エイプリルフーラー
言えるとするなら今日だ。と、私は心に決めていた。遊真くんへの気持ちを自覚したその日から。彼が近界民だというのは誰もが知っているし、いつかは自分の世界に帰る可能性があることも予想がつく。だから私は遊真くんに、真剣な告白なんてできないと思った。必ず困らせることになるからだ。
「遊真くん」
今日という日を選び、遊真くんに声をかけるのは元から決めていたこと。それなのに私の声に反応した遊真くんがこっちを向いた瞬間、緊張してうまく話せなくなってしまった。
「こんにちは。どうしたの?」
「えっと、いや……いい天気だね!」
「そうかな。雨が降ってた気が」
「あっ!? あ、ほんとだねウン」
いきなり致命的なミスを犯してしまった。確かに本部に来る時は本降りの雨だったのに、何ヶ月も前から考えていた「いい天気だね」の台詞をそのまま使ってしまうとは。
だけどここで挫けるわけにはいかない。今日、遊真くんに告白するんだと決めているのだから。
「遊真くん、今日がなんの日か知ってる?」
今日は四月一日、エイプリルフールだ。近界民の彼は恐らくそれを知らない。でも、もしかしたら三雲くんや小南先輩が教えているかもしれない。まずはそれを確認しておかなくちゃ、手順は整わない。
「知らない。なんの日?」
遊真くんの答えは一応、予想したとおりだった。昨日までにエイプリルフールの存在を口にしなかった玉狛の皆さんに感謝したい。
でも、だからって私の緊張が和らぐわけではなかった。ここからいよいよ本題なのだ。
「……」
「もしもし」
「ご、ごめん」
「謝んなくていいけど。様子がおかしいぞ」
とうとう遊真くんは黙り込んでいる私を見て首を傾げた。自分から話を振ってきたくせにおかしいよね、分かってる。
「……遊真くん」
「はい」
「私、ですね……」
「ふむ」
「私、私……」
私より少し背の低い遊真くんは、じっとこちらを見上げていた。赤い目は私たちとの人種の差を表している。改めてそれを実感してしまい、今になって言うのを躊躇いそうになる。ここまで来てやめてたまるか。いざとなったらエイプリルフールを持ち出せばいいのだから。その保険があるから今日を待っていたんだから。
「遊真くんが好き」
思いのほか早口で、しかもぼそぼそと言ってしまった言葉は無事に届いていただろうか。ぎゅっと目を閉じて言ったから遊真くんの表情が分からない。目を開けてからも顔を見るのが怖くて俯いているから分からない。ただただ遊真くんが何か話すのを待つのみだった。
「……それって……」
たった数秒間が永遠に感じられた。遊真くんが呟くようにそう言うまで、動けない呪いにかかったみたいだった。でもまだ私の生死は決まっていない。このあと遊真くんがなんと言うか、それに懸かっている。
遊真くんも「それって」のあとはしばらく言葉を探しているようだったけど、やがてぺこりと頭を下げた。
「えっと、ありがとうございます」
「う、うん」
「でもおれは……」
そして、また無言となった。「でも」という単語が出た時点でもう分かってしまった、遊真くんの答えが。その瞬間にぶわっと顔が赤くなり、とんでもない羞恥心に襲われる。私、なんてことを言ってしまったの。告白なんかしなきゃよかった! 困ってるじゃん! 断り文句を考えるのに必死じゃん!
使うしかない、あの手段を。これは私だけのためじゃない、遊真くんのためでもあるのだ。「私を振って傷付けた」という経験をさせなくて済むんだから。
「ごめんッ」
「お?」
「いまの嘘!」
「うそ?」
突然勢いよく発した私に、遊真くんは目を丸くした。そして当然だけど「嘘」というのもわけが分からないみたいで、またまた首を傾げてる。
「エイプリルフールなの」
遊真くんを更に混乱させる言葉だろうけど、私は最終手段として言った。エイプリルフールが初耳の彼はぽかんと口を開き、「えいぷりる……?」とゆっくり復唱した。
「四月一日は嘘が許される日で! だから今のは嘘で、あの、ごめん。困らせちゃって……」
さっさとこの場を去りたい、できれば今のは忘れてほしい。だけど遊真くんと今後気まずくなるのは絶対に嫌だ。彼がいつか帰ってしまうまでは仲良くいたい。そして、離れる時にもう一度告白するかどうか考えよう。それがいい。そうしよう。だから今日は嘘ということにしてほしい。
遊真くんは最初こそ理解し難い様子で黙っていたけれど、なにかを納得したように肩を落とした。
「嘘だよね」
そして、極めて低い声で言った。まるで咎められているような気分にさせる声。幼い容姿とは結びつかない落ち着いた声である。
「え……?」
「今のは嘘だよね」
「え、うん。エイプリルフールの」
「そうじゃなくて」
「?」
今度は私が遊真くんの言葉に疑問する番だ。確かに私は嘘をついた。「遊真くんが好き」と。だけどエイプリルフールのせいにすればダメージは少ないから、嘘だよって言ったのに。
「おれに嘘ついたっての、嘘だろ」
遊真くんがまばたきひとつせずに私の瞳を射貫くので、一気に身体中の血の気が引いた。
「……」
ばれたんだ。ばれたというか、最初から嘘なんて無意味だった。本当は遊真くんのことを好きなのに、「嘘だよ」という嘘をついた。最低だ。私自身も、この状況も。
「ちなみにおれも佐々木さんを好きだって言ったらどう思う?」
更に彼は信じられないことを続けた。遊真くんの口から「好き」という言葉が出てきて、思わず反応して火照る身体が情けない。
「エイプリルフールの嘘だと思う?」
だけど反対に、遊真くんの目は冷たく見えた。とてもじゃないけど「好き」なんて思っていなさそうな目。だけど遊真くんに限ってそんな嘘をつくのだろうか、とも思う。本当に私を好き? もしかしたらさっきの仕返しで嘘だったりして。考えれば考えるほど頭は混乱した。
「……わかんない……」
「だよね。そんな習慣、ないほうがいいよ」
そして、遊真くんは「エイプリルフール」という地球全体の風習を否定した。返す言葉もない私の横をすり抜けてすたすたと歩いていく。
待って、行くのは少し待ってほしい。さっきの言葉、本当かどうか教えてくれなきゃ困る。
「遊真くん!」
呼び止めると遊真くんは案外無視せずに立ち止まった。が、身体ごとこちらを振り返ることはなく、肩越しに顔だけを向けた。
「なに?」
「今の、私のことを好きっていうのは……」
本当なの? と、聞くより前に目が合って声に詰まる。さっき嘘をついたくせに自分は真偽を追及するなんて、恐ろしく勝手ではないか。でもわざわざ彼が私への気持ちを「嘘だと思う?」と聞くなんて、なにかあるんじゃないかと期待した。「ほんとだよ」って返ってくるんじゃないかと。
だけど結局、遊真くんは「どうでしょう」といたずらっぽく笑って答えを濁すのみだった。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -