冒頭から大変失礼かもしれないが、烏野高校男子バレーボール部のマネージャーみょうじなまえは、少しばかりアホである。
 みょうじについてざっくり説明すると、同じくマネージャーであり、同級生でもある清水とは正反対のような性格で、良い意味でも悪い意味でも適当な部分が垣間見える。そして、言動が突拍子もない。彼女の発言には、何言ってんだこいつ? と疑問を持つこともしばしばある。
 けれど、突拍子もないことばかりしているかと思えば、時折妙な冷静さを醸し出したりもする。そんな不思議なアホなのだ。――あるいは、個性的とも言えるだろう。
 時には考え、時には直球で。そういう性格だからこそと言えるのだろうが、みょうじの言動は非常に先読みがしにくい。……仮にも女子に対して言うのもアレだが、例えるとするなら、みょうじは群れずに突っ走る猪のような、そんな女だ。決して悪い奴じゃないし、マネージャーとしての仕事も適当ながらそこそここなしてくれているので、とても助かってはいる。けれど、暴走し出すとこちらが手を付ける前に周囲を巻き込みながら独走してしまうところがたまに傷だと俺は思う。

「さっ澤村ああ」
「ん? ……どうした、血相変えて」
「これ!! これ、見て!」

 HRを終え、帰路につこうと昇降口に向かって廊下を歩いていた時のことだった。
 力の抜けたような情けない声に呼び止められて背後を振り返ると、目を見開きながら慌てた様子で駆け寄ってくるみょうじの姿がそこにはあった。彼女の手元には、俺のほうへ突き出すようにして掲げられた紙切れが見える。
 あまりの慌てように、部活に関することで何かあったのか?! とつられてこちらまで動揺しかけたが、よく目を凝らして見てみると、みょうじの手元にある紙切れが、学校で渡されるようなそれとはかけ離れたビビットな色合いをしていることに気付く。思わず俺は、はてなマークを浮かべた。
 俺のすぐ側まで来て、勢いよく立ち止まると、軽く息を切らしながらもすっと真顔になるみょうじ。その表情の意図がわからず、紙切れに目を向けたまま「それ、何?」と疑問を投げかける。
 みょうじは無言のまま、紙切れを俺の顔の前に勢いよく突き出してきた。途端に視界に飛び込んできたものは、ずらりと並ぶスポーツシューズの写真と、大きな『大特価!』の文字。

「…………」
「もしもーし」
「……あー。そう言えばシューズ買い替えたいって言ってたもんな」
「うん」
「よかったな。大特価セール」
「しかもこちら切り取りのクーポンをお持ちいただくと、対象商品がさらに10%オフ! 今日までご有効のチラシです!」
「お前は店員かよ」

 以前からみょうじが「新しいシューズが欲しい」と散々周りに言いふらしていたことを思い出し、ようやく俺は、みょうじが伝えたかったことを理解したのだった。
 セールストークじみたみょうじの台詞が辺りに響き渡る。廊下を歩く他の生徒たちの視線が、ちらちらとこちらに向けられていることに気付き、「恥ずかしいからもっと声抑えろ」とみょうじに向けて口元で人差し指を立てて見せる。しかし、その動作は思いっきり無視された。
 制止をかけたところで、こういうときのみょうじは聞く耳を持たないだろう……と諦めて、俺は溜め息をつきながら突き出されたチラシを受け取る。
 掲載された文字と写真を目で追っていくと、確かに、結構な種類のシューズやスポーツ用品がまぁまぁ安くなっているのがわかる。
 チラシの端っこにプリントされたクーポンの期限が今日の20時までということも確認したが、だからと言って、何もそんなただならぬ様子で俺の所に来なくても……とも思った。

「……で、お前はなんでわざわざこれを俺のところまで見せに来たんだ? 早くしないと売り切れる物も出てくるんじゃ」
「えっ」
「え?」

 驚いたような、それでいてフラットなみょうじの声に、チラシから目を上げる。
 えっ、て、なんだ。その反応にまたもや疑問符を浮かべていると、みょうじが淡々と言葉を連ねてくる。

「今日は部活がお休みですね」
「……だな」
「澤村くんはまぁまぁ暇ですよね」
「決めつけんな」
「私も暇人ですよね」
「いやそれは知らねーけど……」
「買いに行くの付き合ってくれるよね」

 言い回しが素直ではないものの、どうやら一緒に来てほしいということらしい。もしかしてみょうじの頭の中で俺は一番暇してそうな人間というイメージなのか。
 勝手に暇人認定されたことは心外であるが、タイミングが良いのか悪いのか、今日の放課後は本当に何も用事が無い。だから大した反論もできない。それに、特に断る理由もないので、俺は少し間を置いてから「早く行くぞ」と了承のサインを出した。
 持っていたチラシを折り畳み、制服のポケットに入れて、再び昇降口へと向かうために踵を返す。
 いつもはあまり表情に変化のないみょうじだが、振り返りざまに見えた彼女の表情が、心なしか少し嬉しそうに見えたのは、きっと俺の思い上がりだろう。

「そういえば、清水は誘わなかったのか?」
「今日は用事があるから他の人と行ってきなさいって言われた」
「谷地さんとかは」
「後輩のせっかくのオフを邪魔するのもアレだなーと思い」
「俺の都合は無視なのに」
「たまには澤村ともゆっくり話したいと思って」

 お目当てのスポーツ用品店は、この地域から電車で数駅先の所にあるので、まずは駅に向かわなければならない。最寄りの駅までの見慣れた道のりを、みょうじと二人並んで歩く。
 そんな中、世間話のつもりで振った話題に対し、みょうじから思いがけない台詞が返ってきて、俺はぴくりと肩を揺らしてしまった。
 動揺していることを悟られないように、そっとみょうじの横顔を盗み見る。珍しく、他人に関心を持っているかのような発言をした彼女に、少しだけ期待している自分がいる。普段と違う表情を見ることができるのではないかと。
 ところが、当の本人は相変わらず何一つ変化のない表情のまま、夕日が沈みゆく空をぼーっと見つめているだけだった。
 ――なんだ。ゆっくり話したいって、深い意味はないのか。妙にがっかりしたような、悔しいような、何とも言い難い気分にさせられて、俺ってこいつによく振り回されてるよなぁ……と小さく溜め息をつく。
 それでも憎むことができないのだから、みょうじなまえという女は凄い奴である。

 日没に向かって段々と暗くなっていく辺りの景色を見て、「仮にも女子だし、みょうじひとりで行かせなくてよかった」なんてぼんやりと思った。
 歩きながら、みょうじはいつの間にか俺のポケットから取り出したチラシを広げ、眺めている。どうやら各メーカーのバレーシューズを見比べているようだ。
 時たま横目で盗み見るみょうじの表情は、やっぱり真顔である。先ほどからチラシにばかり夢中になって、足元に注意を払っている様子が見られないので、「転ぶなよ」とだけ声をかけてみたのだが、そんな俺の気遣いも思いっきり無視してくるみょうじは、なんかもう逆にすごい奴だと思う。
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