10)たぶんね きみっていう人間のそういうところが好きだよ


 店を飛び出したカナエは左右を見渡した。
 
「おーカナエ何だぁその恰好は」

 焦って足元の覚束ないカナエに、緊張感のまるでない声が掛けられた。
 
 振り返れば向こうからミズキが手を振って歩いて来ていた。
 
「ミズキさん!」

 脇目も振らず全速力でミズキに突進し、そのまま彼に抱き着く。
 
「お!? あー悪ぃなミノル」
「えらい嬉しそうだなオッサン」

 冷ややかな視線をくれるミノルにもミズキは動じない。
 
 ミノルの声に反応したのはカナエの方で、ぱっと身体を離すと今度はミノルへと駆け寄った。
 
 さっきのように抱き着いたりはしないが、ぺたぺたと身体をまさぐるように触る。
 
「な、なに」
「けが、血、出てない? 斬られたりとか」
「してない」
「傷物にされてないの!?」
「誤解を招くような事デカい声で言ってんじゃねえよっ!」

 スパーン、と気味の良い音を立ててミノルがカナエの頭を叩いた。
 
 だがカナエはまだおろおろしている。よっぽど動揺しているらしい。
 ミズキが見兼ねて落ち着かせるためにそっと肩を叩く。
 
「安心しろ、ミノルの純潔は俺がまも」

 ザクッ!
 
 皆まで言わせてもらえず、ミズキの後頭部に全身鋭い棘が纏ってある魚が突き刺さった。
 
「あ、ちょ、ミノル! ある意味命より大事なものを守ってくれた恩人に何て事を!」
「いい加減にしないと、次はこの魚の毒飲ますぞ?」

 いっそ清々しいほどの満面な笑みで毒持ちの魚を掲げるミノルに、カナエとミズキは横に並んで「ごめんなさい!」と素直に頭を下げた。
 
 悪ふざけの止め時を心得ている二人だ。
 
「でも二人とも無事だったんだね……良かったぁ。気が動転して余分なところまで心配しちゃったよ」
「いや明らかに興味津々で訊こうとしてただろ」

 いつでも毒の準備は出来てるとミノルはもう一度魚を持ち上げる。
 「ひぇ」と小さな悲鳴を上げてカナエが後ろにさがった。
 
「つーかカナエそのカッコ何よ?」
「ん? あ、これはお姐様方に遊ばれましてね。容赦ないよあの人達」

 目を伏せて憂えるカナエに、自分が構い倒されそうになった記憶が呼びさまされてミノルまでげんなりしてきた。
 
 しかしカナエはすぐに顔を上げてミノルを凝視する。
 
「いやいやいや、和んでる場合じゃなかった。帰ってくるとき女の軍人さんに会わなかった!?」
「会った会った。ほら」

 ミノルが指さす方を勢いよく見た。
 
 その先、ミノル達の少し後ろに、さっきは気づかなかったが黒の軍服を身にまとった女性が立っていた。
 
「ツ、ツバキさん!!」
「お久しぶりです」

 歓喜に震えるカナエに対し、表情一つ変えないツバキとの温度差が激しい。
 
 だがカナエは気にせず彼女に抱き着いた。
 上司と同様、感情の起伏が少ないのは今に始まった事ではない。
 
「えーカナエこの人の事知ってんのか」
「ツバキお姉様!」
「お前は姉ちゃんがいっぱいいていいなぁ」
「答えになってないから」

 カナエとミズキの緩い会話をミノルが斬り捨てる。
 その間もツバキは纏わりつているカナエの頭を黙って撫でていた。
 
「もうイチト様は着いてるんですね」
「中いるよー。今頃リオンさんが泣かされてると思う」
「つまり通常運転ですね」
「ですねー」

 ふふふと笑い会う女二人に対し、男二人は頬を引き攣らせた。
 
 あのリオンが泣くところなど想像も出来ないのだが、それが普通だと言うのなら、そのイチトと言う人物はどれほど恐ろしいのか。
 
 ツバキの上司だというだけで只者ではないだろう事は確実だが。
 
 ツバキは先ほど裏路地で、対峙したミズキの動きをあっさりと封じると、すぐ近くに潜んで様子を窺っていたゴロツキ達を瞬殺してのけたのだ。

 その後、ミノルに危害を加えるつもりは最初からなくてただ探していただけだったのだと教えられた。
 
 ミズキに対する態度はからかっただけらしかった。
 
 そんな人の上司なんて、怖すぎる。
 


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