短編

ダイヤモンド透過率


※同棲設定でございます。


「あ――――……あーうーーあ――――……」

言語の枠からはみ出した、産声よりも濁って歪んで振動する私の喉。すなわち奇声だ。失速知らずに羽根を回転させる扇風機の前に陣取って、言葉でも旋律でもない奇怪さを器械に向けてこんな夏の機会に。あまりに幼稚だと頭にはわからせたけれど、仕方がない。センターを占領してしまうとこの欲求からは逃れられないのだし。
靡いて、鯉登のように人工風の激流を泳ぐ鬢がはたはたと耳を叩く。「あ――……」という媚びていない低音の奇声が切り刻まれて宇宙人みたいになったあと、風に押し負けて後頭部の方まで流れ、後ろ髪と絡んだ。

ひたり、という音を伴う轟の気配がフローリングに落っこちた。シャワー水を滴らせた雄々しい肢体、湿りを残した足裏が床を吸いつける夏と風呂上がりの足音だった。
先ほどまで同じバスルームに一緒に詰め込まれていた身同士の癖、私ひとり下着だけでそそくさと洗面所から退散して、こうして先にオアシスを占領していたのだ。
タオルで乱雑に髪をわしゃわしゃ掻き乱す轟にスペースをわけてあげる。すると彼は徐にそこに腰かけた。部屋着のTシャツと、キャミソール一枚とで肩を並べて。
左隣にいる轟は、今一番遠い季節を象徴する雪色の髪の横顔。現金な頭は寂しさとは別感情で故郷の深雪を恋しがった。
突発的に、ぎゅう、と硬い右腕に抱きついてみる。「お。」という相変わらず幽かで短い反応に比例して瞳孔が開く、睫毛が持ち上がる。

「冷たくて気持ちいい……」
「保冷剤じゃねぇよ」
「アイス買う時、個性保冷材に使うじゃない」

「あ〜」と宇宙人を再開した口からは、心なしかさっきまでの地声よりも羽が生えたような女の子らしい声が出た。美青年を傍らにおいただけでももう、声帯の隅々まで私は正直らしい。
隣の美形に宇宙人の唸りを真似られつつ――仕方ない、みんなやりたい――。

「ねぇねぇ」
「どうした」
「このまんま扇風機浴びながらドライヤー使ったら『半冷半燃』みたくなる?」
「……なんねぇな」
「えー」
「扇風機でドライヤーの熱風全部後ろに流れるぞ」
「……どうして知ってるの?」
「冷てぇ飲み物と、あとコーヒーかなんか片手ずつ持った方がそれっぽいと思うが」
「ねぇねぇなんで知ってるの?」
「前に映画館行ったときお前がやらしたんだろ」
「そうだっけ? じゃあドライヤーの方は?」
「そうすりゃはやく乾くと思った、むかし」
「そっかぁ」

むかしかぁ、と今よりまるっこい輪郭だった頃を脳裏に描いてみる。学生時代もかわいらしい輪郭は幽かに残っていたけれど、あの頃よりさらに節々が曲線状だったのだろうか。まるくてつぶらなひとみ、だとか。

硬い指が私のキャミソールのストラップの真下に滑り込んで、弛みを正した。
鎖骨から肩にかけてを流れる一筋が――汗か水滴か覚えてない――そこに指先の硬さを蘇らせる。

「風邪引くぞ」

ちゃんと着ねェと。
そうだ、ちゃんと着ないと。
夏季は茹で上がる速度が尋常じゃあないから、気をしっかり保たないと。尻尾と見紛うくらいに長いそれに巻き取られてしまう。


2018/07/27

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