短編

私を食べてと甘やかに誘うの


アニメ設定


ふわり、膝を滑るシフォンスカートの人工灯に映える白さも丈の短さも自分には馴染みのないもので風通しの良さが男子がスカートを履いた時みたいな安直な感想を誘ってくる。すーすーする、と。
くるりとその場で回ってみせたのは、恥じらいを誤魔化すため、それ以外だとただの気まぐれ。金輪際しないであろう乙女的格好だから女子を除く愛しい少年だけに見せようと何となく思って、それなら全方位から見せつけておかないと私の気苦労が報われないって、理由なんてそれだけのこと。

「何だかなまえじゃないみたいですね」

透明なレンズの奥で瞬く碧眼。

「それどういう意味ー?」

こてん、と首を傾げて不自然な程にこやかに問うてみると、「えぇっと、それはですね」途端にしどろもどろになるシトロン。反応を見るに言葉通りの意味、なのだろう。
これまでの旅路で肌に刻み込んできた残り傷を晒したくない、僅かばかりの乙女心で長袖長ズボンというおおよそ女子とは思えない格好を意識的に選んできたのは確かに自分の方だけれど。それをまるまる肯定されてしまうのは、やはり何だか気に入らない。

「シトロンは、女の子らしいなまえとしたいこと、ありますか?」
「え……」

一瞬にして出来上がった彼の赤面。喉を鳴らして生唾を飲んだシトロンが、眼鏡の反射を殊更目立たせながらその場に膝を折って座す。いそいそと、正座の状態を崩さずにこちらと距離を詰めた。
たおやか、そう言ったら良いのだろうか。セレナを意識し、指の動き一つ一つにまで優美さを心がけ、今ばかりは紅色である檸檬色の男の子と向かい合う。
終始恥じらい続ける彼の表情から“先”を汲み取り、視界を閉ざすと空気が揺れた。シトロンの動きを肌で感じ、合わせられた唇を受け入れる。
ちゅ、ちゅ、と耳朶に吸い付く可愛らしい音から必死に逃れようとする私は、やめればよかった。早速後悔していた。
「ね、ちょっと、」肩を押し返すようにして――それでも日頃の機械弄りの成果か、非力なりに私以上の力はあるからびくともしないのだけど――軽く叩いてみる。

「私、まだ感想聞いてないよ?」

ぴら、とスカートの裾を摘んで少しだけだが腿を晒すと、顔の赤みを強めるシトロン。自分から見せておいてなんだが、初心な反応にこちらも気恥ずかしくなった。

「かわいいですよ。似合ってます。とっても」
「とってつけたみたいだなぁ」
「うぅ、勘弁してくださいようっ。見せびらかしたいとも思うし、僕だけのものでいてほしいとも思うし、僕だってよくわからないんです」
「うわぁ……」
「な、なんですか」
「かなりカロス人ぽくてびっくりした」
「偏見です!」

どうだろうか。否定するシトロンだけれど、やっぱりお国柄っていうのはあると思うし強いと思うのだ。金の髪に透き通り煌めくレンズ奥の碧の双眸、それを縁取る睫毛は薄い金色で主張こそ少ないが長くて贅沢。鼻筋の通った容貌は勿論のこと、甘ったるい口説き文句も詩的な思える表現も――これはプラターヌ博士独特のものかもしれないけど――、純和人である私にとっては馴染みないものばかり。
いつも通りに交わした会話の続きは合わせられた唇に吸い込まれて消えてしまった。
繰り返される幼い口付け。子供染みたバードキスでは足りなくなって舌を差し出すとねっとりと熱く濡れたシトロンのもので絡め取られる。この地方ではキスは挨拶とされるけれど、大人のそれでは訳が違う。青い春真っ只中どころか寧ろこれからが人生の本番である私達の拙さでは熱に溺れてしまうばかりで思うような快は得られないのに不思議と気分は高揚する。
ぽふ、とブラウス越しに胸に手が当てられた。まさぐられて、探り出されたボタンが弾かれる。
唇が離れて、それでも銀糸で繋がれたままで、見せつけられているようで。

「今日に限ったことじゃないですけど、そういうことをしたいと思うことはあるんです」

爛々と熱を孕んだ眼差しが瞬間私を射った。ぱちん、二つ目。ぷちん、三つ目。四つ目。しな垂れた布の間から覗いた下着と肌の色。まだ全部は外されていない状態だが我慢し切れないとばかりに服の中に差し込まれた手がブラも着けたまま乳房を人撫でする。ぞわり、肌が粟立って。肢体を外気に晒そうとする手に手を重ね無言で制止を呼びかけた。

「脱がすのはだめ。多分引くから」
「そんなことないです。その、なまえは十分女性的ですし」
「……私がしてるのは胸の話じゃないよ」

たった今触ったからってそれに対する反応などこちらは求めていない。
ふぅっ、と息吹き。右肩を抑え、片腕だけで抱きしめるような格好を取った。

「前にちょっと、バトル中の事故で毒ポケモンの技、浴びちゃって」
「えっ、」
「今はもう痛みはないんだよ。ただ右肩周りとかほんとすごい色になってるから。だからあんまり見せたくない」

そうだったんですか……。申し訳無さそうに柳眉を下げて引き下がるシトロンに、そういうところが男らしくないのだと教えてあげた方がいいのだろうか。
いいの? と問う。したかったんじゃないの、なのにいいの、と。僕も嫌がることはしたくありません。言って、少しだけ距離を作るシトロンだが、残念さは隠し切れていなかった。

「嫌なわけじゃ、ないんだけど……」

二度目の、“え”が薄い唇の隙間から零された。

「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………灯り、消します?」

え、と漏らしたのは私の方だった。

「だって、そういう、ものでしょう?」

変わらず自信無さそうな顔つきのまま、こてんと首を傾げた。
てっきり純真無垢を体現したような初心な少年だと思っていたのに。一体どこで知ったんだ。記憶の糸を手繰り寄せると、先にあった心当たりが脳を貫く。以前泊まったポケモンセンターで深夜、何の弾みか事故か偶然か、二人して少しだけみて観てしまったのだ。生々しく肌色同士がぶつかる行為の一部始終――大人の、男の人向けの、卑猥なそれを。
だが件のあれは男性の欲求不満を晴らすためのもので、当然相手女性への配慮なんて薄いはず。撮影な訳だし、見せられる部位はぎりぎりまで見せなければならないから照明もあったはずで。じゃあ、やっぱり、灯り云々は彼が何処からか仕入れてきた知識、ということになる。
発明家も研究者も好奇心を極めた人間の行き着く職業だ。以前に知識量がその歳の子供を上回る彼なのだ。納得はできるが心が認めようとしていない。

「相当、だけど、引かない?」
「引きませんっ」
「ほんと?」
「はい」
「じゃあこの誓約書にサインを……」
「なまえーっ!?」
「うそうそ、冗談」
「真面目にやりましょうよ」
「ごめんごめん。ランプ、だけどさ、ちょっと明るさ落としてくれればいいから、消さなくていい」
「……はい」

腹元を繋いでいる残りのボタンも取ってしまおうと指をかけたところで、「待って。」横槍が入る。

「僕が、脱がせたい、です」
「……うん。」


生温かい吐息が変色した肌を滑り、華奢に見えて何でも生み出す逞しい指が生きた肌と死んだ肌のでこぼことした境界をなぞる。愛おしむかのような動きにびくびくと身体を震わせる。
胸部に落ちた手のひらに軽く掴まれるが、揉みしだく、とは違う。慈しめる成熟した器用さも自制の術も持たず知らないはずなのに私欲に走り切れない未熟さが何だか酷く愛おしかった。

「……なまえ……見せてください、君の全部……。声も、聞かせて、」

キスの間に間に言葉を挟んで、不器用ながら一生懸命愛を囁く双眸の美しさといったら。撫で付ける仕草は優しいけれど、そこはやっぱり荒々しい。角度を変えていくとより一層強く密着するよう押し付けられて、かつん、と眼鏡の冷たさが私の瞼に何度もぶつかる。曰く、照明を落とす代わりのハンディ、なのだそうだ。ちう、と下唇を吸われる。
溶かされてしまえ。古傷に響く痛みも、瞼の裏に焼き付き離れない忌々しい記憶も、全部、目の前の少年の熱によって。
溶けて蕩けて、悪いものは全て消えてなくなってしまえばいいのだ。
冷え切った肌は首筋を滑る彼の熱い吐息に中和されていく。


2016/12/08

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