短編

after.土曜日のハミング


時刻は10時を回った頃。そっと登場人物の背景を彩る静やかな音色を割って現実感を耳に叩きつける秒針に意識を散らされながら、二人暮らしにはいささか大きすぎるテレビに再び真緒は目を戻す。
土曜10時、好評放送中の連続ドラマ。成人を迎えて間もない教育実習生の青年が暮らすアパートに家出女子高生が居候するという内容の女性向け漫画原作の作品、だったように思う。なまえを通して情報が勝手に流れ込んでくるおかげで知識は人一倍、さして興味があるわけではないが。だというのにこうして毎週共に視聴している理由は共通して一つ、主演の氷鷹北斗だ。

不意に気付く喉の渇きに真緒は身を預けていたソファーから背中を離そうとするが、ぎゅう、と腕に巻き付きその動きを阻むものがあった。なるほど、隣で同じように背もたれに沈んでいたなまえが行かせまいと抑え込んだのだ。しかし横目で見遣った彼女の視線は未だテレビ画面に注がれたまま一切揺らがず、すぐに意図を察してしまう。行動自体は可愛らしいのにその動機が“離れないで欲しい”ではなく“雑音が視聴に障るから”であるのが何とも悲しい。自分が主演を務めるドラマではないことも相まって。

「CM入ったから行っていいよ」

それまでのドラマティックな雰囲気を壊すかのようなふざけたCMに突入すると、切り替わった空気の中でほとんど止まっていたなまえの呼吸は再び始まる。ぱっ、と腕を解放され、キッチンへ向かう許可が下りたようなので真緒はソファーを離れた。
洗って間もない、小さな水滴の張り付いたグラスを一つ手に取り、蛇口を捻る。グラス内の水嵩が増していくと共に変化していく水音を聞いていた。
ソファーに腰を下ろす頃まで喉を通って行った水の温度は口腔に残り続けた。

「いいなぁー。北斗君のサイン欲しい……」
「俺が一筆頼んでやろうか? ……っていっつも言ってんだけどな。一応お前の隣にいんのもTricksterだかんなー?」
「そのために真緒に近づいたみたいに思われたくないんですー。それに真緒のサインならもう貰ったからいいの」
「あー……、今頃役所の中だろうな」

再び画面が切り替わる。
ふ、と思い立ったことを実行すべく真緒はなまえを抱き上げると、自身の膝に座らせた。

「わっ、ちょっと」
「いいだろ、これくらい。見るには変わんねーよ」
「……なぁに、構って欲しいの?」
「そりゃ新婚初夜ですからねぇ。北斗に取られるのは慣れたけど今日くらいはな」

背中を凭れさせてくるなまえを抱き締める。きっとここで不意打ちのキスでも仕掛けようものなら怒られるだろうな、などと考えながら。視聴の邪魔になるのが半分、集中している時だとちゃんと唇を感じられないから嫌というのがもう半分。後者のかわいらしい理由があるから、エンディングまで待つのも悪い気はしない。


2017/10/05

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