短編

嫌気がさすくらい君は綺麗に笑うね


鼓膜に響く二人分の呼吸だけでも気がおかしくなりそうで。それ以外を知らないかのように互いが互いを求め合い、理性など彼方に捨てて貪られる。身体の芯までぐずぐずに溶かされて愛で包んだ欲望を押し付け押し付け合う。レオさんの好奇心に身を任せた前戯から駒を進め、それが当たり前であると思っていた私の方だったのだろうか、世の常識から外れていたのは。
ばっ、と。何を思ったのかレオさんは私の身体の上から退き、紙とペンを求めて脱ぎ散らかされた自身の制服のポケットを漁る。ぽかん、としてしまった。普段なら嗚呼また霊感と云うやつですね、と苦笑交じりの顔で散らかった手描き楽譜を束ねたり、ひっそりとフォローを入れていただろうけれど。

「…………」

――え? ……えぇ!?

事実だけを述べる。私は霊感に負けたようだった。

***

「なぁ、ごめんって〜。拗ねないで、なまえ。仕方ないじゃんか、霊感がおれを話してくれないんだもん。続きしたい〜!」

レオさんの口が紡ぐのは先程から同じような言葉ばかりで、そしてそうさせているのは、他でもない、つーんとしながら膝を抱えて彼と一切目を合わせない私である。
体育座りで半分無視を決め込んでいる私の背中にレオさんは引っ付いてきた。回される腕。隙間なく、密着をする。いい加減に慣れてもいいはずの距離感でも、初々しく瑞々しい心臓は早鐘を打ち鳴らし始めた。

「愛してるよなまえ」

囁かれて、「うそ」なんて返す私の口の方が、嘘に馴染んでいる。受け止める方がくたくたに疲れてしまうほどに真っ直ぐな、それはそれは真っ直ぐな感情表現をする彼を私は疑ってなどいない。
ちう、と首筋に落ちるキスは突然に。ひっ、と漏れた悲鳴と跳ねた肩。レオさんの唇は首筋を上へとキスを数度落としながらなぞって行く。

「嘘じゃないのに。なまえの方がずっと酷い! なまえー……」

無駄です。そんな風に触れてきたって。甘えた声を出したって。キスをしてきたって。胸中で強がりを唱える。
肩にこつんとレオさんが額を寄せて来た。心なしか絡み付いている腕の力も強まったような、ぬいぐるみのような扱いに拍車がかかったような。
ちら、と横目にレオさんを伺うと、しゅんとなって伏せられていた緑の瞳とかち合って。

「ん? 仲直りする気になったっ?」

小さく振り向いた私に気づいた瞬間、彼はとても輝かしく表情を変えた。
無駄なんです。数え切れないほどのキスを贈ってくれたところで。だってさっきからの許しを請うそれは、唇を外してばかりじゃないですか。

「……ちゃんと唇にしてほしかったです」
「じゃあそれで仲直りだなっ」

あぁ本当にずるい。その無邪気さが憎い。私はもうはいとしか答えられないじゃないですか。
どちらともなくくちびるが合わさった。
リボンタイは既に彼によって解かれた後。少し着崩れたブラウスのボタンを弾かれ、取り払われてしまうと、熱を帯びる身体の芯と外気に晒された肌の表面との差に身震いする。
再びのキス。閉ざしていた眼を開き、レオさんの夏蜜柑色の髪を焼き付けた。


2017/09/13

- ナノ -