4年。私と“元”彼氏が付き合った期間は決して短い時間とは言えず、二人で分かち合った思い出の数だけ、彼との別れは私の心にダメージを与えた。その打撃は私が想像していたよりもずっと威力があって、打ち所が悪ければ、もしかしたら致命傷となっていたかもしれない。
しかし、些細なことで頬を濡らしては逐一死にたくなっていた学生時代と比べて、大ダメージを受けたところで回復するスピードが桁違いであることには、自分自身、薄々気が付いていた。成長とは良い意味で恐ろしいもので、要するに『経験がものを言う』とはそういうことなのだろう。しかも、私の性格上、例え心に致命傷を負ったとしても、投げやりになって何もかもを放棄するようなことはできなかったように思う。女としてタフになったと言うか、つくづく逞しい大人に成長したものだと、失恋の悲しみの中でも自我自賛してみる。
それに現実とは残酷なもので、心と体がどんなにしんどくても時間は止まってくれないし、仕事へ行かなければ、一人暮らしをしている私のお金は嫌でも減っていくばかり。甘えたことを言っていては、きっとすぐに生活ができなくなるだろう。傷ついた自分にちっとも優しくしてくれない『現実』に、私は気が滅入りそうだった。
しかし、タイミングが良いのか悪いのか、恋人と別れた直後に仕事でそこそこ大きなプロジェクトを任されてしまったものだから、次々と迫り来る期限との戦いを余儀なくされた私に、落ち込んでいる暇なんてほとんどなかった。HPを削られても立ち上がり、戦い続ける……私は勇者かよ。
「はぁー」
「む、どうした」
「や、コーヒーおいしいなあって思って」
「そうか! それは良かった!」
虚しさから出たものなのか、それとも、やっと一息つける安らぎから思わず出たものなのか……ほとんど無意識のうちに吐き出された私の溜め息に反応して、隣で同じコーヒーを飲んでいた煉獄さんがこちらを向いた。
曖昧な感情を誤魔化すように、咄嗟に手元のコーヒーを持ち上げて笑って見せると、つられて煉獄さんも笑みを浮かべる。
つい先刻のこと。
私が勤務するオフィスビルの1階には、共有の休憩スペースがある。決して広くはないけれど、備え付けのカウンターテーブルが数個と、自動販売機が2台設置されているこのスペースは、ビルで働く社員たちのちょっとした憩いの場となっていた。
午前中の仕事を片付け、他の社員よりも少し遅れて昼休憩に入り、ランチを済ませた私は、休憩が終了する時刻までゆっくりコーヒータイムでも楽しもうと、ひとり休憩スペースへ向かった。
今日の気分としてはブラックコーヒーできりりと引き締めたいところだったが、いざ自動販売機の前に立つと、ブラックコーヒーとカフェラテの2択で迷ってしまう。ずらりと並んだ缶コーヒーと睨めっこしながら暫し考えるものの、なかなか決めることができない。
定番だが、これはもう2つのボタンを同時に押して運命に選択を任せるしかない。そう覚悟を決めて、私は自動販売機に手を伸ばす。
「?!」
指先がボタンに触れる寸前のことだった。大きな手のひらが、私の手首を掴み取った。
驚きにびくりと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げる。そこには、隣の部署の先輩社員である、煉獄さんの凛々しいお顔があった。
急に腕を掴まれて、私は戸惑いを隠せずにいた。訳もわからずたじろぐと、そんな私に断りを入れるわけでもなく、煉獄さんは投入金の返却レバーを下げる。
カシャカシャと音を立てて返ってきた私の小銭が、煉獄さんの手で、彼に掴まれている方の手のひらの中へ収められてゆく。その様子を目で追いつつも、相変わらず状況が把握できずに困惑した表情のまま固まっていると、そこでようやく煉獄さんは私の腕から手を放し、開放してくれた。
慌てて煉獄さんのほうへ顔を向ける。視線の先では、鮮やかな色の瞳が私の姿をじっと捉えていた。力強い目線で見つめられたまま「俺に奢らせてくれないか」と首を傾げられてしまえば、私は大した反論もできずに「あ、ありがとうございます」と小さく声を発するだけで精一杯だった。
Thanks CRY , ユリ柩