煉獄さんの熱情を孕んだ眼差しと、直球としか言いようのない、曝け出された言葉。それら全てに私の心音がうるさく鳴り響く。バクバクと高鳴る音に比例して、身体中の血液が顔面に集中していくようだった。
 みるみる赤くなっていくであろう私の顔面を見ても、煉獄さんはそれをからかうようなことはしなかった。テーブルに置かれたコーヒーに手を付けることもせず、腕組みをしたまま、ただゆっくりと瞬きを繰り返している。
 きっと彼は、私の言葉を待っている。
 昼に会話を交わした時には確信が持てなかった彼の『真意』が明らかになり、私の心をぼんやりと覆っていた靄が、ようやく払われた。そうしてはっきりとした思考を取り戻した私は、心の中で決意を固める。
 真剣な言葉を贈ってくれた煉獄さんには、私も真剣な言葉を返したい。何より、あの真っ直ぐな告白を曖昧に受け流すようなことなんて、私には、できない。

「あっ、あの!!」
「うむ! なんだ!」
「私は、煉獄さんとお付き合いすることはできません!!」

 テーブルに額を打ち付けそうな勢いで、頭を下げる。自分でも驚くほどの大きな声が出て、恥ずかしさに視界が白んだ。けれど、少しでも私の誠意を曲げずに伝えることができるのなら、今だけは、声が大きかろうが公共の場で目立ってしまおうが構わないと、そう思った。
 私たちが座る席の周辺に、少しの沈黙と微妙な空気が漂う。ちらほらと周囲の席に座っていた客からの視線を感じて、ひやりと汗が滲み出た。

 頭を下げたまま返ってくる言葉を待つが、店内に流れるBGMのみがその場に響き、向かい合った煉獄さんからは一向に言葉が返ってこない。
 おずおずと顔を上げると、先ほどの表情と変わりのない煉獄さんと目が合った。

「理由を教えてくれないか」

 相も変わらず毅然とした煉獄さんの言葉に、どきりと心臓が脈打つ。告白を断られた状況だというのに、思考を乱すどころか全く動じていない様子の煉獄さんに、私は困惑を隠せなかった。
 煉獄さんは、何故こんなにも心を乱さずにいられるのだろう。私ばかりが動揺して、焦って、戸惑って、今日の昼間からずっと煉獄さんの言動に掻き乱されているような気がする。そう思うと、これ以上振り回されてはいけないという危機感とともに、彼を説得させるための勇気のようなものが湧いてくる。

「れ……煉獄さんは素敵な男性です。正直、好きと言われて嬉しかったです」
「…………」
「でも、なんて言うかこう、いくら素敵だからって、好きでもない人と付き合ったりするのは、……自分で自分を許せなくなると言うか」

 自分自身の素直な気持ちを、ひとつひとつ言葉にしていく。しどろもどろな言葉だったが、それらは嘘偽りのない私の本心だった。そんな私の言葉に、煉獄さんは口を挟むことなく、じっと耳を傾けてくれていた。
 心の内を伝え終えた私は、擦り減った精神を休ませるかのように、そっと目を伏せた。自分の気持ちをどうにか言い切ることができたという安心感と、煉獄さんに申し訳ないという気持ちで、胸がいっぱいになる。

「一つ問いたい」

 私の話を聞くことに徹してくれていた煉獄さんが、徐に口を開いた。
 半ば反射的に、私はその問いかけに返事をする。

「は、はい」
「別れた男に、未練はあるのか」
「…………正直、ないとは言い切れないかもしれないです……」
「そうか。理解した」
「はい……。だからこんなブレッブレな精神のまま、煉獄さんのような良い人ととりあえず付き合う、みたいなこと……したくないんです……」

 段々と小さくなる自分の声が、頼りないことこの上なかった。「未練があるかも」だなんて、そんなこと自ら口に出してしまえば、神経を消耗するに決まっている。
 押し寄せる虚しさに泣きそうになりながらも、私は必死に言葉を繋いだ。マグカップの持ち手を掴もうとしたままの形でテーブルに投げ出されていた片手を、ぎゅっと握り締める。
 その動作に気が付いた煉獄さんが、握り締めた私の手の上に、自分の手を重ね置いた。

「え、っ?」
「では、こう考えてみてはどうだろう」
「れ、煉獄さん、この手は」
「俺と付き合う期間、みょうじは傷心を癒やす、もしくは元恋人を忘れるための期間とする。俺はその手助けをする」
「んん?」
「今は俺に対する気持ちがなくとも、構わない」
「ち、ちょっと待っ」
「その期間を経ても、みょうじが元恋人への思いを断ち切ることができなかった場合、」

 一呼吸置いて、煉獄さんは言葉を続けた。

「俺は潔く身を引こう」

 私の発言を遮るように、次々と並べられる彼の提案は、全てが想像の域を遥かに超えていた。愕然とするあまり、息が止まってしまいそうな感覚に陥る。
 私が言いたかったことが全く伝わっていないのか、それとも私が伝えたことを明白に理解した上で、押し切っているのか。後者だとすれば、煉獄さんはなかなか強靭なメンタルの持ち主である。

「いや、身を引くって、…………煉獄さん、今までの私の話聞いてました?」
「勿論だ」
「ですよね。なので私は煉獄さんとは付き合えません」
「認められないな! 悪いが諦めてくれ!」
「こちらの台詞なんですけど」

 私の主張はことごとく撥ね退けられ、煉獄さんの勢いに押されるがまま話が進んでゆく。煉獄さんの言動に振り回されてはいけないと、あんなに気を張っていたにもかかわらず、あっという間に私は煉獄さんのペースに飲み込まれてしまっていた。
 何とか煉獄さんを説き伏せられないものかと脳漿を絞るが、私よりも頭の回転が速い煉獄さんが相手では、反論もままならない。“話が通じない”とはまさにこのことだと私は思う。
 焦燥に駆られる私を他所に、煉獄さんは「俺がみょうじを支えよう!」と笑みを浮かべた。

「そ、それなら何もお付き合いをしなくたって、まずは友人として支えていただければ」
「それは駄目だ」
「な……なぜでしょう」
「君を、他の男に渡したくはない」

 語気を強めた煉獄さんのその言葉に、再び自分の顔が一気に上気するのがわかった。端から見れば、きっと頬から耳まで真っ赤に染まって茹で蛸のようになっているに違いない。

「とは言え、俺の要求ばかりを呑んでもらっていては公平を欠く。仮の期限を設けよう」
「いえ、だから付き合うとは言ってな」
「まずは1か月! 今日から1か月間、俺の恋人として共に過ごしてほしい!」
「話を……話を聞いてください……」
「君は往生際が悪いな! 言っておくが、首を縦に振るまで毎日でも声をかけようと思っているぞ」
「それはちょっと嫌です……」
「うむ! ならばもう観念するといい」

 そう堂々と言ってのける煉獄さんを前にして、私は溜め息を漏らす他なかった。出社する度にこの熱量で思いの丈をぶつけられるとなると、対処に困ることは火を見るより明らかである。
 何より私にはもう、この煉獄杏寿郎という、良い意味でも悪い意味でも猛進する男を説得させられるだけの気力が残っていない。

 観念するとは、諦め、受け入れて、覚悟すること。
 もう、降参だ。

「……観念しようと、思います……」
「そうか! それは良かった!」
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いいたします……」
「こちらこそよろしく頼む!」

 急激に押し寄せてくる疲労感に、私はがくりと肩を落とす。まるで長い攻防戦を繰り広げた末に敗北したような気分だった。
 すっかり冷めてしまっているであろうブレンドコーヒーをごくごくと飲み干す煉獄さんを見つめながら、もう一度、私は深く溜め息をついた。


Title by Bacca
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