extra
『今夜、牛丼どうですか』
男の人からの連絡にしては味気ない。いや牛丼だから味気は充分に濃いんだけど、色気がないと言いますか。
週に一度くらい特定の人物から牛丼に誘われ始めて早数ヶ月、私たちはただの牛丼友だちになっていた。ただしチェーンの牛丼屋さんに食べに行ったのは最初の一度きりで、それ以降はお弁当を配達してもらい個室で食べているのだった。お弁当と言っても高いやつ。そして、個室と言ってもマンションの部屋とかではなくて、ただのビルの一室。どうしてそんな場所なのかと言うと誘われた相手が有名人で、頻繁に特定の女と二人で出歩くのがニュースになってしまう恐れがあるからだ。
「本当に七味、要らないんですか?」
自分の牛丼に七味をふり終えたホークスが、信じられないといったような顔で言った。これまで何度も七味を断っているのに、だ。コンタクトを勧められた時もそうだったけど、この人かなりしつこいな。
「やです。辛いの苦手ですもん」
「一回試してくださいよ」
「いーやーです」
机のこっち側に七味を置かれたけれども、私はそれを押し返した。小さい時に誤って七味をかけ過ぎて大泣きしてからというもの、少しの量でも嫌いになってしまったのだ。やっと諦めてくれたホークスは割り箸を割って食べ始めた。どうせ次回も同じやり取りをするんだろうけど。
「そろそろ冬休みですっけ?」
一口目を飲み込んだホークスが言った。
そう、既に外は肌寒くって、先日少し早めの初雪が観測されたのである。大学生の私は間もなく休みに突入だ。
「はい」
「へーっ。いいなあ冬休み」
「自分だって、事件が無ければ休みみたいなもんでしょ」
「それが違うんだよな」
そう言うと、ホークスは上手な箸使いで牛丼を食べ進めた。私だって分かっている。ホークスに限らずヒーローと呼ばれる人達はプライベートがあって無いようなもので、休日でも近くで何かが起きれば駆け付けるに違いない。何も無くても華やかな活躍の舞台裏では色んな仕事がある。ちゃんと知ってるし分かってるけど、何故か私の口は皮肉を口にしてしまうのだった。
「……だって、そうじゃなきゃ毎週私なんかと牛丼食べる暇無いじゃん」
理由はこれだ。ホークスがわざわざ私のような平凡な女を呼んで、ただただ一緒に牛丼を食べて解散する理由が分からないから。ご馳走になっている手前、失礼な事も言えないし。誘われるのは嬉しいし。牛丼は大好物だし。ホークスのこと、好きだし。
「これは俺のルーティーンみたいなもんですから」
「ルーティーン?」
「そう。ここの牛丼、週一で食べたくなりますし」
彼はこれがお気に入りらしい。それは私も同意。スーパーのお惣菜か自分の手作り、またはチェーン店の牛丼しか食べた事のない私にとってはとても美味しいから。ただそれを週一で食べる時、なぜ私を呼ぶのかっていう話だ。
「佐々木さんの顔だって、週一で見ておかないと心配ですもん」
それを聞いて手から端が落ちそうになった。結果、箸は無事だったけどお米がちょっぴり机に落ちてしまった。勿体ない。いや、そうじゃなくて。私の顔を見ておかないと心配って、それって。
「し……心配って、私が?」
「だってまたいつ眼鏡っ子に戻っちゃうか分からないじゃないですかぁ」
「……」
なんだ、そっちか。少しでも淡い期待を抱いた乙女心を返して欲しい。
「……もう戻らないし。一生」
「ふーん。それならいいですけど」
「そしたらもう週一で私に会って確認する意味無くなりますね」
私は机に落ちたお米を力任せに拭き取った。勿体ないことをしてゴメンなさい、と心の中で謝りながら。でも、悪いのは変なことを言い出すホークスのほうなんだし。
「佐々木さん、俺に会うのが嫌?」
ホークスが食べる手を止めた。どうしてさっきまでへらへらしていたくせに、この質問の時だけはジッと私を見てくるんだ。ゴーグル割ってやりたい。割っても視力は変わらないのだろうけど。むかつく。「会いたい」とも「会いたくない」とも言わずに「会うのが嫌?」と私に聞いてくるところ、めちゃくちゃむかつく。
「……そんなこと言ってません」
「そ?……ブヘッ、七味固まってた!」
再び牛丼を口に運んだらこのようなバチが当たったらしい。ざまあみろ。でも自分が水を飲むついでに私のコップにも水を注いでくれるところとか、そういうところがズルい。いっその事「ただの牛丼友達」みたいに接してくれればいいのに。または一度も誘ってくれなくても良かった。気持ちがモヤモヤするくらいなら。
「何でホークスが私に会ってくれてるのか分かんないだけで……」
会うのが嫌だなんて思った事はない。今週は誘われるかな、そろそろかな、なんて毎週楽しみにしているのだ。これはもう完全にホークスに恋しているんだとさすがに自覚している。だからこそ相手の気持ちが分からないのは辛いと言うか。
悶々とした表情を向けると、ちょうど食べ終えたホークスは口元を拭きながら言った。
「どうすれば分かりやすいですか? 牛丼じゃなくて高級なレストランなら伝わります?」
私はまた、その言葉にカチンときてしまった。可愛らしく「え、それってもしかしてそういう事?」と聞き返せばいいものを、私の性格ではそれが出来ないのである。
「……そうやって明言するのを避けようとするから分からないんです」
「なるほど」
「多分あなたからホテルに誘われても信じられないと思います。口で言われないと」
「佐々木さんは男とホテルに行った事があるんですか?」
「無いですけど!」
「そんな子、ホテルになんて誘えませんって」
「そういう意味じゃっ、」
その時、気持ちが盛り上がってきて身振り手振りが大きくなったせいで、割り箸がカシャンと落ちてしまった。落ちた箸を拾うために身を屈めるのと同時に、私のテンションも下がっていく。
「……私、今のままだったらホークスに牛丼たかってるだけの女じゃないですか」
客観的に見れば私とホークスの関係は、これだ。何の特別さも感じられない。
「……そうとも言えるな」
「ほらね!」
「でも正確には、佐々木さんは俺を週一で癒してくれる女の子ですよ」
「え」
せっかく拾った箸がまた、床に落ちる音がした。
癒しって、私が?ホークスの事を癒したつもりなんて一ミリもないんですけど。牛丼食べてるだけなんですけど。
「……女子が牛丼にかぶりつく姿に癒されるなんて頭おかしいんじゃないですか」
「そういうヒネクレたところ、本当に癒されるなあ」
「はあ?」
「ふふふ」
私がホークスの立場なら、私のような女の子に癒しを感じるとは思えない。自分で言ってて悲しいけれど現実だ。外見はコンタクトにしたり美容室に行ったりして変えられるけど、性格ブスは変わらないのである。だから彼の言う事がいまいち分からなくてしかめっ面をしていると、ホークスは顎髭を触りながらこう言った。
「でも、牛丼が嫌なら……そうだなー」
「嫌だとは言ってな、」
「じゃあ今日はお散歩でもしながら、ゆっくり話しましょ」
そして、ホークスは新しい割り箸を差し出した。早く食べ終えろと促すように。
言われなくてもさっさと平らげて付き合ってあげますよ、お散歩とやらに。相変わらず私はそんな態度で割り箸を受け取ってしまったけど、本当は舞い上がっていたなんて死んでも言えない。その「お散歩」の場でついに何かを言われるのかなって期待してるとか口が裂けても言えないし、お金を積まれても言いたくない。ので、私は仏頂面を保つように顔を引きしめた。お散歩に出た彼に「手でも繋ぎますか」と言われるまでは。
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