いまや分かれ道は眼前だ。分かれ道、ならぬ分かつ道。
触れていたなまえの指が、きゅ、と軽い痙攣のようにひくつくように一瞬の力みを見せた。わあわあ、と大騒ぎであちらこちらに散り散りになっていた意識が、はっと見遣るようにそちらに全て持って行かれる。どうしたんだろうと思考するよりは手前の、意識の揺らめきに過ぎないくらいだが。
しかし何か言葉を発する決意か何かが漏れ出たものではあったらしく、次の瞬間、なまえは恥じらいの色の頬でとんでもない問いを投じてきた。

「そういうこと興味あったりすんのか、って……それは、だな……まぁ、うん。します、ね……? ちょっとは」

途端の挙動不審。
本当は、すごく、だ。

「……男なんで」

伏し目がちになるなまえを前に、撤回さえ考えるが。
私はいいよ。
異国の言語を誤った解釈で鼓膜が掬いあげたのかとすら思った。
意識が飛びそうで、なのに、ぶつり、とディスプレイさながらには途切れてくれなかった。
糸に手繰り寄せられるみたいに。

「なまえさん。恥ずかしいのはわかるんだけどさ。目、閉じてくれたら嬉しいんだけど」

蜜に誘われるままに摘み取ってしまう。奪って、捧げて。
唇の距離だけをおいたところで眼同士がかち合う。寄せ合った躰をお互いあまり気にしていないことがまた気恥ずく、眼を外し合った。
逸らされた視線の軌跡を眼界の隅に辿る。嗚呼。いいよ、っていうのはなまえは最初からここまでのつもりだったのか。
でかでかと“想像力の差”と記されたラベルが張り付けられた鉄球で背後から殴られるかのような衝撃。天と地くらいの純度の差と、自分の馬鹿げた雄々しさに頭を抱えたくなった。純情の面影の色が濃い彼女は、そんな俺の心情なんてものは朝露の一滴ほども知らないだろうけど。


2018/07/27

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