「信用されているようですね」





※帝光。






午後から降りだした雨のせいで、ぼんやりと煙る空。
それは放課後になっても変わることはなく、帰宅途中に寄ったコンビニの空気でさえ湿っている気がした。



「あ、」



そしてコンビニを出て傘を広げたその瞬間、目に飛び込んできた濡れた赤色。
それは、どんな薄暗い場所でも存在感を失うことのない僕の恋人だった。



「待って下さい、赤司くん」
「え?ああ、テツヤ…気がつかなかった」



頭に鞄を乗せながら、駆け足でコンビニの前を通りぬけようとした赤司くんは、僕の存在に気づいていなかったようで。
声をかけて呼びとめれば、僕の方を向いて意外そうに目を見開く。睫毛も、肩も、指先も、全身が雨に濡れている彼は普段より艶っぽく僕の目に映った。



「傘ないんですか」
「昇降口の傘立ての置いておいたら、誰かに取られた」
「それは御愁傷様です」
「これからは部室に置くことにするよ」
「青峰くんや黄瀬くんが取るかも知れないですよ」
「そんなことしたらあいつらでも殺す」



頬を膨らませながら言う赤司くんを見て、僕は少しだけ笑った。その表情が、彼に似合わず子供っぽかったから。
そのまま、傘を広げたまま赤司くんとの距離を詰めて、黒いそれを赤司くんに向かって傾ける。
(濡れている赤は、そりゃ綺麗ですけれど。風邪を引かれて、君と会えなくなるのはごめんですから。)



「おい、なんの真似…」
「一緒に帰りましょう」
「…遠慮する。こんなところ誰かに見られたら、」
「『体調管理も自分で出来ないような奴は、帝光バスケ部の恥だ』」
「……」
「君の口癖でしたよね?」



にっこり。
煙る雨の中、心持ち上目遣いで笑ってみせる。
赤司くんはそれきり何も言わなくて、傾けた傘の下に大人しく収まってくれた。そんな彼を見て僕は酷く満足した気持ちになる。
赤司くんの子供っぽい表情とか、こんな風に素直に従う姿とか。知っているのは多分、この世で僕だけだと思うから。



「それじゃあ、行きましょうか」
「そこの四つ角まででいいぞ、僕とお前の家は方向が違うし」



赤司くんのその提案には返事をしないまま、僕はゆっくりと歩き出した。
僕より少し背の高い赤司くんは、途中何度か傘は自分が持つと言ったけれど、僕は断固として渡さなかった。
理由を一言で語るとすれば、男としてのプライド。(こんなことを彼に言ったら、僕も同じ男なんだけど、と言ってくすくす笑われるだろうけど。)



「じゃあテツヤ、僕はここで」



コンビニから少し進んだ、わりと大きな四つ角で赤司くんはそう言った。
助かったよ、と言いながら僕から離れていこうとするそのなめらかな動きを、腕を掴んで阻止する。そんな濡れた姿で、歩道を無防備に歩かせられない。



「っちょ、テツヤ?」
「赤司くんの家、まだ遠いじゃないですか。僕の家行きましょう」
「は?」
「お風呂くらい貸しますよ」
「お、おいちょっと待て!テツヤ…っ」



喚く赤司くんの声は無視して、腕を引っ張ったまま無理矢理歩く。僕の家はもうすぐそこだ。
風邪を引かれたら困る。濡れた、妙に色っぽい姿で歩かせるのは心配。建前の理由はいろいろあったけど、本音はただ、君と離れてしまうのが寂しかった。それだけのことだった。
最初こそ何かと文句を言っていたけれど、すぐに黙って僕の後についてくる赤司くんを見て、僕は笑う。(流石は主将様、僕の性格、きちんと熟知してくれているようで。)




「さあどうぞ」
「……ご家族は」
「まだ帰ってないみたいですね」
「そうか…お邪魔します」



赤司くんは溜息を吐きながら靴を脱ぎ、水気を含んだ革靴をきちんと揃え、玄関に上がった。その育ちのいい後ろ姿に思わず見惚れてしまう。



「僕の部屋、こっちです」
「ん」
「タオルと飲み物持っていくので、適当に座っていて下さい」
「タオルだけで構わないよ」



僕の背中にぶつけるように赤司くんはそう言ったけど、僕は迷わず台所に向かう。
冷たい雨のせいか、家の中だというのに酷く寒い。シンプルな白のマグカップに、あたたかいお茶をたっぷりと注いだ。
マグカップを二つ乗せたお盆と、バスタオルを抱えて部屋に入る。そこに赤司くんがいることなどわかっているはずなのに、ベッドの上の赤色を見て思わずぎょっとした。だって。



「全く、お前は僕の話をちっとも聞いていないね」



(お茶はいいって言ったのに。)
そう言った赤司くんが、今まさに、シャツのボタンを外しているところだったから。
濡れて、妙に色っぽい赤司くんが、僕のベッドで服を脱いでいる。家族は誰もいない。今更になって気がついた。この状況、ちょっと問題があるんじゃないか。



「…テツヤ?」
「っあ、なんでもない、です、タオルどうぞ」
「ありがとう」
「で、お茶…ほうじ茶なんですけど」
「大好きだよ」
「ッ、」



その言葉は、僕に対してじゃなくて今渡したお茶に対してのものだってことはわかっているのに、この状況のせいか変に反応してしまう。
(赤司くんはベッドに座って、僕は床に脚を伸ばして、黙ってお茶を飲んでいる静かな空間。ざあざあと降る雨の音も、この部屋の中には届かない。)
僕と赤司くんは、恋人同士だ。でも、キス以上の接触は未だに持ったことがない。ぐるぐる考えれば考える程、大して考えもせず彼を誘った自分と、大人しくついてきた彼に文句を言いたくなってしまう。



「、っくしゅ」
「あ、ごめんなさい寒いですよね。お風呂…」
「でも、テツヤだって」
「僕は大丈夫です、赤司くんが先に入って下さい」



(僕はずっと傘があったけど、赤司くんはあのコンビニまで傘なしだったんですから。)
呟くように言いながら立ち上がって、お湯を溜める為に部屋を出ようとする。でも、動けなかった。赤司くんが、ベッドに座ったまま、僕の肩を掴んだから。



「それなら、一緒に入ればいいだろう」
「……は!?」
「嫌、か?」
「いや、その、嫌とかそういう問題じゃなくて…」



焦って、しどろもどろになってしまった僕を見て、赤司くんは少し哀しそうな顔する。こてん、と首を傾げたせいで、濡れた赤い髪から一粒水滴が落ちた。
その様があんまり綺麗で、色っぽくて、僕の中の何かが崩れた気がした。
ぐるぐる考えるのは、もう、やめた。さわりたい。僕の中に残った感情は、それだけだった。



「いいですよ、一緒に入りましょうか」
「ああ、そうし……っぅわ!」
「でもその前に、少し運動しましょう」



僕の肩を掴んでいる赤司くんの腕を逆に捻り上げて、そのままベッドに倒した。薄い青のシーツが、赤司くんの形に皺が寄る。そんな様を見るだけでも鼓動が速くなるのが良くわかった。
赤司くんは、僕がこんなことをする理由が本当にわからないと言いたげに僕を見上げている。その無防備さと無自覚さを、まとめてめちゃくちゃにしてやりたい、と思った。



「って、てつや?何して…」
「これから赤司くんを抱こうと思います」
「は…っ?」
「一緒にお風呂入ろうなんて、誘われてるとしか思えませんよ」



もしかしてそんなつもりなかったですか?と言って笑えば、赤司くんは首がとれそうな程激しく首を縦に振った。
(全く、仕方ないですね。)僕はゆっくりと溜息を吐く。でもそれは呆れたからじゃなくて、愛しいと思ったからだった。
頭が良くて、オーラがあって、なんでも出来て。だけど僕の前では素直で子供っぽくて、無防備で無自覚で。そんな君を知っているのは多分、この世で僕だけだと思うから。



「僕は随分信用されているようですね」
「お、落ち着けテツヤ…っや、ちょ、どこ触って…ッ!」
「折角信用してくれているのに、申し訳ないですけど」



真っ赤な髪に指を通して、そのまま首筋に噛みつく。
白い肌に、髪よりも赤い痕がくっきり残って、それが物凄く綺麗で、どうしようもなくて。
首筋に顔を埋めたまま、赤司くんには見えないように。僕は思い切り意地悪く唇を釣り上げた。




「僕だって、男なんですよ」




そんなのは僕だって、と喚く愛しい唇を、自分の唇で無理矢理塞いで。
ゆっくりと、綺麗な肌をなぞりはじめる。雨で冷え切った体に熱を与えるように。
(君の信用を裏切ったお詫びに、僕の全てを、君にあげますから。)







「赤司くん、生きてますか」



2時間、3時間、どのくらいの時間が経っただろう。
時計を見ることも、別のことを考える余裕もないような濃密が時間が過ぎ去って、僕はベッドの上でぐったりしている恋人の肩を優しく撫でた。
長い前髪のせいで表情は見えない。だけど、髪から覗いている耳がまっかっか。かわいいな、と心底思ったのは、一体これで何回目になるだろう。



「痛いところありますか」
「……」
「ナカ、気持ち悪くないですか。中出しはしなかったですけど、一応お風呂で洗います?」
「……」
「それにしても、中出ししなかった自分を褒めてあげたいですね。だって最後、赤司くん物凄く締めつけてきたんですよ、離れたくないって言うみたいにきゅううって、」
「っあーもう!黙れテツヤ!変態かお前は!」
「すみません、赤司くんが相手をしてくれないのが寂しくて」



叫びながら顔を上げた赤司くんの顔は、やっぱり真っ赤で。
僕は今度は彼の頭を撫でながら、つい意地悪をしてしまいました、と素直に謝る。初めて体を繋げたせいなのか、今は意地を張るような気分じゃない。



「…こんなはずじゃ、なかったのに」
「?何がですか」
「は、初めてなんだぞ、もっとこう、雰囲気とか、そういうの、気にするべきだろ」
「…女子みたいなこと言うんですね」
「ち、が…っというかそもそも、なんで僕が抱かれる側なんだ、絶対おかしい!」
「おかしくないですよ、だって赤司くん、かわいいですし」



(頭が良くて、オーラがあって、なんでも出来て。だけど僕の前では素直で子供っぽくて、無防備で無自覚で。)
指を折りながらひとつずつ、赤司くんの『かわいいところ』を上げていったら、恥ずかしくなったのかまた枕に顔を埋めてしまった。
脚をばたばた動かしながら、耳を両手で塞いでる。ああもう、かわいいなあ。嫌になるくらいだ。



「…もしかして、初めからこういうつもりで僕を呼んだのか」
「いえ、全く。弾みでした」
「弾みとか言うな…傷つくだろう」
「すみません。…僕のこと、嫌いになりましたか」



わざと沈んだ声で聞いたら、赤司くんはゆっくりした動きで枕から顔を上げて。
上目遣いのまま、静かに言った。なっていないよ、と。こんなことで嫌いになるほど、僕の愛情は浅くない、なんて殺し文句つきで。



「それはそれは、光栄です」
「…テツヤがこんなに変態だってことは、予想外だったけど」
「それでも、僕が大好きなんですよね?」
「っ、そうは、言ってない」
「じゃあ、嫌いですか」
「〜…っだから、ん…っ!」



犯罪級に愛らしい上目遣いにずっと見つめられていたんじゃ、僕がどうにかなりそうだったから。
赤司くんの手首を掴んで、ベッドに押さえつけるようにキスをした。
ちゅ、ちゅ、と、触れるだけのキスを何度も繰り返して、唇が触れあう感触にうっとりと酔う。そして、自分でもそれとわかるほどとろけた声で、僕はこう囁いた。



「赤司くんがどう思っていようとも、僕は君が大好きですよ」
「…っ…そんな、の」
「はい?」
「そんなの、僕だって…同じ、だ」
「…ッなんなんですか、君はっ」
「っえ、ちょ、てつや…っ!」



(予想外のことなら、僕にもありましたよ。)
さっきまで僕を受け入れてくれていた場所に指を這わせながら、心の中だけで呟く。
君がこんなに天然で、無防備で、僕を信用してくれていて、それなのに弾みの行為を肯定してくれるほど僕が好きだなんて、ほんと、予想外でした。



勿論、これ以上ないくらい嬉しい予想外、でしたけど。












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